extra 幕間の対決(を眺める)
面白い事になったな、とアルバートがこっそり笑ったのに合わせて、彼の赤みかかった茶色の髪もこっそり揺れた。
「やっぱり私、マーガレットに全部話してからこの街を去りたいんです!」
ノーランド領ピアリーフ。ここは、最近なにかと物騒なこの街を取り締まる警備隊の詰所である。
で、ここはその一室である隊長室。すこし特殊な来客に、ダレルは執務机の上で頭を抱えていた。
「このまま乗合馬車の出発の時間になって、マーガレットに謝ることもできず別れてしまうと思ったら……」
「……それで、馬車の方に口を利かせろと」
「出発を少しだけ待ってもらいたいのです」
完全に腹を決めた顔のエンジェと、最後に大きな爆弾が来たとでも言いたげな顔のダレル。
たまたまこの場に居合わせた警備隊の副隊長・アルバートは、目立たないように扉の側に控えながらも、完全な第三者として二人の対決をこっそり楽しんでいた。
「君の事情を考慮して、事件に関して君の事は公にしていないんだ」
「そのことに関しては、本当に感謝していますわ」
「だが我々の他にも君が事件に関わった事を知る人間は居る。サンドラ確保の時、派手に立ちまわってしまったせいで娼館の人間にも数人知られてしまった。これはこちらの落ち度だが、だからこそ君が実家に帰ると言ったのを尊重して、噂が立ってしまう前に街を出られるようにと出来る限り早く手配したんだ」
「存じておりますわ。ダレルさんひいては警備隊の方々の手厚い対応、どれだけ感謝しても尽きません」
ダレルの言い分にも一理はある。
だが、これまでは物腰柔らかいだけだったエンジェは、事件を経てからは一味違う。
「ですが、ダレルさんの仰っている事は、私のお願いを退ける理由にはなりませんよ」
その通り!と、アルバートは心の中で手を打った。こんな真剣な状況で不謹慎だが、思わずにやけてしまいそうだ。慌てて顔を引き締める。
エンジェが言っているのは、ただ『馬車の出発を少しだけ待ってほしい』ということだけ。エンジェの事情がどうとか事件の後がどうとか、そんなのは馬車の出発とは何の関係もない。ダレルの言っていることは論点のすり替え、つまり詭弁だ。
わざわざ詭弁を使うと言う事は、つまり隠したい真意があるわけで。
「正直に仰ってくださいな。私とマーガレットを会わせたくないと」
ダレルはこれまで、自らマーガレットの店を訪ね続けることで疑っていると周囲に思わせてきた。加えて、薬の出所である大元の薬屋を見張っていれば、疑われずして娼館側への牽制になる。設立して日が浅く実績も少ない警備隊がどの程度のものか、敵も測りかねていたところだっただろう。歴史の短さを逆手に取った作戦だ。
よく『貴族がお飾りとしての隊長の地位に座っている』なんて思われるがとんでもない。とても頭の切れる人だ。
「私はマーガレットときちんと向き合いたい。マーガレットを傷つけるから、罪を告白するのが恐いから逃げるだなんて嫌です。もし彼女を傷つけてしまっても、それは私が負うべき責任だと思います」
エンジェは以前とは見違えるほど、芯が通った佇まいだ。元々綺麗な人だったが、輪をかけて魅力的な女性になったと思う。
誤魔化しは無駄だと悟ったのか、ダレルがため息をついた。
「君の言うとおり、君を彼女に会わせたくない。せっかく上手く収まりつつある今の状況を乱したくないんだ」
「そんな建前はもう結構です。これ以上マーガレットを傷つけたくない貴方の都合だと認めたらいかが?」
「……」
隠したがる真意というものは、その人自身の弱点である。どんなに頭の切れるダレルでも、一番弱い所を突かれては一溜りもない。
今回の作戦は警備隊にはとても都合の良いものだったが、そのしわ寄せは全てマーガレットという一人の少女に行くことになってしまい、結果、マーガレットを傷つけてしまった事をダレルはとても気に病んでいた。まあそんな“犠牲“にさえ非情になれないのも、また彼の憎めない所だ。
