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ここは城下町にある庶民的な酒場。
値段の割にボリュームがある料理が売りで、深夜となったこの時間も1日の仕事を終えた職人や商人たちで満席だ。そんな酒場で一際、陽気に大声で語り合うグループがいる。
「おめでとう!クリス。今日から上級鍛治師の仲間入りだな」
「18歳で鍛治レベル5。クリスさんは、どこまで天才なんだよ!」
クリスと呼ばれた女性は、化粧っけのない顔をアルコールの効果で赤くしている。
10歳から鍛治スキルの修行を始め、ついにレベル5、上級鍛治師になったのだ。今日くらいは潰れるほど飲んでもバチは当たらないだろう。
鍛治の知識を叩き込んでくれたギルドマスター、一緒に修行を重ねた仲間達が昇進祝いの飲み会を開いてくれた。何より、皆が喜んでくれることが嬉しかった。それに今日はギルドマスターの奢りだから、みんな高い酒を飲みまくっている。ギルドマスターが財布の中身を確認しながら、青い顔になっているがこの店はつけがきくから問題ないはず・・・
酒場の閉店時間が近づき、飲み会は解散となった。何人か酔いつぶれているが、いつものことなのでクリスは気にしない。酒場から出るとパラパラと雪が降り始めている。今夜も寒くなりそうだ。
クリスは何となく、特に理由はなかったがギルドにある工房に向かって1人で歩き出した。
明日から始まる上級鍛治師としての生活が始まる。その前にもう一度、工房を見ることで気合いを入れ直そう思ったのかもしれない。
クリスは工房の扉の前で足を止めた。
「何これ?」
扉の前に毛布に包まれた赤ちゃんが置かれている。
寒空の下、赤ちゃんは毛布のなかでスヤスヤと眠っていた。捨て子だ。クリスが覗きこむと赤ちゃんはパッチリと目を開き二人の目が合った。心の奥底にしまっていた痛みが蘇る。
「ふふっ。君は私の運命の人かもしれないな・・・」
クリスは赤ちゃんを抱き上げ、工房の中に入って行った。
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翌朝、クリスは赤ちゃん抱きながらギルドマスターのもとに訪れた。二日酔いのギルドマスターを叩き起こし、
「私はこの子の母親になる。子育ては故郷の村でしたいからギルドは辞めさせてもらうよ」
二日酔いで回らない頭で必死にギルドマスターは引き止めるが説得されるようなクリスではない。別れを惜しむギルドの仲間たちに見送られ、新天地に向かい旅立った。ギルドマスターは諦めきれずに何度も引き止め続けたが・・・