明くる日
1
冷たく硬いコンクリートの感触に、目を覚ます。体を起こしてはみたものの、どろりとした眠気が体表を這いずっている。
ここは一体何処で、何故ここにいるのか。
未だ朦朧とする意識の中、ふわりと浮かんだ疑念は単純なものだった。
この冷たいコンクリートの上が自分の家では無いこと位の判別はつくし、見知らぬ建物の中で熟睡出来る程の、図太い神経は無い。それを容易く行える程不道徳でもない。
とすると、ここは夢の中なのだろうか。しかしその考えはあまりに安直であるし、現実を認識したくないという甘えに他ならない。
夢か、現実か、という判断は後回しにし、自分が置かれている状況を確認する。
薄暗い室内の中には瓦礫の類しかなかった。床は煤け、窓や換気扇も見られない。照明は割れて使い物にならない。何の生活感も風情も無い、荷物置き場から荷物を除いた様な小部屋だった。恐らくここは廃墟なのだろう。
題して「不摂生」と言った有様の小部屋だが、そもそも生活の為に使われている場所では無いのだろう。それこそ前述した通りの荷物置き場か。もしくは、この廃墟の中で何らかの作業をしていた人間が、日頃の鬱憤を叫ぶ為に用意されたものだろう。窓も換気扇も無いのは防音の為だ。得心がいった。
これ程までに特徴の無い、いっそ厭世的とも言える部屋ならば、自分の空想の産物に違いない、と思った。現実の体は、さぞや心地の良い寝息をたてている事だろう。
とは言え、いつまでもこんな場所に居ては気が狂ってしまう。夢の中とは言え、こんな不気味な部屋には居たくない。立ち上がり、痛む体を強引に伸ばす。そこでようやく、左腕の硬質な重みに気付いた。
籠手だ。
一目見て理解できた事が、自分の事ながら不思議に感じた。籠手というものを見る機会はそう多くなかったし、自分の知る剣道の籠手とは異なる様式を持った黄金に輝くそれは、籠手というよりは手甲と言えた。
金属鎧の腕部分を切り取った様な形をしているが、その中でも異彩を放っているのは、肘から手の甲まで伸びた、ひし形の金属板だ。先端部は中指の先より長く、握り拳をつくれば十分に凶器として扱える。ひし形の頂点にあたる部分は、申し訳程度に丸みを帯びている。とは言え、この籠手を装着したまま拳を振り抜けば、打撃では無く刺突となるだろう。
おっかないな、と思い、籠手を脱ごうとするが、当然外し方などわかる筈が無い。剣道部に所属していた訳でも無ければ、騎士になった事も無いのだ。防具を着けた事など、ましてや脱いだ事などある訳が無い。自分にできる僅かな抵抗は、力の限り籠手を引っ張ってみる事だった。無論、徒労に終わる。これも後回しにしよう、頬杖をつく時は留意しなくては。
痛む全身を強引に動かし、ドアもカーテンも仕切りも無い、簡略化を極めた出口から外に出る。廊下はほんのりと明るく、それは窓から差し込む日光のせいだったのだが、軽い目眩を感じた。
そうか、まだ昼だったのか、などと思いながら外を見やる。やはり日光が目に染みる。
しっかりと目にしてしまった。窓から見下ろせる、ゴーストタウン。鬱々とした雰囲気を放つ市街に日の光があたり、幻想的な街並みとも言えた。
そうして初めて、ここは現実なのだな、と知った。
2
「ここは、何処だ」
