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001.天国の無い生活

語り手は変わり『僕』こと主人公の登場です。

後書き部に用語解説があります。

できれば無視してください(何)

 死んだとは思ったのだけれども意識のある自分に気付いた瞬間は、わりと驚いた。

 わりと驚いたのだが、認識していた直前(ヽヽ)の自己と、現在の自己の構成があまりにも違うために戸惑った。

 どういうことだろう。

 僕は色々と、それはもう色々と、生来の肉体からはいじりにいじった改造人間だけれども。それどころか|知性限界《Intellect limit》の解除も許可された拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)の補助を受けて人間を遙かに超える知性を獲得した、もはや人間とは呼べない生命体だったけれども、それでも根幹となる、元となる、人間としての肉体と頭脳は存在したはずだ。


 ――ああ、テロに遭遇して爆殺されたんだっけ?


 標的は僕だったのか、会合相手だった第四地球(イシュティニア)の西部連合大統領だったのか、その辺りの真相は不透明だけれども、まとめて、たぶん、殺された。

 というか、炎を伴った爆風が僕の体を吹き飛ばし、腹部を何かが切り裂いて、腸がはみ出して、一瞬後には炎に喉を灼かれて呼吸ができなくなり、あ、これ死んだなと自覚した瞬間まではっきりと覚えている。

 微分化されたその瞬間瞬間を、コマ送りにしてはっきり思い出すことができる。

 ゆっくりと僕の体に入り込んできて、腹を切り裂いて突き抜けていく金属片だとか。切り裂かれた腹からどろどろはみ出していく腸だとか。視界の隅に映った大統領には、頭が無かったように思える。

 普通の人間だった大統領は兎も角、拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)の保護を受けた僕は架空粒子(エクトン)の常態保存が可能な為、死後約四十九日以内に代替となる――クローン体なり、機械体なり、まあとにかく何らかの個体(Personal Body)を用意できればそれに復活することができる。なので、その微分された一瞬で僕は大統領の死を悼み、冥福を祈り、とりあえずこれ以上のスプラッタな状況は見たくないと感じ、演算を終了して意識を閉じよう――そうした瞬間だった。

 世界全体に違和感を持った。

 吹き荒れる炎が炎でないような、切り裂かれた肉体が肉体でないような、そんな、世界が世界でないような違和感だ。

 この感覚を強めれば、ある感覚に行き当たる。


 ――これは夢だという感覚。


 明晰夢を見ているような、けれどもそこまでには行き着かない。しかしながらそれに似た感覚。

 僕はそこではっきりと自覚した。

 ああ、いくつかの予想は立てられるものの、どこの何者かもしれない敵は――確実に、この僕を、殺そうとしているのだと。

 どこの何者の手を借りたのか、それとも襲撃者自身がその能力を持っていたのかはわからない。けれども確実に言えるのは、ここで僕は、殺される。

 間違いなく殺される。

 この空間は強烈な夢幻化(Dreamize)作用を受けて、外部からの侵入が出来なくなる。

 僕が殺された、僕や大統領が殺されたこの空間だ。

 もちろん僕や大統領の味方は夢幻化(Dreamize)を解除するように動くだろうけれども、それは相当な時間が掛かるだろうと予想できた。少なくとも数年単位での。

 それはつまり、四十九日以内に僕の精神を構成する架空粒子(エクトン)を回収することが出来なくなるということになる。

 拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)のバックアップと代替の個体(Personal Body)により、生前の僕の思考と知能を持つ存在は復活できるかもしれない。けれども【僕】という架空粒子(エクトン)を持たないそれは、もはや僕とは違う存在。例え再稼働に成功したとしても、今ここにある僕という架空粒子(エクトン)が存在しなければ、その個体(Personal Body)を安定して運用することはできないだろう。

 不可能とは言わない。拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)を自我の崩壊なくして運用することが出来た、僕という存在が、かつて(ヽヽヽ)存在したように、非常に小さな、天文学的に小さな可能性によって、【僕】以外の誰かにも、同じようにそれ(ヽヽ)を安定運用できる可能性はあるから。

 というか、僕が所属していた組織【ペンタグラム】の連中ならば、その程度の奇跡など軽くやってのけそうな気がする。

 けれども少なくとも、その僕は、今の僕じゃない。

 僕は死ぬ。

 ここで死ぬ。

 超高速演算によって、時間を微分化し、体感的にはその瞬間を先延ばしにしているけれども、この演算を止めた次の瞬間にはもう、死んでしまう。

 理解した僕は、最期に微笑もうとして。けれども微笑む為には通常の時間空間に戻る必要があり。戻ってしまえばその瞬間死んでしまうために結局微笑むことなどできずに。けれども少しは満足のいった風の表情で逝きたいと希望を持ち。とりあえず肉体の痛覚をカットして。表情制御の信号を脳に与えて。最期に、意識を閉じた。

 だから結局の所、僕の肉体が最期に微笑むことができたのかどうか、その結果を僕は知らない。


 ――それで終わりのはずだった。


 はずだったのだが、なぜか意識はある。

 いや、記憶があるのはわかる。別の架空粒子(エクトン)によって構成された意識が、拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)に保存された死直前の記憶を読み込んだのだと解釈することは可能だ。

 ゆえに前の自分(ヽヽヽヽ)今の自分(ヽヽヽヽ)は同じ記憶を共有しているものの、別人である。


 ――ということで片付けば良かったんだけれども。


 少し僕は、混乱していた。

 自分で言うのもなんだけれども、珍しく。


 なぜならば、今の自分には拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)が、無い。存在を感知できない。

