アジャの初陣②
「リリカシア、おかえりなさいませ。」
歳を思えば嘘のようにきれいな礼に、アジャは素直に感心した。
これは氏より育ちというヤツだろう。
リアーナ-エリシアが手塩にかけた養王女マナリエは、まさに幼淑女とでも呼びたい見事な王女っぷりだ。自分が生んだというのが嘘みたいだと思う。
「おかえりなさいアジャ。お疲れ様。無事で本当に良かった。」
マナに寄り添うエリシアは、そう言ってアジャの事を抱きしめてくれた。
エリシアとアジャは同じ王を夫とする双王妃だが、アジャには未だに王であるエドが自分の夫である自覚が薄い。
なんといってもリリカシアにたてられたときにマナを懐妊していたし、前後の状況も慌ただしかったし、結婚というよりはリリカシアに就任したという感じで、今でもそれが続いていた。
一応結婚して、もう四年は過ぎているのだが。
「ただいま戻りました。エリシアもマナもドルフも元気だった? それにセレンは?」
まずエリシアを抱きしめ返し、それからマナと隣に立っていた第一皇子のルドルフをぎゅっと抱きしめる。エリシアの後ろに立っていた女官が進み出て、腕の中の赤ん坊を差し出した。
「おかえりなさいアジャ。セレン姫はお目覚めになったところよ。」
セレンを抱いていた女官はマリーダ。
アジャやエリシアと同じ塔の同窓であり、今ではエリシアの兄嫁でもある。
「ただいまマリーダ。セレン、なんてかわいいの。もっと早くに戻りたかったわ。」
セレンは三ヶ月前に生まれたエリシアの第二子だ。
アジャの出陣の最中に生まれたので、アジャが顔を合わせるのははじめてだった。
「さあ、お茶にしましょ。アジャのケーキを焼いてあるの。その内陛下もいらっしゃると思うわ。」
テーブルの上は軽食やケーキでいっぱいだ。
干した果物各種にシャラ砂糖の焼き菓子。
きのこを焼き込んだオムレツ。
魚卵の塩漬けや潰して味付けした芋、うさぎのパテ、とそれらを塗りつけるための薄く切って焼いたパン。
ケーキもアジャだけでなく、香草と豆とチーズを焼き込んだあまり甘くないものもある。
エリシアは大きなポットから、全員の茶器にアジャの花茶を注いだ。
「アリアが三人目ですって。秋には生まれるわよ。」
「明後日はドレスの採寸をするの。ついでだからアジャも一緒にやりましょう。最近サボってるでしょ。」
「夏至はきっと派手になるわよ。女子部の子も張り切ってるし。」
久しぶりのこの気安さが心地良い。
まるで女子部の談話室みたいだと思う。
「リアーナ…」
小さな声でマナがエリシアに呼びかける。
「はいはい。アジャ、ちょっと外すわね。ドルフも行きましょ。」
身を寄せてマナの言葉を聞くと、エリシアはマナとドルフと両手をつないで出ていった。
「すぐ戻るわよ。二人とも練習中なの。」
何が、は聞かなくてもわかった。トイレットトレーニングというやつだ。
「エリシアはいいお母さんだよねー」
アジャが言うと、マリーダがちょっと困った顔をした。
実はアジャもお母さんだからだ。
マナの生母というだけでなく、エリシアの産んだ子供たちも、アジャを「もう一人のお母さま」と教えられて育っている。
それはエリシアが頑なに譲らない教育方針だった。
ややこしいからという理由で、子供たちはアジャをリリカシア、エリシアをリアーナと呼ぶ。
もう、わかりやすくエリシアがお母様でいいのに。
アジャはずっとそう思っている。
いずれアジャは魔術師として子供たちを教える立場になる。
リアーナがお母様。
リリカシアが先生。
それでいいのではないか。
実際に、アジャは養王女マナの母でしかないわけで、王の子供を生んでいるエリシアがお母様で悪いわけがない。
自分が産んだ娘にさえ、母親らしいことなどろくにした覚えがない自分が、「お母様」はおかしいだろう。アジャにはそうとしか思えなかった。