今度は声に出して見た。声の出し方は忘れていないようで安心したが、埃のせいか少し咳き込んだ。だが、骨を揺さぶり耳へと伝わる自らの声音のお陰で、世界が現実味を帯びてきた。考えるべき事は山ほどあったが、何から考えれば良いのか判断がつかない。頭がこんがらがるというのは、まさしくこの事だろうと、深く理解した。
あの廃墟の中には、様々な資材が置いてあった。非常食や救急箱と言った、いかにもサバイバルをして下さいといったキットが揃っており、これはいよいよきな臭いぞ、と思ったが、当然思考を止めた。とにかく衣食住はどうにかなりそうだ。硝子の破片が落ちていたりもするが、拠点にするには申し分ないだろう。
外から見れば、この廃墟が思いのほか大きくない事がわかる。出入口はガラスでできた両開きのドアが一つ、正面玄関に位置しているだけだ。
さっきまでいた小部屋は、このオフィスビルと見られる廃墟の二階に位置している。割れた窓の位置から大体の位置は把握できた。
あの小部屋や割れた窓から、余程古い建物だと予測していたが、どうやらそうでも無かったらしい。件の窓以外に、割れた窓や扉は見つからなかったし、電気こそ通っていないものの、照明の類は無事だった。つまるところ、廃墟と言うよりは、唯古びているだけだった。
かと言って自分に不都合は無い。保存食は十分に食べられるし、資材や道具もいくつかは使えそうだ。何に使うのかは、まだ思いつかないが。
電気が通っているとは言え、あそこまで古びているということは、恐らくもう使われてはいない筈だ。拠点にするにはうってつけに思われた。
安全の確保が出来たところで、漸く周囲に関心が向く。状況の把握は肝心だが、あまりに突然かつ壮大な不思議体験に、魂を何処かに置いてきたらしい。ついさっきまでの事は勿論、今までの事がほとんど思い出せなかった。記憶喪失か、寝ぼけているだけか。記憶を失った感じはしない。忘れている事を忘れているのだから、当然と言えば当然だ。
しかし少しの違和感があった。過去の成り行きが思い出せないと言うよりは、何を思い出さなければならないのか解らない。思い出せないのは記憶ではなく思い出し方のようだ。
このまま思考の波に身を任せていれば、日の落ちる頃には昨晩の夕食くらいは思い出せそうだ。しかしそうしている訳にもいかない。明日の夕食にありつけるかも怪しいような状況だ。あの粗末な保存食では、どんなに少食でも明日の昼まで保つかどうかといった所だ。食料がいる。
幸いにも寝床は確保出来ている。生活に必要なものも、贅沢は出来ないがそれなりの物が揃っている。この廃れたオフィスビルを根城にすれば、少なくとも野晒しで息絶える事は無い。
この異常事態に対して、思考はいやに冷静だった。元来の性分なのか、あるいは動物的な生存本能の成す所か。いずれにせよ、まともな精神状態ではないようだ。
3
あそこまで都合の良いオフィスビルがあるというのに、周囲一帯は酷い様子だった。
建築物はその殆どが資材置き場や同じようなビルだったが、資材置き場には大きなコンテナが大量に置かれているだけ。ビルに関しては、どうやら最初のオフィスビルが最大のものらしく、その他のものは四から五階建て、内部は引越したばかりのように何も無かった。
周囲の探索をある程度終え、更に別の区画へ進む為歩き出す。そこで一つの疑念が浮かび上がった。
どうにも最初のビルは恵まれ過ぎている。誰かが意図的にライフラインを集めたのでは無いか? 何の為に?