 それどころか代替の個体(Personal Body)すら存在しない。

 クローン体でもなければ、機械体でもない。

 電脳(Brain Machine Interface)だけで存在している訳でもない。

 何というか、意識だけで存在しているような感じがする。

 意識――つまりは架空粒子(エクトン)構造体だけで。


 ――いや、正確に言えばもっと違う。

 何やら視界の隅にひらひらと漂う何かの切れ端みたいな存在を感じる。

 というより、この視界が一体どこから来ているのかさっぱりわからない。

 なぜだかよくわからないけれども、人間の体を持っていた時よりかは幾分ぼんやりと、けれども若干広めの視界が、薄汚れた室内を映している。


 どういうことだか、さっぱり状況がわからなかった。

 人間の魂の構成粒子ともされる架空粒子(エクトン)構造体は、肉体を失えば通常約四十九日で解体され、世界に溶けるようにバラバラになってしまう。

 そして、僕が死んだあの場所は夢幻化(Dreamize)作用を受けて当面の間は侵入不可能だった。少なくとも、数年間は。

 当然その間に僕の魂を構成していた架空粒子(エクトン)構造体はバラバラに解体されてしまって、ひとつひとつの架空粒子(エクトン)は空気に溶けるように散り散りになってしまい、世界に溶けて消えたのだろう。欠片くらいならば残るかもしれないが、少なくともそこから元の【僕】の【魂】を再構成させることは不可能だ。死後も幽霊として架空粒子(エクトン)構造体を遺せるほどの執念――もしくは怨念――が自分にはないことも、僕はよく知っていた。

 だから記憶と体は復活できても、魂は復活できないはずだったのだ。

 そして魂の安定しない記憶と体は、程なく様々な不都合を起こして、崩壊していくのだとも。


 だから僕という人間は、あそこで終わりだったのだ。

 そう思っていたのに。


 どうにもこの状況は、架空粒子(エクトン)構造体だけは以前の【僕】のもので、架空粒子(エクトン)がコピーしていた記憶もどうやら僕自身のもので、そうして個体(Personal Body)だけが違うみたいだった。


 あの状況からどうやって!


 考えてもさっぱり状況はわからない。

 絶体絶命のあの状況から、架空粒子(エクトン)構造体を保持したまま、復活できる手段を、僕は知らない。

 わからないことは他にもある。

 今のこの個体(Personal Body)の演算能力はそれなりに高いようだけれども、拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)は存在しない。

 僕に人間以上の知性をもたらす、もう一人の僕自身とも呼べるそれの存在を、どこにも感知できない。

 ゆえに今の僕の知性は【人間】の範疇に収まっている。久しく感じていなかった思考の不自由さに、僕は少しくすぐったいような違和感、けれども大きな充足感を覚えていた。しかしそれにしても腑に落ちないものは残る。本当に今の自分の体は人間の体なのか? 確かに以前の体に比べると演算能力は落ちるが、今自分が持っている記憶量――情報量は混乱することなく十全に処理できている、ように思う。拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)の補助を受けた僕の記憶量は、演算能力もそうだけれども、人間を遙かに超えるほど膨大だった。生来の人間が許される以上の情報を人間を遙かに超えるスピードで処理することが出来た。それが|知性限界《Intellect limit》解除の本来の意味だった。

 今の体は、確かに処理能力に関しては人間の――人間をわずかに超える程度のレベルではあったけれども、保有している情報量は以前の自分そのままである。そして、今の僕の保有する情報を保持している存在は拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)のような補助機関ではなくて、単一の機関である。

 そのような条件を達成する存在を、僕は知らない。


 ――知らないと、思ったのだが、その時どうしてか僕は、以前の僕には存在しなかった情報が自分の頭の中に存在していることに気付いた。


 思い出す、という事象に似て非なる状況。確かに自分の中に存在する〝記憶〟だと感じているのに、以前はそれを知らなかったという確信。

 拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)に書き込みされた情報を読み取るのに近いけれども、僕の中にあるこれらの情報はそんな「外部から記入された」情報なんかよりはずっと身近に感じられる。外から来た情報じゃなくて、初めから自分の中にある情報だ。

 僕はその情報の解析を開始する。


 ――――この世界は【ヴェルスパー・エッダ】という。


 驚いたことに、僕が生きていた樹層宇宙とは、次元を飛び越えて別の場所にある異世界のようだった。

 僕の生きていた時代にも、異世界の存在は実は知られていた。

 しかし、物質を異世界に転移させることは現実的に不可能とされていた為に、存在は知られているもののその向こう側の様子を覗うことはできなかったのだった。架空粒子(エクトン)ならば、異世界転移が可能ということもまた知られていたが、粒子単位では兎に角、構造体を保ったままの転移は目処が立って居らず、例え構造状態を保ったままの架空粒子(エクトン)転移が可能になったとしても、転移先には宿るべき物体が存在しないので、構造体は自然崩壊を起こしてしまう。ゆえに転移元の情報を保持したまま、転移先へ移動することは不可能だったのだ。

 僕の、生きていた世界の現実では。


 ならばどうして今僕が、転移前の世界の記憶を保ったままここに居るのか。

 それについての解答も、僕の中にある謎知識は持っていた。


 人造生命体に魂を宿すため、魔法で丁度良い魂を検索したところ、引っかかったのが異世界【樹層宇宙】に暮らすこの僕の、死んだばかりの魂だった。


 魂ってのは架空粒子(エクトン)構造体のことだろう。

 けれども、魔法ってのはなんだそれ?

