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花唐草と仔猫 1

 スピンオフ一作目はアジャの第一子の実父、ジンとその伴侶となったシアの物語です。

 日記の数年後を舞台にしています。

 週1投稿を目指します。

 ジンは手元に戻ってきた小さな「屋」と呼ぶのが恥ずかしいような晶屋をつまみ上げた。尻尾が輪に留める留め金になっていて、全体は毬にじゃれつく子猫の形をしている。ジンとしては幾分作りの粗いそれは、ジンが作って恋人だった少女、アジャに贈ったものだ。

 とても短かった恋を終わらせて彼女はジンから去り、母国の王妃となった。

 それからジンにも変転があった。

 今ではジンも、アジャと短い時を過ごしたアゼルの塔を出て、仲間と旅の空の下にいる。

 だからこそ、アジャが嫁いだ王宮で、アジャと再会する事ができたのだ。

 仲間と共に通された謁見の間の壇上には、三人の姿があった。

 国王でありアジャの夫である人。

 リアーナと呼ばれる妃。

 そして今ではリリカシアと呼ばれるもう一人の妃となったアジャ。

 リカドという名のアジャの母国では、同格の妃が二人並び立つ。双王妃と呼ばれるその制度は、世界でもここにしかないものだ。そのうちリリカシアの方は上級魔術師でなければならない決まりがある。

 アジャはその上級魔術師だった。

 上級魔術師は稀な存在だ。

 一つの国に十人をこえることはあまりないし、年若い女性となればなお少ない。そのような存在を必要とする制度がなぜ存続できているかと言えば、リカドが世界でも特に魔術師の育成に力をいれているからだ。

 国民のほとんどが初級魔術師の資格を持ち、貴族のほとんどが中級初位以上でなければ許されない魔術師の輪を持つ国。特に女性魔術師の育成に関しては他の追随許さない。

 当然上級魔術師の人数も他国とは段違いだが、それでもリリカシアになりうる条件を満たす者は少ない。王と親しく同い年のアジャがその地位につくのは当然の流れだったのだろう。

 ジンは壇上のアジャの首にかかる魔術師の輪に猫を探した。

 かつてジンが贈った、じゃれる仔猫の意匠の晶屋はアジャの襟元の輪を飾る中にはなく、見覚えのある簡素な晶屋をなんとか認めたに過ぎなかった。

 旧知との再会はアジャだけではなかった。

 アジャがアザルの塔に滞在していた 頃、リカドから留学してきていたエルという晶石細工師が、リカドに戻っていたのだ。代々続く晶石細工師の家に生まれ、自身も細工師であるジンは、エルとも親しかった。ジンが塔を出た頃には、まだアザルにいたエルだが、今ではリリカスの塔で晶石細工の研究と開発にいそしんでいるらしい。リリカスの塔をおさめているのはリリカシアなので、アジャの配下ということになる。

 そのエルが、仔猫の晶屋をことづかってきた。

 ジンは少しへこんで、気づいた。

 自分が結構思い上がっていたことに。

 故国からの突然の召還命令に従って、ジンに別れを告げて去ったアジャの態度は、当時のジンにとってかなりの衝撃だった。

 あのときジンとアジャは恋人同士だった。

 愛していたし、愛されていたと思う。

 だから突然の別れは悲劇的に感じたし、その直後にアジャがリリカシアとして立ったことには混乱もした。

 きっと無意識にジンは思い込んでいたのだ。アジャは自分に気持ちを残したまま、故国の王妃になったのだと。

 それは違った。

 それは、ジンの思い上がりだった。

 壇上のアジャは夫である国王とも、同格の妻であるリアーナともいかにも親しげにむつまじげで、幸せそうだった。

 そして仔猫に添えられた口上で、その印象は決定的になった。

 「私が渡すと目立つから。あの時はありがとう。お返しするね。」

 王妃というものはきっと、単に誰かの妻になるということとは違うだろう。自分以外に妻がいるというのも、普通とは言えない。

 でも、どういう形でか彼らは幸せをつかんでいる。

 そこには古い恋なんて出る幕はない。

 そう確認して、実は未練は自分の中にあったのだと気づいた。

 いきなり断ち切られた恋に納得できていないのはジンで、その未練が無意識の願望になっていたのだ。

 「ジン、晩餐の時間ですって。」

 ほとんど白に近いほど淡いみどりの髪に、鮮やかな翡翠の瞳。

 扉を開けてシアが現れる。

 十四の頃の姿のままの、ジンの幼なじみ。

 別れ際のアジャの予言の通り、シアはジンの前に再び現れた。そうして様々な成り行きの末に、今ではジンの伴侶となっている。

 シアと、シアと一緒に現れた仲間であるサラとサイの三人は、アジャがアザルに現れるより前に、一緒に行動していた時期があったらしい。今回のリカド訪問も、その縁によるものだ。

 「支度はすんでる。行こうか。」

 仔猫の晶屋を置いて、ジンはシアに歩み寄り腕を差し出した。

 すでに晩餐のための礼装への着替えはすんでいる。今では格式ばった服装にもそれなりに慣れたが、アジャと付き合っていた頃は自分が礼装に慣れることなど想像していなかった。

淡い薔薇色のドレスに、灰色のレースの魔術師の衣を肩に留めた少女らしい礼装のシアが、そっとその腕に手を置く。

 二十代後半の外見の自分とでは不釣り合いもいいところだが、自分の伴侶はシア以外にはあり得ない。

 そうだ、虫のいい未練を残していたくせに、ジンもまたアジャを選ばない。アジャではジンの伴侶たりえない。

 世界は大きく変わろうとしている。

 ジンたちもまたその変化の一部なのだ。

 魔法使と名付けられた、人の精霊。

 唯一の伴侶をエスコートして、ジンは静かに歩き始めた。

 

 

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