頭を振り、思考を掻き消す。記憶の一切を失っているような今の頭で何を考えようと、結論が下せる筈は無かった。今は生き延びる事だけ考えよう。
道に迷わないように、なるべく見通しの良い道を進む。最初のビルを目標とすれば迷ったとしても問題はない。かと言って、この廃ビル群を闇雲に歩くのは愚策だし、まずは大通りを巡って土地勘を得たい。区画の境が見つかれば儲けものだ。
しかし、事はそう上手く運ばないようだ。代わり映えのしない景色が視界の端を流れていく。見渡す限りアスファルトとコンクリートで、あまりに趣が無い。余程中心部にいると見える。
異変は二つ目の交差点に差し掛かった時に起きた。爆発音にも地響きにも聞こえるずっしりとした音が、遥か遠方から大気の振動となって伝わってきた。それなりの距離があるのか、音そのものは大きくない。
建物が倒壊したのだろうか、と考え、辺りを見回す。すると、右側の大通りに人影が見えた。これには思わず目を瞠った。同時に安堵した。やっと人に会えた。人間の心が、今になって自分に帰って来たようにさえ感じられた。
輪郭さえ朧げな彼に向け、歩を進める。まだ相当の距離がある。少し歩幅が大きくなった。人影がこちらを振り向く。挙止から推察するに男性だ。彼もこちらに気付いたようで、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。自分の歩調が速まる。姿がはっきりしてくる。遂に自分は走り出す。男はゆっくりと、歩み寄って来る。
男の左腕には籠手が装着されていた。自分の左腕のものと全く同一だ。自分と彼が同じ立場であるだろう事に、更なる安堵と、一抹の不安を覚えた。そしてその不安さえ、一刹那の内に掻き消える程高揚していた。
男との距離が近付く。更に足を速める。ぐんぐんと接近し、減速しようと考え出した時、突如として彼が突進してきた。ぶつかる、と思った瞬間、彼の籠手が眼前に迫った。
4
既の所で体を捻り、男の左拳を避ける。そのまま左に飛び、倒れ込むようにして男の体を躱す。
何だ。一体何が起こった。
焦燥と混乱が脳内を占める一方、先程までの冷え切った自分が蘇るのを感じた。魂が遊離するような、自己の認識が揺れるような心地。心神が喪失し、脳内全てを思考が満たしていく感覚。
男の後方まで転がり、距離を取った。あれは敵だ。話し合いの通じるものではないだろう。奇妙な籠手、そしてここは幽霊街。自分や彼が尋常の者である筈がないのだ。
何の理由があって襲いかかって来たのかは分からない。しかし、向こうが襲って来るという事は、十分に応戦の理由となるだろう。
男と向かい合い、距離を測る。男の風貌は平凡だった。黒髪黒目、服装はスラックスにワイシャツ。年齢は十代後半から二十代前半といった所か。学生に見えなくもない。籠手はワイシャツの袖の上から装着されていて、少し不恰好だ。
この青年は特に筋肉質にも見えないが、体格や年齢は自分よりはやや上だ。武術の心得があるようには見えなかったが、籠手の使い方を知っている風ではあった。状況はこちらが不利だろうか。
こちらの行動の乏しさに辟易したのか、青年は距離を詰めて来た。その動きからも特別な技術は感じられない。
振り抜かれた左拳を難なく躱す。籠手の重量がある分、拳撃は単調で、鈍重だ。それでも青年は執拗に左拳を使って来る。という事は、やはり籠手が主な攻撃の手段なのだろう。刺突に秀でた籠手の形状からも、それが防具ではなく武器としての機能を持つ事が分かる。
二撃、三撃と見切りながら、しかし打開策を見出せないでいた。左腕に力を込める。重い。彼のように何度も振り抜くのは体力が持たないだろう。一撃で仕留める必要がある。
パーカーのポケットに右手を突っ込む。廃ビルで手に入れた携帯食料が入っていた。転倒した時の衝撃で少し割れているが、粉々になってはいない。目潰しに利用出来るかと思ったが、砕いて封を開けるまで待って貰えるとは思えない。