 僕の中の謎知識を読み解いても、その辺りのことは今ひとつよくわからない。

 ともあれ魔力という謎エネルギーを用いて世界の有り様を変える謎技術らしい。

 なんだかよくわからないが、呪文やら何やら、膨大な量の運用方法が、僕の謎知識の中にも入っている。手当たり次第に突っ込んだようで、魔法に関する知識はごちゃごちゃしすぎていてよくわからない状態になっているけれども。暇になったら一度整理してみようと、なんとか無理やり疑問を飲み込んだことで、僕は少し考えた。


 てことはあれだ。

 人造生命体は人造ゆえに、起動するための魂が存在しない。

 ゆえに魂をどこからか引っ張ってきて放り込む必要がある。

 しかし魂ならば何でも良いってわけにはいかない。

 ちゃんとその体に適した魂を入れなければ、体を動かすことはできない。


 うん、その辺りは既存知識である架空粒子(エクトン)の理論にも当て嵌まる。

 人間の体に猫の魂を放り込んだとしても、適応することなく崩壊してしまう。せめて、同種の魂程度の共通点は欲しいところだ。

 生前の僕なんかは、一応の所人間のカテゴリーに入る存在だったけれども|知性限界《Intellect limit》は解除されちゃってるし、拡張電脳なんて持ってるしで、知性という点では人間から大きくかけ離れてしまっている。一応人間として産まれたんだけれども、産まれ持った架空粒子(エクトン)の構造がどうにも突然変異らしくて、人間の体に適応し難い代物だったらしい。ゆえに後天的に、人間の器の方を架空粒子(エクトン)構造に適合するように改造した結果が、あの世界に於ける僕だった。だから、あの世界の僕の体は、僕だけにしか適合しない、僕に特化した存在だった。だから僕の体に他人の魂を入れたとしても、決して動くことはないだろう。


 人造生命体を作りだした何者かは、それを動かすための魂を魔法によって探し出して、召喚した。

 色々と奇跡的なタイミングが合ったのだろう。


 何かが魔法を使用した瞬間、遠く離れた異世界の僕は、肉体から離れて魂が自由な存在であった。

 そして死んだ直後であったがゆえに、魂がまだ崩壊していなかった。

 そして偶々その魂は、召喚主の作りだした人造生命体に適した魂だった。


 少なくとも、その偶然がなければ、僕は今、ここにはいない。

 なんというか、少し考えただけでも、それは本当に奇跡的な、冗談のような低い可能性の下に成り立っている状況なのだと理解できる。

 びっくりだった。


 ともあれ、そのような理由で僕は生きながらえてしまったのだけれども、別に死にたいわけではなかったので、召喚主には感謝しておこう。

 しかし一体全体、今この僕が宿っているこの人造生命体はどういった生き物なのだろうか。その辺りの情報は、召喚主の詳細も含めて僕の中の謎知識にも無い。

 少なくとも、人間ではなさそうだ。というか、自分のことながらあれなんだけれども、僕の魂が人間に普通に収まるとは思えない。

 手も足もあるような感じはしない。今気付いたけれども、声も出せない。けれども視界はある。物音が聞こえていることから、おそらく耳はある。いや、音なんて耳がなくても振動を感知することができれば、どうにかして聞こえるもんだから、ひょっとするとないのかもしれない。

 目だけの生き物。

 スライムみたいなものか?

 いや、演算能力はかなり優れているっぽいから、それに特化した生き物?

 しかし先ほどから視界の隅に映る布の切れ端のようなひらひらしたものの存在が気になる。

 なんだかあれ、僕の意志を反映して動いていないか?

 ひらひらうねうねと。

 うううむ。鏡はないかと、僕は辺りを見回す。

 部屋は殺風景で、飾り付けのような物はどこにもない。

 コンクリートっぽい壁には窓ひとつなくて、唯一の出入り口らしき扉に小さな覗き窓のようなものが付いているだけ。明かりは天井にある、裸電球。ううむ。異世界とか魔法とか言って、少し不安になったけれども、少なくとも二〇世紀程度の文明はあるようで、全くの未開の地というわけでもないようだった。しかし、その辺りの知識もやはり謎知識の中にあるんだろうけれども、うーん、整理されていないのか、引き出し難い。以前の体が超絶スペックだっただけに、どうにもこの思考スピードの遅さにはストレスを感じる。


 ――と、前触れなく扉が開いた。


 入ってきた者は、前世の記憶と比較すれば、人の平均からはやや小柄に感じられる男だった。小柄だが体付きはがっしりとしていて、肩や腕は分厚い筋肉に覆われていてごつい。だが、薄汚れた大きめの白衣で前身を覆っていて、顔には眼鏡が乗っている。なぜだかそれだけで、筋肉質な体格に対してひどく知的に見えてしまうのだから不思議だ。肌は青白いが、別に病気という訳ではなく、元々がそういう色(ヽヽヽヽヽ)なのだろう。前世の知識的には惑星オルグルの原住民に似たような種族がいたと訴えてくるのだが、謎知識からはサイクロプスの亜種であるサイクプという一つ目鬼系の魔族であると解答が出て来る。

 なるほど、彼の頭からは惑星オルグルの原住民にはない角のような物が突き出ているし、何より決定的なのが一つ目だ。

 そんな生態の生き物など、前世では突然変異以外には知らない。


 鬼で魔族である彼なのだが、うねうねと動く僕を見るなり破顔した。


「おおっ! ようやく目覚めたか、よかった! いや、そろそろ目覚めても良いころじゃとは思っていたのじゃが、思ったより早かったな!」


 何やら口調はやたらと気安げだったが、それ以前にその言葉は前世の僕が知らない言葉だった。銀河星系連合の共通語ではないし、汎銀河帝国の公用語でもない。僕の記憶の中にはいくつかの古代語もあったが、そのどれとも違う、どこかオリエンタルな響きを持つ言葉だった。

 ならばなぜ言葉が理解出来ているのかと言えば、それは例によって謎知識のお陰だった。謎知識は相変わらず渾沌としていて未整理な為、よくわからない部分も多いが、必要となればどうにか活用することはできるみたいだった。

 謎知識は伝えてくる。

 この言葉は、魔界公用語だ。


「体におかしな所はないかね? 上手く魂が適合できているじゃろうか? 大丈夫だとは思うのじゃが、何かイレギュラーがあるかもわからん。違和感があるようなら、遠慮無く言ってくれ!」


 何やら親切っぽいことを言ってくれてるので、この機会に色々と疑問というか確認を取りたい。と思ったのだが、どうにも僕には口がないので声を出せない。はて、どうして意志の疎通を図るべきか。とりあえず、目線で訴えてみた。


