少女、勇者に出会う
今日も一日頑張った。
上司には頭を叩かれ先輩には仕事を押し付けられ同期には彼女自慢され、それでも頑張った。頑張ってこなした。もうこれ以上耐えたら俺の大事な部分が壊れて大変な事しちゃうんじゃね? というくらいに頑張った。明日は休日。待ちに待った、とうとう来てくれた休日。踊りだしたいところだが、蓄積された疲労は俺の気力を 奪っていた。奪っていてくれて助かった。通報だよ通報。踊りだすとかあり得ないから。この間同僚が駅で踊ったらおまわりさんと友達になったと泣きながら言ってたけど、俺はそんな友達になりたくないからさっさと家に帰ろう。明日はゆっくり休もうと思い家に着いたら、見知らぬ少女が寛いでいた。
「あ、お帰りなさいで」
バタン、とドアを閉め表札を確認。
坂井と書いてある。俺の名前だ。
部屋番号も確かめたが、俺の部屋だ。
もう一度ドアを開けた。
「何してるんです? 早く入ったらどうですか?」
見知らぬ少女はさも不思議そうに聞いてきたが、疑問があるのはこちらだった。
まるで自分の家のように、俺のテレビを見て俺のポテチを食べ俺のコップで牛乳を飲んでいた。
「……君、誰?」
「え? ああ」
少女は食べようとしたポテチを食べ、俺が買っておいたコンソメ味、自己紹介をした。
「バリバリバリ」
「口いっぱいに頬張るな!」
「ほぅや失礼」
ポテチを飲み込むと今度こそ、少女は自己紹介をした。
「異世界から勇者を探しに来た者です」
決めたぜ、という満足気な笑顔を浮かべながら言った。
どうやら警察を探しているみたいだ。
「そうか、じゃあ早速勇者さん達を呼ぶからちょっと待っててくれ」
「いやいやそんな、この流れを見たら誰だって貴方を待っていたと思いますよぅ」
「大丈夫これから呼ぶ勇者さん達は凄いから。みんなの安全を守ってくれるとても良い人達だから。この間も俺の同僚がお世話になったし」
「良い人達ですねぇ! でも私はその良い人達から守ってもらえる存在ですかねぇ?」
「とっても頑丈な部屋に通してくれるし、君の話を聞いてくれるから大丈夫だ」
そう言って電話を取り出す俺だが、腕を掴まれた。先ほどまで居間でテレビを見て寛いでいた少女が、いつの間にかにこやかに笑みを浮かべて目の前にいた。
「……何、するのかな?」
「いくら私でもこの世界の警察の仕組みくらい解ってますよぅ?」
「ちっ」
腕を振り払い少女と距離を取る。このまま逃げ出してもよかったが、逃げてもこの少女が通帳など、金目の物を盗っていく可能性がある。恐らく、盗みに入ったが物色している最中に家主(俺)が帰ってきた為どう対処するか悩んでいるのだろう。こんな少女が泥棒家業とはなんとも悲しい時代になったものだ。だが俺は少女の為、 更生の為に心を鬼にして少女を捕まえ警察に突き出さなければならない。
「大丈夫だって、ちょっと警察の勇者さん達とお話しするだけだから。かつ丼とか食えるから」
「あのかつ丼の代金って後日請求されるんですよぅ」
「マジで」
知らなかった。てっきり警察の奢りかと思ってた。じゃあよくドラマなんかで、といっても最近じゃあそんなシーン全然見ないけど昔の定番みたいな場面である「ほら、これでも食え。腹、減っただろ」と優しく語りかけてる部分の印象が全然変わってくる。それ、ただ普通に飯食ってるだけじゃねえか。てか刑事さんもなに奢っ てやるよ的な雰囲気で言うんだよ。詐欺だよ。警察が詐欺だよというかそんな普通は知らなさそうな事を何故異世界から勇者を探しに来た少女さんが知ってるんですか?
「ちっちっち、事前の調査は必須ですよ」
「何処で調べたんだよ。お前の世界にはこっちの世界の本でも出てるのか?」
「いえいえ、ググッただけです」
「ググッたの!?」
「ググレカス」
「何を!?」
少女はにこやかに辛辣な事を言うと、手招きした。
部屋にさっさと上がれと暗に言っているようだ。
俺もいつまでも玄関で騒いでいるわけにもいかず、仕方なしに上がる。いつでも逃げ出せるようにドアを背にする事を忘れない。いやだってほら、最近の子供ってナイフとか平気で持ってるじゃない。危ないから。少女が相手なら別に戦ってもいいんだけど、怪我させちゃ悪いしね。本当だよ? 別に怖いわけじゃないし。
部屋に上がると、何故か朝出た時よりも綺麗になっていた。あんだけ物が散らかっていたのに、まさかこの少女が掃除してくれたのだろうか。
「おい、お前この部屋……」
「あ、気づかれましたか。目敏いですね」
「目敏いって、綺麗になってたら誰だって気づくだろ。お前がやってくれたのか?」
「貴方に彼女さんでもいれば違うのでしょうが、今の質問で彼女いない歴=年齢という事が解りました」
「何故そこまで!? もしやエスパーか!?」
「いえいえ、勇者を探しに来た美少女です」
「というかなんで掃除なんか?」
少女が掃除をして得する意味が解らない。それに掃除をする暇があったという事はかなりの時間があったという事だ。逃げる事も出来たのに俺を待っていたという事は、何か別に目的があるんだろうか?
