じい様に泣かされたんです。
懐かしい我が家、少し固いベットに身体を痛めながら目覚めると、絶妙な気持ち良さを有した嫌みなくらい、ふわっふわなメルリの胸が頭に押し付けられていた……悔しいくらい不快だわ。
まさかの精神攻撃で目覚める朝、なに食わぬ顔で「お嬢様。御早う御座います」と満面の笑みで此方を見るメルリ。
何故、私のベットにいる……間違いなくタウリの部屋で寝るように言った筈なんだけど……
「なんでいるのよ?」
「あ、勘違いしないで下さいね? 私は別にお嬢様の寝顔が可愛くて襲いに来たとか、お嬢様と寝たいなぁ、とか! そんな如何わしい事は考えてませんから」
私の一番の危険人物はメルリかもしれない……
色々な思いを抱きながら朝食を食べる為に歩き出した私の前に姿を現したのはラッペンであった。
なんでいるのよ、しかもレイトとマイヤが隅で小さくなってるしッ!
「ちょっと、おじいちゃん? いきなりどうしたよ」
私の態度に「「ひいぃぃぃ」」と声をあげる二人、それを見て笑うメルリと御構い無しのラッペン。
「いやなに、ちと挨拶に来ただけだ。カミルの両親ならば、ワシの息子と娘と言う事になるしな」
大貴族が普通一人で来るかぁ? ラッペンの考えがわからないわ。
そして、ある質問を口にするラッペンに私は呆れた。
「カミルよ、なんで彼等はあんな所で縮こまってるんだ?」
「当たり前でしょ、おじいちゃん、大貴族トリム家なのよ、一般人からしたら皆こうなるわよ?」
余りに平然とそう語る私を見て不思議そうな顔をするメルリがある質問をする。
「お嬢様はラッペン様が怖くないのですか?」
「怖くないわね? 寧ろ私の方が強いもの!」
その場の空気が凍り付く中、ラッペンが腹を抱えて笑い出した。
「がははは、愉快愉快、ワシの孫になるんだ! これぐらい逞しくないと困るわい。がはははッ!」
話が長引きそうなので、私は早々に切り上げようと考えを巡らせる。
そんな私を更に悩ませるように叩かれた家の扉、そして開かれた瞬間、姿を現したのは、じい様だった。
「邪魔するぞ、カミル、お前にピッタリの本を……」
「…………なんと、こんな所で再会するなんてな、元気にしとったか、グラベル=キッシュ」
「よしてくれラッペン、もう儂はその名を捨てたんじゃ、今はしがない爺さんだ」
なに? 私を抜け者にして、シリアスな展開になってるわけ……なんか渋いわね。
「じい様とおじいちゃん知り合いなの?」
ラッペンが笑いながら話を始める、じい様は仕方ないと言いながら、ラッペンに言われるままに椅子に腰掛ける。
じい様とラッペンは昔パーティーを組んで世界にその名を轟かせた。
パーティーの名は“ 麟鳳亀竜 ”異世界、つまり私の居た世界から流れ着いたとされる本の言葉を引用したらしい。
意味を知ってか知らずか四人のパーティーで1国に喧嘩を売り捩じ伏せ、更に慰謝料を吹っ掛けたり、酒に酔い勢いで盗賊団を壊滅させたりと驚くべきエピソードばかりだった。
一番驚かされたのが四人には傍若無人、唯我独尊、残虐非道、疾風雷神と各々の腕に彫り込んだと言う四字熟語……本来の意味を知ってから入れてるのかしら……
じい様の腕には“唯我独尊”
ラッペンの腕には“傍若無人”
二人にピッタリだわね。
そんな最強最悪のパーティーはラッペンの家督問題を解決した後に解散したらしい。
ラッペンを部下達に襲わせた実の兄を叩きのめし、大いに暴れた後に「ラッペンが抜けるなら解散だ」と皆が同意したそうだ。
無茶苦茶だけどさ、なんか格好いい、ザ・パーティーって感じよね?
それから他の二人は好きに冒険を開始しした。その内の一人こそが“不滅の伝説を書いた人物であった。
名を“バリカ=クレイ”と言い“疾風雷神”をその腕に刻んだ一人である。
「待ってよ……つまり、二人はこの作者と知り合いなの!」
私の質問に同時に頷く二人、そして徐にじい様が取り出した本こそ、“四字熟語辞典”と“漢字辞典”であり、二人は鼻高々かにそこに書かれた文字を読み始める。
確かに此方の世界で漢字の分析は大変だったでしょうよ、でもね!