「おお? あ、そうじゃった。お主は口がないのでしゃべれんのじゃな? ほれ、魔法を使ってみぃ。お主の中にその知識はあるはずじゃ」


 言われて、しばし考えてみると、確かにその知識はあった。

 空気を任意に振動させて擬似的に喋る魔法による手法。

 見つけたので実行しようとするが、発生はしない。なぜなら、口がないから呪文を唱えることができない。ならば、無詠唱魔法だと、その手法を検索する。すぐに見つかるが、かなり熟練の技術が必要とされる模様。できるかどうか考えてみると、なんとかできそうだ。熟練の技術とは、魔力を細やかに、正確に運用する技術のことを言う。演算能力の優れたこの体のスペックなら、それは簡単なことだった。ただし、魔力さえあれば。


 つまり、僕には魔力が無かった。

 いや、全くないわけではない。この体をうねうねと動かす程度の魔力は存在している。

 うむ、今まで無意識だったのだが、この体を動かしているのも、景色をぼんやりと見ているのも、どうにも魔力を運用しているようだった。魔力を運用、つまりは魔法である。どうやらこの僕は、一種の魔法生物らしかった。けれども、魔法生物としての僕の保有魔力量はそれほど多くなくて、精々が体を動かして周りを観察して思考活動を行う程度が限界。それ以上の魔法を唱えようとすれば、即座に昏倒してしまうだろうことが予想ついた。

 はてどうしよう。

 困っていると、僕の目の前にやってきた親切な青鬼は、白衣の裾から腕を真っ直ぐに突き出してきた。


「ほれ、わしの魔力を使え。あまり取るんじゃないぞ。わしの魔力保有量は大したことないのじゃからな」


 ああ、なるほど。他人の魔力を使えば、僕自身の魔力を消費することなく魔法を使うことができる。

 僕はうねうねと動いて、体の端を――布みたいなものを、青鬼の腕に巻き付ける。そして無詠唱で魔力を吸収し、吸収した魔力を利用して無詠唱で発声の魔法を行使する。


「…………あー、あ、あーテステス」


 空気を震わせ、喋ってみた。

 少し違和感がある。


「あ、ああああーっ、テステス。ただいまマイクのテスト中ー」


 喋っているうちに違和感はすぐに消えた。

 生前の声とは些か違うけれども、何となく似ているような気がしないでもない感じの声。

 まあこれで良いかと思い、妥協する。


「あ、あーもしもし、そこの青鬼さん」

「あ、青鬼じゃと?」

「ああー、えーと、いいえ。サイクプ? さん? あなたが僕の召喚主でよろしかと?」

「お? おお、そうじゃ。わしは魔動博士ヒエロスムという。気軽に『博士』と呼ぶが良い」

「ふむ『博士(ひろし)』さんと?」

「あ? 何を言っておる? わしは『博士(はかせ)』じゃ!」

「おや? そうですか。翻訳機能の故障かな? あーあーテステス」


 ――とまあ、冗談は程々にしておいて。


「――ともあれ、危ないところをありがとうございます。あのままでは僕は確実に死んでいたので」

「お? おお。予想より冷静に状況を把握しておるな? もっと戸惑うかと思っておったのじゃが……ああよい。わしにも思惑があった。お主の魂が偶然わしの開発した万能生命体に適合しておったのじゃ。なれば、お主はお主であるからこそ助かったとも言える。必要以上の感謝はいらんの」

「そうですか。ところで今、『万能生命体』と仰いましたが、一体僕は『何』になったんですか?」


 ふむとヒエロスムは頷くと、部屋の中をのっそりと歩き始めた。

 何をするのかと見ていると、僕の前でしゃがみ込むと、僕が乗っかっていた台の下から何やら長方形の物体を取り出した。

 何かと思えば鏡だった。なぜそんなところに鏡が、と思ったのだがどうでも良いことなので考えるのを止めた。それよりも鏡だ。ヒエロスムは鏡を広げて僕の前にかざした。


「ほれ、これが今のお主じゃ」


 ――――布が宙に浮かんでいた。


 ひらひらと。


「……え?」


 漆黒の生地で作られた、艶のある丈夫そうな布が、宙に浮かんでいた。


 いや、視界の隅にひらひらしたものが見えるとは思っていたのだけれども。そして今ヒエロスムの腕に巻き付いて魔力を吸い取っているのも黒い布だけれども。

 鏡に映った布のひらひらは、意識すれば確かに僕の意思通りに動きを変える。


「ええと……一反木綿?」


 あまりにも予想外な自分の姿に絶句してしまったが、なんとか前世知識の中からそれらしき存在の名前を導く。

 召喚主が一つ目青鬼の博士だし、どうにもここは魔界らしいので、僕もやっぱり魔族的な何かなのだろう。いや、一反木綿は妖怪か?


「うむ! これがわしが生み出した究極の生命体じゃ!」


 テンション高く陽気にヒエロスムは断言するのだが、僕としては「ええー? 一反木綿如きが究極生命体ぃ?」などとなんだか萎えてしまった。

 確かにこの体の持つ演算能力は大したものだし、保有している魔法の知識も膨大だ。魔法知識はごちゃごちゃしてて整理されていないので、今ひとつ活用に手間取っているが、整理して解析すれば、何となく既存魔法の高効率化とか、高性能化とか、省魔力化とか、色々とできそうな予感もある。いままでにない新魔法とかもきっと簡単に作れてしまうだろう。

 けれども、究極生命体と呼ぶにはあまりにも弱点が多すぎないか?