とりあえず泥棒かもしれないという可能性は低くなった。
「掃除というか、金目の物は質屋さんに」
「泥棒じゃねえか!!」
もはや泥棒という可能性しかなくなった。
俺は右手に持つ携帯に目を向けるが、少女が立つ。
ジリッと、俺の携帯を狙う。
「……どうした?」
「貴方こそどうしましたか?」
「いやちょっと、お友達に電話しようかと」
「こんな美少女を前になんて無粋な。この国の殿方は消極的と聞きましたが奥手にも程がありますよ」
「自分で美少女なんて言ってる奴に美少女はいねえ」
「おや、目が腐ってるようですよ?」
殴りたい。思いっきり。
だだ紳士である俺がいきなり殴りかかるなんて野蛮な事はしない。ここは紳士的に話し合いをしよう。
「今すぐ出ていけば許してやる。それから質屋に売った金も置いていけ」
「カツアゲですか」
「俺の金だろうが」
「物は貴方のかもしれませんがお金は私の物です」
「どんな理論だ!」
「どんなと言われましても、食事で女性がお金を払わないのと同じ理論ですが、何か?」
「そこは間を取って次は君が奢ろうぜ」
「間を取ったらお別れですよ?」
「金が目当てか!」
「体が目当ての人に言われたくありません」
「勝手に決めるな!」
「男なんてみんな狼です。ママがよく言ってました。付き合う前に残高を聞きなさいと」
「お母さん何教えてんだ!?」
お母さんダメですそんな事言っちゃあ。御覧なさい本当の恋愛を知らない子が目の前に生まれてしまったじゃないですか。お母さんを見つけたら小一時間話し合うとして、もう早くどこかに行ってほしいのだが、少女は全然そんな素振りを見せない。
「何が目的だ」
「だから勇者さんを探しに来たんですよ」
「はんっ、じゃあ何か? 俺が勇者だとでも言うのか?」
「勇者って顔じゃないですよねぇ」
「半笑いをやめろ!」
なんだこの小娘。勇者がどうとか言ってるがどうしたらいいんだ。明日は久しぶりの休みなのに、こんなガキンチョに付き合ってる暇なんてないのに。
俺がどう追い出すか葛藤してると、少女は深夜の通販番組を見だした。もしかしたら家出でもして、たまたま鍵がかかっていない部屋に忍び込んだとかどうだろう。いや鍵はかけたしもうそんな事より追い出さなくては。少女はテレビの『お手軽! これで貴女も理想の体型に!』と宣伝してる掃除機みたいな脂肪吸引機を凝視している。私見だが少女はそんな太っていないように見えるが、女の子というのは痩せていてもそういうのを気にすると聞いた気がする。
「坂井さん坂井さん」
テレビを見ながら少女が聞いてきた。
「なんだよ」
「この脂肪吸引機いいんじゃないですか?」
「あ? 俺は気にする程太ってねえ。そしてお前に買う気もねえ」
「いえ、武器に」
「武器に!?」
「スライムくらいなら余裕ですね」
笑顔で酷い事を言う。スライムがあの脂肪吸引機を食らったら、姿が…。
「それに見て下さい。セール中で大特価らしく格安ですし、付属品としてダイエット食がついて来ます」
「いらないから。ダイエット食なんざいくら食っても腹の足しにならん」
「ダイエット食は薬草代わりですね」
「薬草代わり!?」
「500は回復するでしょう」
「そんなに!?」
ダイエット食で回復するだろうか…じゃなくて。
なんだろう、この子もしかしてセールスマンか?
大特価の商品を売りに来たのか?
大特価の脂肪吸引機を売りにきた少女。
「帰れ」
猫のように襟を摘み持ちあげる。小柄な少女は軽かった。そういえば今まで年齢を気にしてなかったが、いくつくらいだろう?
中学生……か?
