クッキーに御用心です
レーメンの騒動から数日、私はライパンにある“シシリの店”に足を運んでいたわ。
“カラン”ドアにつけられた鈴の音が店の扉が開いたことを店内に伝える。
店の中は以前荒らされたとは思えない程、整頓され確りと品物が並んでいる。
「シシリさん、あの……って居ないのかしら、返事がないわね?」
店に姿が見えないシシリさん、相変わらず不用心ね、困った人だわ。
そんな店内には以前にはなかった甘い香りが立ち込めていたの、私はそれとなく、店内を見て回ると【試食用】と書かれたケースの中にクッキーを見つけたの。
「あら? シシリさんてば、御菓子も売り始めたのね……なになに【大人味クッキー】と空のケースの方が【子供味クッキー】って、味が書いてないじゃない?」
どうする……間違いなく美味しそうな香りが鼻を擽るわ、でも……シシリさん居ないしなぁ……
「そうよ、し、試食なんだから、食べても問題ないわね! シシリさんが帰ってきたら味を書いた方が良いってアドバイスしてあげよっと」
開き直り、クッキー【大人味】を食べた瞬間、口の中にまるでブランデーの波が押し寄せたような感覚に襲われ、私は急な目眩と全身が火照ったような感覚に襲われて意識が遠退いていったの。
どれくらい寝てたのかしら、頭がまだ痛い……この身体になってからお酒にも強くなったし、こんな急に倒れるなんてなかったのに。
「っつうぅぅ……意味がわからないわ……なんたか、体が思いし怠いわね……シシリさんを待ってられない……スカーとデンキチを喚ばないと……」
私は全身の怠さに耐えられず、店の外に出て直ぐにデンキチとスカーを喚び、それから再度意識が無くなったの。
最後に見たのは慌てるデンキチとスカーの姿だったわ、心配してくれてるみたいね…… 後で御礼を言わなくちゃ……
次に意識が戻った時、私は見慣れない部屋で目を覚ました、蝋燭の炎に照らされたのは、あからさまに悪趣味な拷問道具と刃の異なるナイフが壁一面に飾られた何とも嫌な予感しかしない室内に微かに響く“ギギギッ” “ギギギッ”と言う耳につく嫌な金属を擦る音、耳を塞ごうとすると魔法具の鎖で繋がれていることに気付かされたわ。
口も縛られてるみたい……何が起きてるのよ! なんで、デンキチとスカーはどうしたの、いったいなんなのよ。
不安と恐怖が全身に嫌な汗をかかせる最中、暗闇に照らされた蝋燭の先に姿を現したのは悪趣味なお面を被っているけど明らかにメルリだったわ、私は嫌な予感しかしなかったわ。
「んんんっうううぅぅぅ!」
声が出せないなりに必死に声を出すとメルリが気付いたのか、此方に歩いてきたの、その手には鋭く研がれたてのナイフが握られていたわ。
「目が覚めたようですね……お嬢様を何処に隠したのですか? 何故……デンキチとスカーが貴女を連れてきたのですか……口を自由にしてあげるから答えなさい」
明らかに言動がおかしいわ……なんなの、こんな危ないメルリは初めて見たわ、と言うか私がわかってないの?
ゆっくりと外された口のタオル。
「メルリッ! 何するのよ! 訳を聞きたいから早く此れを外しなさい」
メルリは下を向くと私の言葉に苛立ったのか、ナイフを私の顔面すれすれに突き立てたの。
「私を呼び捨てにしていいと私は言いましたか? 只でさえ、お嬢様を偽って現れたくせに……次は外しません、今すぐにお嬢様の居場所を吐きなさい!」
聞く耳を持たないメルリに私は悩んだわ、魔法具の鎖がある以上、無理矢理千切れば私の手の方が大ダメージになるし、仕方ないわね……
「私がミルシュ=カミルでないなんてよく言えるわね! メルリ、アンタこそどうかしてるんじゃないの! その目で良く見直しなさいよ」
そう言われ、私を下から上まで見直すメルリ。
「どお見てもお嬢様でないことは明白でしょうに……いいですわ、教えてあげます!」
私はメルリの言葉に息を飲む。
「私の知るお嬢様とは“胸がなく”更に“背が低く”まるで小動物の様であり、狙った獲物は逃がさない“恐怖のチビッ子”なんです、しかも、抱き締めたくなる完璧なボディーライン、貴女のように完璧なスタイルではなく、可愛いスタイルなんです、あぁぁお嬢様、お嬢様、お嬢様ァァァ! さぁ、わかったら早くお嬢様の居場所を言いなさい!」
かなり引っ掛かるんだけど! 半分は公開処刑じゃない!
「私の何処が……」
その時、私は今は無き懐かしい光景を自身の目で見つめていた。
「2つの山がある……足まで見えないけど……私の体が大人になってる!」
詰まりあれね、異世界にきて私の体が成長……そのせいでメルリに八つ裂きにされるわけ! おかしいわ……理不尽よ! と言いたいけど、有り得ないわ私は【特急強化】のせいで成長しない筈なのに、あれね……シシリのクッキーだわ。どんだけ如何わしい物を試食用にしてるのよ!
「話す気が無いなら構いません……体に直接、刃を通して話をするまでです……私の愛するお嬢様の為なら私は悪魔にも魂を売り渡す覚悟なのですから……トルル家の者として、絶対に口を割らせますのでお覚悟を……先ずは指からですね」
メルリがいつもの優しそうな笑顔に悪魔のオーラを纏ってるようにみえるわ……
「メルリ……訳があるの! 落ち着いてってば! いやぁァァァ!」
メルリがナイフを手に襲い掛かった瞬間、私の体は突如縮み、元の体型に戻ったの。
「え、お、お嬢様……」
“カシャン”
私の姿に言葉を失ったメルリがナイフを地面に落とす。
「メルリ……取り敢えず後で二人きりで話があるから……逃げないでね?」
「は、はひぃ……わかりました」
私はもう一度シシリの元に向かう、その際にスカーを同行させ、背中に跨がり気絶した後の話を聞いたの。
メルリは大人になった私が子供の私の服を着ていた事から、誘拐犯と勘違いして地下に運んだらしいの、スカーとデンキチも言葉が通じず、誤解されたまま、目覚めたみたい……メルリを叱るべきか悩ましいわ。
私はシシリの店まで辿り着くと問答無用で【試食用】と書かれたクッキーを販売停止にさせたわ。
シシリさんには悪いけど、危なすぎるわ! 因みに空のケースに入ってたクッキーを食べた人はいなかったの。
材料切れでシシリさんが買い出しに行ってる際に私が来たみたいで、訳を話したらシシリさんも納得して試食用にするのをやめたわ。
「交換用にするしかないわね?」と言われて、ため息がでたけど、これ以上は何も言えなかったわ。
私はシシリさんの本の翻訳を4ページ分程して洋館に帰ったわ。
洋館のリビングルームで正座するメルリに、つい笑ってしまったわ。
「メルリ、そのまま!」
その声にメルリが身を震わせる。
「私を本気で心配してくれたのよね、ありがとうメルリ」
私はメルリを優しく抱き締める。
「お、お嬢様ァァァ、すみませんでした、うわぁぁぁん」
私は本当に愛されていると感じる。だから、確りと頑張らないとメルリには私から“特製クッキー”を食べてもらうことにしたわ。
私の気持ちを分かって欲しいもの。