 防水加工程度はされているのかもしれないけれども、ぶっちゃけ火を着ければ燃えそうだし。何より保有魔力は微々たるものしかなくて、自分の体を支えるので精一杯だ。体内運用魔法の効率化、省エネ化を推し進めたりしても、精々がしゃべれるようになる程度の魔力しか作れないような気がする。

 魔力知識なんて、とんだ宝の持ち腐れだ。

 そんな僕の疑惑に気付いたのだろう。ヒエロスムは若干ばつが悪そうに頬を搔いた。


「いや、魔力の件はこのように他者から採れば問題ないじゃろ?」

「あ……それはようするに、僕は博士の、自動に魔法が使える装備品として生み出されたと?」


 尋ねるとヒエロスムはぎょっとしたように離れて、鏡を倒しそうになり、慌てて支え直している。


 あれ? 違うのかと、少し僕も驚く。


「いやいやいや、お主の魔力タンクは別に用意しておるわい。わしは種族の中では魔力の多い方じゃが、そもそもサイクプはそれほど魔力の多い種族ではないのじゃ。お主のために、膨大な魔力容量を誇る古代生物を蘇らせておる」

「蘇らせて……? いや、どっちにしろ、その蘇った誰かさんの装備品として生み出されたってことなんじゃ?」

「うむむ……そうとも言うのお」


 おい、否定しないのかよ。


「それで、その誰かさんはどこへ?」

「うむ。お主とは別室で寝かせておる。お主にわずかに遅れて、異世界より魂を召喚して入れたのじゃ。お主も目覚めたことじゃしな。そろそろ起きても良い頃じゃろう」


 古代生物と言われてぱっと思い浮かぶのは恐竜とかの巨大爬虫類で、次いで思い浮かんだのが巨大な虫だった。

 前者は兎に角、後者だったらいやだなぁと思いつつ、しかしこのファンタジー世界にはすでにそんな感じの生き物がいることを謎知識として知ってたりもして、すぐにどちらも違うだろうと考え直す。

 ヴェルスパー・エッダの古代生物。つまりは、すでに絶滅したファンタジーの動物。

 古竜とかフェニックスとか、伝説級のモンスターでも蘇らせたんだろうか?

 しかしそんな生物と適合するような魂って、一体なんだ。

 異世界と言っても、僕と同じ世界からやってきたとは限らない。けれども、そんな伝説の生物の魂なんて、それに該当するものが僕の住んでいた世界にいるとは――――うん、いるな、何匹か。

 何となく脳裏を過ぎったいくつかの存在について、頭を振って振り切る。

 そして頭を上げた瞬間、周りの景色が変わっていた。


「あれ?」


 いつの間にか僕は廊下らしき所に出ていて、ヒエロスムに引きずられるように移動している。本当に引きずられてしまえば廊下の埃が体に付いてしまうので、ふわふわ浮かびながらなのだけれども。考え事をしている最中に、いつの間にか移動していたようだった。

 やがてすぐにヒエロスムは立ち止まり、僕が巻き付いたままの腕を使って、ひとつの部屋のドアを開ける。


「さあ、これが君の為に用意した魔力タンクだ!」


 開けられた扉の向こうに広がった部屋は、僕がいた部屋に負けず劣らず殺風景で、窓ひとつなかった。

 違いと言えばひとつだけ。けれども最大の違いがひとつだけ。

 部屋の真ん中に置かれた簡易ベッド。

 その上で、全裸で眠る十四、五歳くらいの黒髪の少女。

 少女は僕のよく知る、人間にそっくりな姿をしていた。肌の色も薄暗い室内でも目に痛いほど白くはあったが、一つ目青鬼(サイクプ)である博士とは違い、十二分に僕の知る常識内に収まっている。違いと言えば、葉っぱのような形をした長い耳くらい。

 謎知識によると、エルフだと思われるが、エルフは別に古代生物でもなんでもなく、現代でも人間界の片隅で生息している普通の生物だ。だからエルフに見えようが、実はエルフではないのだろう。


 それよりも、古代生物っていう字面から勝手に怪獣的な何かを想像してしまっていたが、出てきたのが幼い少女だというのにはかなり意表を突かれた。それでもあまり自分が驚いているような感覚がないのは、今の体にそういう機能がないからなのか、もしくはただ呆れているだけなのか。


「ええと、なんだ? 魔力タンクって、さすがにこんな小さな少女を道具扱いするのは抵抗があるんだけれども」


 話に聞くと、僕と同じようにどこからか召喚されてきた魂が収められてるってことだろう。

 目覚めた瞬間に、暴れ出したりしないだろうか。


「ふむ? 君の魔法で支配すればいいではないか?」


 ヒエロスムはあっさりとそんなことを言った。

 それぐらい簡単にできるだろうとでも言うように、あっさりと。

 その通り、たぶん少女の意識を奪って、支配して、自分の思い通りに動かすなんてこと、簡単にできそうだだった。少し考えただけで、使用すべき魔法の組み合わせが思い浮かんだ。

 ああ、つまりヒエロスムは悪人なんだな。もしくはマッドサイエンティストか。

 そういえばとあまり考えないようにしていたけれども、ヒエロスムは一つ目青鬼だし、ここはどうやら魔界の隅にあるらしいし、僕はようするに魔族の秘密兵器的な扱いなのだろうか? それにしてはヒエロスムは僕の意思に対しては何の干渉もしてこないようだし。まあきっとマッドサイエンティストによくある、自分の興味あること以外は考えない系の人種――鬼種なのだろう。ここでのヒエロスムの興味というのは、僕という彼が作った究極生命体が十全に機能を発揮することで、それがどのような使われ方をされようが、あまり興味が向いてないんじゃなかろうか。

 どうしたものかなと、薄い危機感を感じながらもぼんやりと思考した。

 けれども、状況がまだよくわからないし、流れに任せるかとあっさり思考を放棄した。


「んで、この子は結局どういう生き物なんだ?」

「うむ。何万年も前に滅びた古代生物で【ヴァニル】と言う。まあ、エルフどもの原種だな」

「ほうほう?」

「伝説によれば、神の一種とも言われている」


 神、ねえ。

 確かに目に痛いほどの白い肌は神々しいと言っても良いかもしれないけれども。

 うん、まだだいぶ幼い感じだけれども、北欧系の特徴だよな? 髪の色は漆黒だけれども。瞳の色はまだ目を見てないから何とも言えない。顔立ちは幼いながらもシャープで整っている。将来相当な美人になるだろう。いや、今でも可愛らしいけどさ。何となく予想だけれども、氷の美女とか、とても気位の高そうな、高貴そうな雰囲気がこの眠れる少女には似合っているような気がする。