青年が拳を振りかざした瞬間、ポケットから右手を抜き、携帯食料を袋ごと顔面に投げつける。多少の硬直は生まれる筈だ。
しかし青年は袋を殴り付けた。籠手の先端に接触した瞬間、携帯食料は弾けるように破裂した。
5
目の前で起こった事が、一瞬理解できなかった。
今のは何だ。何故破裂した。
袋は間違いなく内側から弾け飛んだ。まるで内部に火薬が含まれていたかのように。外部からの衝撃では、あの破裂はあり得ない。
青年は拳を下ろすと、つまらなそうに頭を掻いた。自分が何も出来ずに固まっていると、何を思ったか、今度は全霊の力を持ってアスファルトを殴り付けた。
瞬間、異様な音と共に大地に亀裂が走った。青年は力を確かめるように左手を眺めている。
今のは威嚇だ。
一見何の意味も無い行動だが、恐怖心を煽るのには最適な行動だ。彼は言外にこう言っている、「お前もこうなるぞ」と。
彼の力の前では一撃も貰えない。致命傷では済まないだろう。掠めただけで即死しかねない。
あの力を見た上で、先程までの攻防を続ける自信は無い。踵を返し、走り出す。青年は大分体力使っただろう。今なら逃げ切れる筈だ。
裏路地などを細かに通って、結局廃ビルまで戻ってきた。適当な方角に走っただけだが、帰巣本能というやつだろうか。目印にしたつもりは無かったのだが。
しかし幸運だ。この廃ビルなら少しは有利に動けるかもしれない。武器になりそうなものは無かったが、奇襲に使えそうな場所はいくつかあった。闇に紛れるのは有効だろうと、廃ビルに入る。
窓辺の壁に凭れ、座り込む。窓が割れている事も幸いして、視界は良好、足音も聞こえそうだが、彼の姿は見えない。上手くやり過ごせるかもしれない。
そもそも彼は追って来るのだろうか。こちらに気付いたとしても奇襲の準備は万全だし、この場所を見つけられる可能性は低い。そう思うと気が楽になってきた。休息ついでに状況を整理しよう。
彼の力は物を壊す事。分かっているのはこれだけだ。壊せない物があるのか、何か条件があるのか、デメリットは発生するのかなど、その一切は不明。彼の力は自分には使えなかった。当然だ。でなければ誇示するような真似はしない。
力の発生は籠手の先端から行われているように見えた。仮説に過ぎないが、力は彼によるものではなく、籠手によるものだろう。自分に使えなかった理由は、使い方を理解していないからか、力の種類が異なるか、その両方。
自分にも同様の能力がある筈だ。問題はどうやって使うのか。あの力に対抗出来るのか。
結論は出せないまま、その時は訪れた。空気を揺るがす轟音。近くで建物が倒壊したのだ。
窓から様子を伺うと、丁度ビルの正面方向に土煙が上がっている。青年が居た辺りだろう。
またしても轟音。最初の土煙の左隣に、新たな煙が上がっている。暫くの後、今度は右側に煙が上がった。
あの青年によるものだろうか。
推測に過ぎないが、可能性は高い。そしてそれは、考え得る最悪の展開だった。
彼の力が建物を倒壊させる程のものならば、この廃ビルで奇襲作戦を行う事は出来ない。彼が中に入ってくる事は絶対に無いからだ。
そして、彼をやり過ごす事も難しくなった。こうしている今も、土煙はこの廃ビルに迫っている。こちらの逃げた方角はある程度把握されているようだ。彼がこの廃ビルに辿り着くのに、そう時間は掛からない。
この廃ビルを捨てて逃げる事は出来る。だが、彼がどこまで追って来るつもりなのかも分からない。どこまで逃げれば良いのかも分からない。正面玄関から逃げ出せば見つかるだろうし、かと言って裏口は無い。一階の窓は鍵が錆びていて開かない。三階より上の階層なら機能する窓もあるが、その高さから飛び降りるのは危険だ。二階は全ての窓が割れているが、硝子は外に散っているようなので危険は少ない。しかし二階から飛び降りた後に走れるかと言われれば、自信は無い。何より、この廃ビルを失えば食料も無くなる。
どうする。何をすべきだ?