「私はその文字が読めるのよ!」
「「な、なにぃぃぃぃぃッ!」」
目の前で二人の鼻をへし折った私は懐かしい日本語に触れつつ、ラッペンとじい様の自慢話を楽しんだ。
普通なら嫌になるだろうが異世界の話は、まるでファンタジー小説を聞いてるようで面白い。
日が傾き、空が真っ赤な夕焼けに染められ始めるとラッペンとじい様が二人で飲みに行くと言い出した。
正直、楽しそうなのはいいが揉め事が起きないか心配だわ。
私の住むアメト村はライパンに向かう途中に幾つかある宿場町の間にある為、酒場や飲み屋には、荒くれが多い従って二人のおっさんが絡まれない筈がない。
「ママ、少し二人を見てくる」
そう言い酒場に向かう。
やはり喧嘩が始まっていた。相手はムキムキの筋肉をギラギラと輝かせた冒険者とナイフを手に危ない目付きの男。
どちらも、やられ役みたいな感じね?
「おい、老い耄れとオッサンが俺等より先に酒が来るのは面白くねぇぞ! 早く酒を持ってこい!」
これが始まりであり、外に冒険者を呼び出した二人が素手で叩きのめし、次の店に笑いながら向かっていった。
二人はその日だけで次々と出禁の店を作り上げていった。二人が帰ってきたのは朝方、酒臭い二人は二日酔いに苦しみ反省する。
ラッペンがライパンに戻ってから私はじい様の元を訪れた。
「じい様、じい様ってさ強いんだよね?」
知らん顔をするじい様、しかし一言口にした言葉は私に火を付けた。
「どうだかのぉ、しかし、お前さんには負けないさ」
「デンキチを見て気絶したのに自信あるんだ?」
私も負けじと反撃。するとじい様が立ち上がり外へと歩き出した。
「早く来い、相手をしてやる」
じい様の目付きが鋭く研ぎ澄まされた刃のようになり、私の背筋に寒気が走った。これ程の威圧感を感じたのは社員食堂に突如現れた社長と向かい合わせにカレーうどんを食べて以来だ。
「じい様……私も強いよ? 後で図書館出入り禁止とか言わないでよ」
「嘗めるな、ガキんちょ。まだまだお前さんに遅れはとらん」
じい様の本気、少し楽しみだわ。
身構える私に対して隙だらけのじい様、しかし私には分かる、この感じは正しく、獲物を誘う動物と同じ物だ。
以前にも可愛い猫に出会い、たこ焼きを冷ましてから渡した瞬間に私の分のたこ焼きを無惨に食い散らかされた事がある。
隙だらけとは誘いなのよ! 飛び込めばしっぺ返しを食うわね。
「来ないなら仕方無い。儂から行ってやろう、ほれ行くぞ?」
ゆっくりと歩き始めると段々と私の目には、じい様が大きく写りだし、更に軽く伸ばされた手は何倍にも巨大に見え、後退りをしている自分に気づいた。
優しく笑うじい様の目は更にギラつき私の心を動揺させた。
冷静になれ私、幾らなんでも可笑しいじゃない。何かある筈なのよ、何か……
その時、私の目に写ったのは影である。
じい様の影は私と反対を向き、更に歩いている筈なのに微動だにしない。
「わかったわよ。じい様ッ! いくわよ魔法解除魔法」
解除魔法を発動するとじい様の姿が元に戻る。
幻術魔法だと分かれば此方の物よ! そこから一気に反撃を開始する。
全力で走り出し、じい様の懐に飛び込み正拳突き【弱】を諸に脇腹に入れる。
「痛ッつ! 何なのよ」
殴り掛かった私の拳の方が痺れるなんて、殴った感覚もまるで鉄だわ。
痛がる表情を必死に我慢する私、そんな姿を前にじい様が口を開いた。
「言ったじゃろ、儂はまだまだ、負けん!」
じい様が走り出すとまるで重力に逆らうような脚力で一気に私の前に姿を現しす。
咄嗟に両手を前に出し火炎魔法を使った瞬間、それを物ともしない激しく突き出された拳が身体を直撃し、私は宙を舞う、なんとか空中で体勢を直そうする最中、地上から空中に向けて射ち放たれる水滴、一つ一つがゴム弾と同等の威力を有しており、全身に無数の水滴が直撃すると激しい痛みが次々に襲い掛かり意識が一瞬途切れた。
無惨に落下した私を受け止め、じい様は直ぐに回復魔法を掛けてくれた。正直……完敗だわ。
「悔しいか、カミル?」
「当たり前よ……でも、なんか悪くないわね。本当に完敗よ。負けたって気がしたわ」
負け惜しみに聞こえるだろう私の言葉に嫌な顔ひとつしないなんて、じい様には敵わないわ。あはは……
「お前さんはまだまだ、成長する、腐るなよ!」
じい様なりの応援だった。じい様に家まで送られた私はその日の夜、自分で嫌になるくらい大粒の涙を流していた。
この“ララリルル”に転生してからの日々の中で、これ程泣いた日は無いだろう、私の泣き声は隣の部屋まで響いたのか、メルリが心配して見に来てくれた。
そんな彼女に無言で抱きついてしまう程、悔しかった。
強くなりたい、誰よりも強くなりたい、私は初めてそう思った。
メルリの手が頭を撫でる感触に母親と寝た日を思い出しながら、その日は深い眠りについた。