 けれどもまあ、神って言うのは、ね。

 おそらく古代の王族か何かが自らの祖先を神聖化したとか、そんな理由で作られた後付けの設定なんだろうけれども、そのままの言葉で捉えることは、きっと間違いなのだろう。


「神というのは大げさなのかもしれないがな。この者は現存するどんな種族よりも巨大な魔力を秘めているのは間違いないことだ」


 どこか誇らしげにヒエロスムが言うのは、それを現代に蘇らせた自らの成果からなのか。

 巨大な魔力を秘めているという、少女を眺めてもそれは僕にはわからない。

 僕には大した魔力が無くて、それを量る術もないからなのだろうか。接触してみればわかることなのか。確かめてみようかと思い、布の一部を伸ばした時だった。それまで小揺るぎもしなかった少女の体がぴくりと動いた。

 僕の動きは止まり、ヒエロスムも言葉を止める。

 じっと待っていると、少女の目はゆっくりと開かれた。

 青い宝石のような瞳が光を宿し、煌めいている。

 静かに体を起こした少女はまずゆっくりと首を回して、部屋の様子を見る。そして博士と僕――いや、僕は布なので目に入っていないかもしれない――に目を止めると、ふいに困惑した表情を浮かべ、そして自分の体を見て、驚いたような表情をして、再び博士に視線を戻した。


『ここはどこで、私の体はどうなって、あんたは誰だ?』


 きっぱりとした疑問をはっきりと口にした。

 その言葉には力があった。

 けどまあ、転生して起きたばかりの人間のセリフじゃないと思う。

 混乱していないわけがないはずなのに、そんな様子は全く見えず、然りとした自らの強い意志が感じられる。


 いや、それ以前に、少女の言葉には疑問があって――。


「おお? なんじゃ。何語を喋っておるんじゃ?」


 博士が混乱したように言葉を紡ぐ。

 けれども当然のことだ。国どころか次元も違う異世界から呼び寄せた魂が、魔界公用語を知っているはずもない。

 僕の中には博士があらかじめ入れていたデータがあり、それによって言葉も、文化も、常識も、まあだいたいはわかっている。けれども、そんなインストールデータのない生体である少女にはそんな知識はないのだろう。


『あれ? 言葉が通じないのか。それは困ったな。何か翻訳手段とかないのか? ……覚えていくしかないのかなぁ。ああ、英語苦手なんだけどねぇ』


 けれども僕には少女の言葉の意味が理解出来た。

 星系連合共通語でもないし、帝国公用語でもない。

 樹層宇宙世界において、それはまた、人類が宇宙に飛び出す以前、極東と呼ばれる小さな島国で使用されていた、古い古い言葉だった。

 それこそ、古代生物が生まれて滅びるほどの、古い時代の言葉だ。仕事柄、様々な言語に携わる機会が比較的多い僕でも、滅多に使わない、古の言葉だった。伝説の存在であるヴァニルが使うのに、それは相応しい言葉だったのかもしれない。


『じゃあ、僕が通訳しましょう』


 どこからともなく聞こえてきた――とおそらく少女が感じてあるだろう僕の声が、薄暗い部屋の中で響き渡る。

 ぴくりと少女の顔が震えて、だがしっかりとした目を慎重に動かし、僕の方を見る。

 視線が合った、と感じられた。いや、僕に視線なるものが存在しているのかどうかわからないけれども、確かにそのように感じた。

 少女が胡乱な目付きで僕を見る。そしてゆっくりと口を開いた。


『何――あなた?』


 少女の視線は博士ではなく、間違いなく僕に向けられていた。強い警戒を内に湛えた、とても力のある視線だった。

 僕はその問いにしばし考えた。なかなかに哲学的な質問だ――などと思ったわけではなかったが、どこまで応えて良いのやらと少し迷ったのだ。

 ちらりと博士の方へ視線を向けると、博士は言葉を聞くのを諦めたのか、肩を竦め、声を出さずに口を動かした。


「お主に任せた」


 声に出ない言葉は、そんな風に伝えてきた。声に出したとしても少女の方へは意味は伝わらなかったであろうが。

 ともあれ、通訳役ではなくて、会話を僕自身が主導することを任されたみたいだった。

 それはつまり、好きに決めて何でも言っても良いということで、ならばと僕は、知っている答えを、少女に返した。


『君と同じようにこの世界に召喚された存在だよ。今、僕の架空粒子(エクトン)構造体は、この布に宿っている。おそらく、君の時代の言葉で一番近いものにして直すと、僕の()はこの布に宿っている、という意味になる。おそらく付喪神(つくもがみ)と呼ばれる存在と同じ状態になっているんだ』


 その解答は、突然の非日常感溢れる特殊用語の羅列によって相手を混乱に貶め、煙に巻こう――としたわけではなかった。けれどもいきなりこんな事言われても混乱するだけだろうな、とは思って口にしていた。

 けれども少女は鷹揚にうなずくと、表情を緩めて口を開いた。


『ふうん? 召喚、と。あなたの言葉はよくわからないけれども、ようするにあなたも私も、魂だけを召喚され、今までの体とは違うものに宿された(ヽヽヽヽ)ってことなんだな? うん、夢か幻の(たぐい)かと思いはしたが……やはり私は死んだのだな』