「それは街の為でもマーガレットの為でも私の為でも無い、貴方自身の我儘です。貴方の我儘を通して私の我儘は通せないというのでしょうか、警備隊長様?」
美人が怒ると恐いって本当なんだなあ、なんて気の抜けたことを考えた。完全に自分は場違いだ。
エンジェはつまり、警備隊の隊長という立場を使って自分の都合を押し通すつもりか、と皮肉を言っているのだ。
しかし怒っているとはいえ、仮にも貴族の身分であるダレルにこれだけ言えるエンジェは肝の据わった人だ。そして何も言えなくなったダレルを追い打つように、「そもそも」と口を開いた。
「これまで私に過剰なほど優しい態度をとっていらっしゃいましたけれど、そのせいでもし私が貴方に好意を抱いていたらどうなさるつもりだったんですか?貴方は仕事の延長だったのでしょうけど、私に対して失礼じゃないかしら」
そして最後に、追い詰めた獲物をしとめる痛烈な一撃。
「マーガレットが傷つくのはいけないけど、私が傷つくのは構わないと仰るのね?」
「あっははは、もうだめだ、限界!」
アルバートの突然の笑い声に、何事かと驚いてダレルとエンジェが目を向けた。
「隊長、あなたの負けですよ」
あんな痛烈な言葉を聞いて、もう黙っていられるはずがない。
普段は常に穏やかな笑顔を浮かべているアルバートだが、声を上げて笑うのをダレルは初めて見た。驚きで思わず凝視してしまったが、ダレルは我に返ると気が抜けたように笑った。
「……そうだな、俺の負けだ。俺もあいつに全て話しに行くよ」
そう言いながらダレルは椅子から立ちあがったのを見て、エンジェがホッとして笑顔を見せた。
それを見て、アルバートも笑いを収めて一息をついた。やっぱり美人は笑顔が一番だ。
準備をしてくるからここで待っていてくれ、とダレルが部屋を出て行ったので、二人になった部屋でアルバートはエンジェに話しかけた。
「先程は失礼しました」
「いえ、私も熱くなりすぎてしまいました」
エンジェはさっきの自分の態度を思い出して、赤くなって恥ずかしそうに俯いた。
「確かに、取り調べで貴女を拘束しておいて、終わるとすぐに馬車の手配をした隊長のやり方も少し卑怯でした。エンジェさんはマーガレットさんに顔を合わせづらかったでしょうから、落ち着いて気持ちを整理する前にエンジェさんをこの街から引き離そうとした強引なやり方はよくなかったですね」
「やっぱり、そういうことだったんですね……」
エンジェは納得がいったと頷いた。あれだけ頭の回るエンジェだから、ダレルの思惑に薄々気付いていたんだろう。
「ですが、隊長もまだまだ日の浅いこの警備隊で試行錯誤しています。今回初めて大きな事件に直面して色々学んだみたいですから、あまり怒らないであげてくださいね」
「ふふ、アルバートさんはなんだかダレルさんのお兄さんみたいですね」
「畏れ多いです」
この警備隊は元々、自警団として設立されるはずだったところに税収目的のノーランド男爵が手を入れ、警備隊として設立しダレルが隊長として就任した。
本来ならピアリーフの自警団の長となるのはアルバートのはずだった。しかしアルバートには全く不満は無い。自警団としてやっていくよりも、貴族のダレルを上に据えて後ろ盾のある警備隊としてやっていく方が良いと思っているし、自分は補佐役の方が向いているとも思う。そうダレルにも話してある。
それに何より、問題に向かって等身大でぶつかって、その分一番傷を負っているような、人間味あふれるダレルの事を気にいっているのだ。
――そんな彼の事を理解して、同じように正面からぶつかりあってくれるような人が彼の前に現れてくれたらいいと思っていたけれど、もしかしたらそう遠くない話かもしれない。
何かを覚悟したような顔で隊長室に戻ってきたダレルを見て、アルバートはそんなことを考えていた。