龍の耳にて5
自室で書き物をしていたアマリエは、筆を置いて息をついた。
薬草園はうまくいっている。
薬草園そのものも充実してきているし、薬草園を舞台とした魔術教育も順調で、今では塔の中心的な機能を果たすようになった。薬草園と薬草の研究が進み、関わる人手が増えたことで、塔は薬剤の安定的供給元として地域に認知されるようにもなった。
魔術資格を持たない薬師との交流もはかられるようになり、相互の知識の交換によって、より効率のいい薬剤の精製がなされるようにもなりつつある。
塔は明るくなり、開かれた。
魔術師以外の交流が増えたことで、全体に活気が出た。
そして、先日ついに闇子が上級資格に合格した。
薬草園の中心は闇子だ。
闇子が明るい場所に出てくるのと反比例するように、明子とその取り巻きは陰に籠るようになった。
もともとは明子に先に上級試験を受けさせる目論見だったのだが、それも頑として受けず、今では明かりの届かない隅っこの影のようにわだかまっている。それは隅っこの影とは違って、今にも弾けそうな張り詰めた気配をはらんでいた。
きっかけは薬の事だった。
明子たちはほそぼそとでもずっと地元に薬を売ってきた実績があり、それなりの顧客との付き合いがあった。それらの古い顧客は最近の顧客とは分けられていたのだが、ある時偶々新しい方法で作られた薬が古い顧客にわたった。
問題は古くからの薬と新しい薬では、効き目が違った事だ。
改良された新しい薬は効き目が強く、用量が違う。
用量の説明はしていたが、客は古い薬と同じ量を服用し、数日で倒れた。
「容態はどうなの?」
異常の知らせにかけつけた蓬は真っ青になって戻ってきた。一緒に出かけた闇子が患者の手当に残ったという。容態を聞き、闇子の指示をきいて、急いで薬が集められ、送り出される。
患者は高齢の女性だ。
血が上りやすいのでしずめる薬を服用していたのだが、その薬がききすぎて動けなくなっているのだ。ぐったりとした患者は真っ白な顔色をしているという。
血を戻す薬がいる。
ただ、その薬は加減がひどく難しい。もともと血の上りやすい患者にききすぎれば、心の臓の負担になる。
「あんた達のせいよ。」
明子と親しい中級中位の勝子がわめき散らす。
「新しい薬とか言って、薬を弄くりまわすからよ。どうするつもりなの。」
勝子は明子より幾らか年下の、明子の片腕の位置にいる魔術師だ。気が強く、アマリアが現れるまでは下位の魔術師を仕切っていた。率直に言って下位の魔術師に好かれていたとは言えない。かつて魔力を扱いきれずにいた闇子に、最も辛く当たっていたのも勝子だ。
だから体制の変わった塔の中で、敬遠されつまはじきにちかい扱いを受けていた。
その鬱憤を爆発させるように、勝子はアマリアや薬草園中心とする現在の体制の非を鳴らした。
非がないはずはない。
そんな事はありえない。
それでも多数が「前よりいい」という現状であったし、普段であれば聞き流せもしただろう。ただ、初めてといっていい大きな失敗に動揺する魔術師たちは、若手が中心だけに心が弱い。ただでさえいっぱいいっぱいのところに攻撃されて、何人かが反論を試み、結果的に罵りあいになって混乱を助長した。