少女は「はーなーしーてー」と騒ぐ。俺はもう疲れたので無言で引きずっていく。
「やめて下さい! 女性をこんな扱いして、後悔しますよ!」
「うるせえちんちくりん」
「ち……りん……っ!? 酷いです! 訂正して下さい!」
「いつまでもガキの相手してる暇はないんだよ」
「違います勇者を探しに来た美少女です!」
「嘘つけ。いくらなんでも無理がある」
「何を言うのですか! それに伝説の武器、脂肪吸引機を馬鹿にするのは許せません」
「伝説の武器が大特価で売られてるぞ?」
テレビでは未だに宣伝している。随分とお手軽な伝説の武器だ。というかさっきスライム程度なら倒せるとか言ってただろ。
テレビに気を取られたせいか、一瞬の隙をついて少女が俺の手から逃げ出した。
「あ、こら」
「それ以上近づいたら大特価にしますよ!」
「大特価と言えば許されると思ってるのか?」
「脂肪吸引機のサビにしてくれます!」
「錆たらだめだろ」
少女は息を荒げながらどう動こうか見定めている。
俺はまた居間に戻られては敵わないので通せんぼ。
「解りました。では早速私の世界に来てもらいましょう」
「まだ言うか」
「時間がありません。車を出して下さい」
「車で行けるのか……持ってねえよ」
「なんですと?」
「免許は持ってるが車なんて贅沢品ねえって」
「ちっ使えない。じゃあレンタカーでもなんでもいいですから用意して下さい」
「なあ殴ってもいいか?」
「解りました。では私が脂肪吸引機を用意しますので、その間にレンタカーをご用意下さい」
「よし殴る」
「ひゃん!」
ずんずんと近づくと、少女はそんな可愛い声をあげ丸くなった。頭を抱えて小さくなる。恐る恐る見上げるその仕草は、先ほどまでの暴挙を見てても可愛く許せちゃうなーと……いかん。
これだから男は馬鹿と言われるのだ。でも馬鹿でもいいと思う時があるのだ。
俺はため息を吐いて、しゃがむ。
「なあ、家まで送ってやるから帰ろうぜ?」
「無理です……レンタカーがないと……」
「ああもうタクシーでも出してやるから、な?」
きっと遠い場所なのかもしれない。家出して、それで歩いて行ける距離じゃないから車なんて言い出したんだろう。
俺は家出という理由で納得する事にした。だって理由を聞いても話してくれそうにないし、言いたくないのだろう。
「タクシーだと運転手さんも一緒に私の世界に来る事になります」
「いいよもう運転手さん馬車代わりにしようぜ」
「運賃がヤバい事になりますよ?」
「君の親から貰う」
「いきなり親だなんて……脂肪吸引機もまだなのに」
「なんなの? お前の世界では脂肪吸引機どんだけの扱いなの?」
「大特価になる位のものです」
「それ褒めてないよね。どうでもいいよね」
その時、戸を叩く音が聞こえた。
こんな夜更けに誰だろう。もしや騒ぎが五月蠅くて苦情に来たのだろうか。メンドクサイな~と思いながら出ると、ダンディーなおじ様が立っていた。
立派な口髭はくるんと巻かれて、ぴっちりとしたオールバックに執事のような服装。
俺は口を開けたまま呆然とする。
「夜更けに失礼します。こちらにお嬢様は来ていませんか?」
「え……? お嬢様って……」
まさかと思い振り返ると、少女が引き攣った表情でダンディーを見ている。
「ひ、氷室…」
「さあお嬢様帰りましょうか」
「くっ!」
逃げようとする少女だが、部屋の中で逃げる場所などない。氷室と呼ばれたおじ様はゆっくりと近づいて行った。
「逃げても無駄ですよ。お嬢様の服には個人的趣味で発信機が付いてますので」
そう言うと氷室さんはあっという間に少女を捕まえると、肩に担いだ。個人的趣味ってなんだろう。聞いてはいけない事を聞いた気がした。
「はーなーせー!」
「はいはい、後で脂肪吸引機買ってあげますから」
「盗聴器も付けてたな!?」
「お嬢様の為にハイヤーをレンタルしてきました。レンタカーですぞ」
いや、それはちょっと違う。
俺は巡るましく変わる展開について行けず、ただただ見守るしか出来なかった。
一つ解る事は、氷室さん盗聴器も趣味だよね、という事くらい。
それでは失礼、と氷室さんはお辞儀し、ドアが閉まった。
「………」
俺は目頭を押さえると、少女が食べ散らかしたものを片づけ、未だに大特価の脂肪吸引機を宣伝しているテレビを消して、布団に潜る。
今日はどうやら疲れて白昼夢を見てしまったらしい。
俺は何も考えないようにして、眠りに着いた。
朝起きると、見知った少女が寛いでいた。
「ん? おはようです」
「……なに、してるんだ」
少女は呆れるほど素敵な笑顔を浮かべると、車のキーらしい物を取り出し言った。
「勇者の為に、脂肪吸引機とレンタカーを持ってきました」
どうやら俺は旅に出ないといけないらしい。
安っちい大特価の脂肪吸引機はそこらへんに置いとくとして、何故か使った形跡があるのが気になるが、折角借りたレンタカーだ、何処かに行くか。
なんてったって今日は休日だ。
休みの日ぐらい、旅に出るのもいいかもしれない。
……ん? なんか良い感じに終わるみたいだけど、まさかこの大特価の脂肪吸引機とレンタカーの代金って昨日少女が売った俺の質屋の代金じゃ!?