仔猫の行方4
「あの、マナリエ王女殿下。」
そんな気になる魔法使シーリーアから話しかけられたのは、昼食会から三日たった午後のことだ。その日もマナリエはたくさんの本を運んでいた。
「なんでしょう、シーリーア様。」
戸惑いながら返したマナリエにシーリーアがふわりと笑んだ。
「どうぞシアと。呼びにくいもの。」
確かにシーリーアという名はちょっと呼びにくい。実際にシアと呼ばれているのは耳にしていた。リリカシアもそう呼んでいる。
「では私はマナとお呼びください。今は塔の女子部の一介の見習いです。」
そう言って微笑み返そうとして、積み上げた本が傾いだ。慌てて体勢を立て直そうとすると、シアも一緒に本を支えてくれる。しばらく無言で本と格闘した二人は、なんとか安定したところでふと目を合わせて笑った。
「そうだ。これをあげようと思ったの。」
シアが小さなものを首元の輪から一つはずした。
首元にかけた輪に下げているものと言えば晶具と相場が決まっている。実際に外したのは小さな晶石で、玉にじゃれつくような仔猫の形の金具がついていた。しっぽの先が輪に留められるようになっている。とても可愛らしい意匠だ。
空間に波紋が立ち、小さな水面のように広がった空間にうっすらと小さな魚のようなシルエットが泳ぐ。中央からさらに開き、異空間への口が開いた。晶屋というほどの大きさではなく、手荷物というには嵩張る荷物をいれておける「物入れ」というところだ。
「これに入れておいたら運ぶの簡単でしょ。使ってないし、もらって。」
「え、もらえません。」
晶屋は晶具の中でも高価なものだ。仮にも王女であるマナがまだ所持していないぐらいだ。確かに小さな品だが、簡単にもらうようなものではない。
「私も貰い物なのよ。でも晶屋もってるし使わないの。大きさも半端だし、使われる方がこの猫も喜ぶわ。」
しばらく押し問答があったが、結局はシアがマナの魔力を強引に、晶屋に上書きしてしまった。使ってみるとかなり便利で、マナの愛用の品となった。
猫をくれて一ヶ月。
魔法使たちはリカドを去っていった。