状況を理解出来ているであろう彼と、記憶すら無い自分。あらゆる点で彼に利がある。勝算は万に一つも無い。自分と彼が対等の位置ならば、あるいは光明も見えただろうが。
正面のビルが倒壊した。時間が無い。
6
ビル正面左側の建物が崩壊すると同時に、一階の窓を割って抜け出す。裏手に出るにはこうするしかない。窓の割れる音は、ビルの倒壊音に紛れただろう。
相手の居場所は大方の予想がついている。倒壊した二つの建物の間だ。そしてこれまでの行動を鑑みると、次は向かって右側の建物を壊しに向かうだろう。
作戦は簡単だ。大きく迂回して、二つ目のビルの左側に回り込む。あの青年はビルの右側にいると推測されるから、次の建物に向かう為に振り返った瞬間、土煙に紛れて背後から奇襲をかけられる。やる事は最初と
同じだ。一撃で勝負を決める。
しかしその目論見は早くも崩れ去った。大通りに出た瞬間、土煙の前に青年が立っていた。
青年はこちらの姿を目視すると、一瞬驚いたような表情を見せた。その表情はすぐに笑みへと変わり、嬉しそうに唇を歪ませながらこちらへと歩み寄って来る。
失敗した。奇襲を嫌って、見通しの良い場所から破壊を行っていたのだ。
脈拍が一気に高まった。焦りと恐怖が脂汗になって浮いて来る。頭が真っ白になった。死を覚悟した瞬間、あの感覚が蘇った。
もう駄目だ。本当に? まだ何かある筈だ。考えろ。拮抗できる戦い方。彼と自分との共通点。真に平等な、その一点。
頭が急速に冷えていく。思考に一切の無駄も、ムラも無く、一つの指向を持って知恵が働く。
一つだけ、ある。共通点。そして対処法が。
青年が動きを早めた。十分な距離まで近付いたと判断したのだろう。事実、彼我の距離は車一台分程しか無いだろう。もう逃げられない。戦うしか、ない。
初撃は矢張り左腕から放たれた。大袈裟に右に避ける。大きく避ければ体力を使うが、それで良い。元より根競べに持ち込むつもりは無い。彼とて、同じ轍は踏まないだろう。
やるべき事は一つ。理想的な一撃を誘発する事。
彼は一撃でこちらを葬れるだけの能力を有している。携帯食料は内部から破裂したし、ビルの表面に触れるだけで倒壊させた。応用の効く力らしい。だが強大な力であるが故に、小手先の戦術を必要としない。単調な攻撃は能力の過信から来るものだろう。
攻撃を避け続けていると、次第に彼が焦れてきた。挙動が大振りになっている。
この好機を逃す訳にはいかない。彼の挙動に目を凝らす。集中を高める。自然と身体に力が入る。集中する。
緊張が極限まで高まった時、あの感覚が戻ってきた。張り詰めていた糸が緩んでいく。余計な力が抜け、体が軽くなる。視界に映る物がはっきりと認識できる。
彼の拳が見えた。今までのどの攻撃よりも後方に振りかぶられている。
彼の胸が見えた。いつも以上に反っている。
来る、と思った。いや、分かった。左腕が反射的に上がっていた。
拳打の軌道に左手の甲を向ける。彼の能力は、恐らくこの籠手を破壊出来ない。彼の能力が籠手から生じているのなら、この籠手はそれに耐え得る性能を持っている筈だ。
拳が籠手に触れた。彼の能力は発動しない。その代わりに、おかしな金属音がした。甲高く、マイクのハウリング音のように尾を引いて響き渡る。深く考えず、拳を振り払った。すると、彼の腕が弾かれたように高く仰け反った。こちらの腕に対する負担は思いの外軽く、力を入れ過ぎてしまった為、左腕が予想外に振り切れた。
多少の混乱はあったが、迷わずに左手の甲で鼻っ面を殴りつける。普通に殴っても良かったのだが、鋭利な先端で顔を殴り抜くのは少々気が引けた。
衝突した彼の頭を振り払うように拳を操作すると、またしても奇天烈な音を響かせ、想定外の威力を見せた。彼の体が宙に浮き、寸分の距離を飛んだ。着地後も地面を滑ったところを見ると、かなりの勢いを持っていたらしい。打ち所が悪かったのか、打撃の入りが良かったのか、そのまま青年は動かなくなった。