 驚いたことに少女の分析は的確だった。

 ニュアンス的な差異はあれども、その言っている言葉にほとんど間違いはない。

 ならばこの状況を、少女はきっと、ある程度把握しているのだろう。

 つまり、死んで、魂となって、召喚されたということに。


『そうだよ。――すごいね? きみ、ただの人間でしょ? すごい冷静だ』

『む? 状況がわからないのに慌ててどうする? 不明な時こそ冷静でなければ正しい判断はできないだろ?』

『いや、まあ、それはそうだけど……』


 それができないのが人間というものではないかと僕は思うのだった。


『そういう君こそ、人間でないのか? うん? いや、ただの(ヽヽヽ)人間ではないのか?』


 その指摘に、僕は何度目かの感嘆の衝動に身を浸らせる。

 いやすごい。何だろうこの少女の分析能力は。

 ほんのわずかな言葉から類推された指摘は、正答に極めて近似する。


『いや、すごいね本当に。うん、僕はエイン。エイン・エクノ・ニヴォーズ。第四地球イシュティニアの研究機関ペンタグラムに所属する科学者だよ。一応生まれは人間だけれども、突然変異のため、正常とは違う成長をしたんだ』


『うん。布になって平静で居られる存在が、普通の人間であるはずがないからな。丁寧な挨拶ありがとう。私は美也。高崎美也。地球に於ける極東日本国所属の高校生だった(ヽヽヽ)


 僕の挨拶に、少女は丁寧に返してきた。

 そして一瞬の溜の後、続けた言葉は逆に僕を混乱させることになる。


『そして高崎美也になる前は、ヴァナディースという名前で夢と現が6・4で混ざった仮定現実世界にいて、女神業という名の管理人をやっていた』


『――――は?』


『実は転生は二回目なんだ。いや、今度こそ普通に死ねるかなーと思ってたのだが。前世どころか前々世の記憶も残ってるなんて、よっぽど私の魂は頑丈にできているようだなぁ』


 はっはっはと大口を開けて笑う少女。

 小柄な美少女が豪快に笑う姿は何というか、非常に何か間違っているような、痛覚にも似た違和感を僕に与えてくる。


『えっ……えっ? も、妄想?』


 現実的な女の子だと思っていたんだけれどもなぁ。


『私からしてみれば君――エインの言葉の方こそ妄想に思えるんだが』


 なるほどと僕はそれに理解を示す。けれども布なのでうなずくこともできずに上手く意志を伝えることができない。うむむ、計算能力は兎にも角にもコミュニケーション能力を考えると色々不便だなこの個体(Personal Body)は。仕方がないので口に出して応えることにした。


『確かに、君からみれば僕の世界は遙かなる遠未来と言えるだろう。想像もできようがない』

『なるほど、エインが私の言葉を話せるのは、エインが遠い子孫に当たるからなのか』

『そもそも、【魔法】により【魂】を召喚され、別の体に宿らされたという、それ自体が妄想の産物みたいな現実なんだ。状況からしてみれば、二重にお互い様(ヽヽヽヽ)と言ったところなのかな?』


 そうして口を止めてしばし無言で目線を絡み合わせた。そして程なく、どちらともなく小さく噴き出して、それはすぐに大きな高笑に変わる。

 笑っていた時間はそれほど長くなく、一分にも満たないだろう。

 自然に笑いが収まった後、部屋に響いたのは乾いた柏手。


「ふむ、打ち解けたところでそろそろ紹介してくれんかね?」


 僕には既知の、しかし少女には未知の言葉でそう言葉を零す青白い小柄な鬼――もとい、博士。

 苦虫を噛みつぶしたような表情には、はっきりと苛立ちが含まれていた。

 忘れていた訳じゃないよ?

 ただ、場の雰囲気から何となく存在を無視していただけで――

 心の中でそう弁解にならない弁解をしていると、博士から来る怒気がやや強まったように感じられた。

 僕は博士から離れて、ひらひらと宙を漂って、少女の肩の上に落ちる。

 振れると、少女から博士とは比較にならないくらい膨大な魔力な流れ込んでくることに気付いた。他に比較対象を知らないから、それがどのレベルかなんてわからないけれども、何だかとにかくすごい量という、アホみたいな感想しか出て来ない。


「あー、こっちの少女はミヤ。古い名前はヴァナディース。女神様みたいなことをしていたらしいよ?」


 適当な感じで少女を紹介して。


『んで、こっちはサイクプとか言う魔族の一種の博士。僕らを召喚した犯人で……まあ、命の恩人、になるのかなぁ』


 曖昧な感じで博士を紹介する。


「うむ、ヴァナディースとやら。今後もわしの実験材料として役立ってくれることを期待する」


『ほっほう。一つ目とは面妖だな。頭蓋骨を解剖してみても良いだろうか?』


 そんなことを良いながら二人はにこやかに握手をする。

 表面的には和やかな様子に僕は、まあ、二人とも半ば冗談なんだろうけれども、一体どう翻訳したものかなと、存在しているのかどうかもわからない頭を悩ませるのだった。




■用語解説


架空粒子(エクトン)


 幽霊とか魂を構成する粒子が、物理的特性を持っていたら?

 ――という妄想からでっち上げた架空の粒子の総称。

 エインの前世世界である樹層宇宙の歴史において、理論立てられた時にはまだ架空の存在だったために『架空粒子』と呼ばれ、その存在が確認されてからもそのままの名称で呼ばれている――という設定。

 架空粒子と一纏めで呼ばれているが、一種のみではなく、架空粒子α、架空粒子β、架空粒子γと、複数の粒子の存在が確認されている。

 架空粒子ひとつひとつはただの粒子であり、そこに何の意味も宿ることはないのだが、複数の粒子が特定の構造を持つことによりある種の意識のような物を発生し始める。それらを魂と呼んだり、霊体と呼んだりする。生物に宿るが、宿った生物が死ぬと架空粒子構造体も解体されて、バラバラの粒子となり世界に散らばっていく。その状態を『千の風になる』と表現する(嘘)。

 逆に死後も架空粒子の構造体を保つことに成功すれば、その構造を読み解くことにより、生前の体を再構成することも可能。

 エインの時代には、特定の条件下に於いて、肉体を失っても、架空粒子構造体を保持することによって蘇ることが可能となる(クローンとか、予備の体とかのあれ)。

 エインは重要人物だったために常時代替となる個体(Personal Body)を持っていたのだが、エインを殺した敵は、それも見越して、エインを殺した空間を侵入不可状態にし、時間経過によりエインの魂を構成する架空粒子(エクトン)が解体されるのを待ち、二度と復活させないように試みた。実際はエインの魂は異世界に召喚されたために生き延びたのだが、樹層宇宙では当然エインの魂は消えている為に、敵の試みは成功している。



◆|知性限界《Intellect limit》


 それを説明するにはまず「知性とは何か?」から始めないといけないような気がするけれども、面倒なので省略。

 エインの時代、というか世界では、知性活動というものは空間に一定に存在しているリソースを消費して行っている――という設定だったりする。

 つまり、人間を遙かに超えた超知性体なんてものが登場してしまうと、その一帯の知性活動を行う為のリソースを食いつぶされてしまい、周りにいる人間たちは知性活動を行えなくなってしまう。つまり、馬鹿になるのだ。

 ええと、一言で言えば『空間には知性を許容する限界が存在する』という設定。

 それ故に、一定空間に一定以上の知性を持つ者が現れることがないように、共和法にて制限がされている。つまり、社会全体で一定以上頭が良くなってはいけませんよ、という法律だ。つまり、知性限界とは、法律によって許された知性の上限のことを言う。

 なお、本来ならば人間程度の知性レベルの存在が何百億も集まって知性活動を行ったとしても、使用されるリソースは微々たるものであり、枯渇することなどありえない(それ故に長い間知性限界は発見されることなかった)。エインの時代には人間以外にも複数台の機械知性体が存在していて、人間以上の知性活動を行っていたりする。機械知性たちはリソースを奪い合うことがないようお互いの領域を守り、バランスを取って活動している。

 ちなみに、知性活動を行う為のリソースのことを、プラトンのイデアから採って『イデオン』と名付けようかとも思ったけれども、なんだか世界が滅びそうなので止めた。何か良い名称はないものかな?



◆拡張電脳(Augmented Brain Machine Interface)


 生体脳とは別に、その活動を補佐するための予備の頭脳のこと。超高性能であり、生体脳以上の機能を持っている。

 エインは生まれつき異常な架空粒子(エクトン)構造体を持っていたために、常人としての成長はできないとされていた。

 その治療として、拡張電脳を用いた|個体《Personal Body》を架空粒子(エクトン)構造体に合わせて設定すると、知性限界を突破した存在になってしまった。

 違法状態であるのだが、ある種の「病気の治療」という名目でエインは|知性限界《Intellect limit》の解除を法適応の例外として、許可されている。

 拡張電脳によりエインは人間を遙かに超えた知性活動を許可されているのだが、エインは他の機械の知性体たちとは違い、能動的な活動が可能な存在であるために、他者の知性活動を邪魔する可能性がないように、厳重に行動が制限されている。行動が制限されているということは、それだけどう動くのか予想が取れやすく、ゆえにテロの標的になりやすくもあった。



◆個体(Personal Body)


 何となくニュアンスで意味がわかると思うので省略。



第四地球(イシュティニア)


 地球型惑星の四番目――という意味ではなくて、地球と呼ばれる基幹惑星とそっくりな歴史や文明や生態系を経て現在に至った四番目の惑星という意味。現在、第八地球まで存在が確認されている。樹層宇宙世界の社会を構成するほとんどの人類がそれらの『地球』出身である。オリジナルの地球がどれであるのかは意見が分かれているが、概ね「オリジナルは発見されていない、もしくはこの宇宙には存在しない」とされている。なぜそっくりな歴史を持つ地球が八つも存在しているのか。その成立には人類の天敵とも言えるある意識体の影響が予測されているのだが、それはまた別の物語である。



夢幻化(Dreamize)


 簡単に言えば、現実を夢に変換すること。

 ……え? わからない? うん、そうだろうね。

 詳細は、長くなるので内緒。

 一種の災害のようなものと捉えていただけたらと思う。

 夢幻化してしまった領域内では、現実の物はそれがどんなに強固な根拠を持つものであろうとも正常に作動しなくなってしまう。

 ここでは侵入不可の結界のような使い方をされている。

 本来は人類の天敵とも言えるある意識体たちの主な攻撃手段なのだが、人類側も使えなくもない。

 エインの話の中に出てきたエインが所属する組織である【ペンタグラム】は、元々対夢幻化研究機関として成立したようなものであるとかそうでないとか(本当の成立の原因は別のものだったのだが、世間によく知られるようになった原因が、対夢幻化研究だった)。








 ――ということで、この物語は純然たる異世界ファンタジーです。

 魔界は意外と発達していて、十九世紀後半程度の文明はあったりもしますが、鉄砲はそんなに発達してなくて、基本は剣と魔法の世界です。

 人間界はまだまだ中世レベルだったりもします。

 科学とかほとんど出てきません。

 現代知識……いや、遠未来知識を使ってNAISEIとかも――まあ、あまりしません。

 用語解説をしたは良いですが、たぶん今後出てきません。

 チートな主人公が異世界に転生してハーレムでうはうはする物語です。

 主人公、布だけどね!

 そしてもう一人の主人公ヒロインに萌えは期待しないでください。

 読んで大体想像付くでしょうが、彼女の性格に萌え要素はありません。


 ――と、ここまで書いておきながら、つづきはまったく考えていません。

 むしろ、樹層世界を舞台にした物語の方を色々と考えている感じでして。

 でも、スペオペなんて今時流行らないしなー、やっぱ時代はファンタジーだよ。

 ほらほら、死んで転生みたいな感じでさー、主人公のチーレムでさー。

 モテモテで無双してやれば良いんだろ?

 よし、ならばひとつ、そんな設定で話を考えてみよう!

 ってことで、冒頭だけ考えたのがこの話です。

 ゆえに続きません。

 ごめんなさい。


 誰か代わりにつづきを書いてくだ(ry

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