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000.死んで花実が咲くものか


 街を歩いていたら建設中のビルの上から振ってきたボルトが脳天を直撃した。


 いや、びっくりした。

 でっかい音が聞こえたと思い上を向くと、飛んでくる鈍色の何か。

 咄嗟に避けようと体が動いたまでは良かったけれども、そう運動神経の良くなかった私。

 気付けば落ちていく方へ、つまりは自らわざわざ当たりに行く方向へ動いてしまった。なんて間抜け。


 んで、気付けば私の体はなんだか半透明になっていて、地面には倒れているもう一人の私。

 頭から血が洒落にならないほど溢れ出ていて、まだ止まっていない。

 私の体にすがりつくように、弟が泣き叫んでいる。


 おお、弟よ、瀕死のけが人の体を、しかも頭を打って倒れている人間の体を揺さぶるんじゃない。

 余計に傷が開いたら、どうするんだ。


 ん、まあでも、どうせ死んでいるんだから、同じか。


 あれは即死だ。

 何となくわかる。

 自分のことだから。

 つまり私は、幽霊になっているのだ。


 肉体的にはすでに死んでいる。

 だからいくら揺さぶろうが、もう関係ない。


 弟よ、そんなに泣くな。

 これでも姉は、よい人生だったと思っているのだぞ?

 優しい両親に慕ってくれる弟。気の置けない幾人かの友人に、裕福ではないが貧乏というほどでもない生活。

 短かったが穏やかな人生を送れた。

 これ以上、何を望むというのだろう。

 ん、親より先に死んだのは確かに申し訳ないと思うけれども、それでもまだ、弟がいる。

 弟は学業が中の下だった私より、よっぽど優秀で、要領も良いやつだ。

 私がいなくても、後のことはすべて任せられる。


 弟の肩を叩こうとするもすり抜けて叩けない。

 というか、体がなくて、鼓膜もないせいか、音も聞こえない。

 世界は静寂の中にある。

 まるで無声映画の中に入り込んでしまったかのようだ。


 ――と、眼球もないので目も見えないんじゃないかと思ったけれども、そんなことない?

 どういうことだろう。


 まあいいか。

 今は泣き叫んでいる弟の方が重要だ。

 どうにか意思を伝えることはできないだろうか?


 触れない。声も届かない。そもそも、声の出し方もわからない。声が出たとしても、音が聞こえないからちゃんと声が出ているのかどうかもわからない。

 困ったな。

 はてはて、どうしよう。

 ま、いっか。

 どうしようもないことをいつまでもぐじぐじ悩んでいても仕方がない。

 今は悲嘆に暮れてても、きっと時間が解決してくれるだろう。

 がんばれ、弟よ。

 姉はいつまでも君の人生を見守っているぞ。





 ――たぶん、そんなこと無理だけどね。





 透明な幽霊であるところの私の体。

 気付けば爪の先とか、髪の毛の先といった先端から、少しずつ崩れていっていることに気付いた。

 感覚の無い部分だからか、痛みはない。

 注意して見ていないとわからないくらいの、微かなものだし。

 ぽろぽろと、まるで砂が崩れるように、無数の小さな粒になって崩れていく。

 崩れた粒は、空気に溶けるように消えていく。


 止まらないかなと思って気合いを入れて髪の先を見ていたが、逆に若干崩壊のスピードを速めてしまったようで、目の前でぽろりと崩れていく。

 何となく、この崩壊は止めることができないんじゃないかと思った。

 確信があるわけじゃなくて、感覚的なものだけれども。


 へえ、なるほど。


 これが死なんだ。


 妙に感心したような気持ちで、私はうなずいた。

 面白い、かも。

 魂の崩壊というのか、自我の消失というのか、この状態を何と表現して良いのか言葉が見つからない。

 詳しく調べる手段なんて、たぶんどこにもない。

 とても興味深い現象だったけれども、これを誰にも伝える手段がない。

 少し残念に思ったが、悩んでいても仕方がない。

 そもそも、死んでまで悩むなんて、なんだか馬鹿らしい。

 悩むくらいならば興味の赴くままに行動すれば良いと感じた。

 ただそこにあるものをあるがまま受け入れるのは、本来の私のスタンスなのだ。

 だから、素直に今の現状を、今できうる限りの精一杯で、受け入れよう。


 人間の死んだ後って、こういう風に崩れて、世界に消えていくんだ。

 死んで土に還るっていうけれども、それは肉体だけの問題じゃなくて、魂もそうなんだ。きっと。

 土に還る。無数の粒子となって、世界に溶けていく。

 ――千の風になって、というやつなんだろう。


 私の魂は無数の粒子となって消えていき、消えた粒子の一粒一粒はまたどこかで別の生命の魂を構成する一粒となるのだろう。

 そう想像することは、私をどこかくすぐったい気分にさせるのだった。

 もう、体はないのに。


 そうこう思考している間にも、魂はじりじりと崩れていく。

 思ったよりもけっこうゆっくりだ。

 後どれくらい時間があるのだろう?

 やっぱり四十九日くらい掛かるのかな?

 

 私の死体は、弟と一緒に救急車に運ばれていった。

 ついていかなかった私は、もう肉体には縛られていない浮遊霊。

 あとどれくらいの時間が私に残されているのかはわからない。一日二日ということはないだろうけれども、一月二月は、たぶん無理。

 焦りも何も無い。

 私はこの現状を受け入れている。

 残りの時間、残された猶予。

 少ないアディショナル・タイムを大切にしていこう。


 そんな決意とも、諦観ともつかない想いで、私はふわりと宙に浮かぶ。

 風も何も感じないのに、何故かふらふら揺れている。

 けれども、意識を上に向けると、それがまるで自然のように、あっさりと体は上へと昇る。


 天に昇るってのは、こういうことなのだろうか?


 けれども上空を仰ぎ見ても、その先に何かあるような感じはしない。

 蒼穹の果てを抜けても、そこには遙かなる宇宙空間が広がっているだけだろう。


 ――そうだ、宇宙だ。


 どうせこれで最期ならば、宇宙から地球を眺めてみたい。


 体がないから呼吸は必要としないし、寒さもきっと感じないだろう。


 生きている間は、終ぞ宇宙に行くことはなかった。

 特別に、それに憧れているわけではなかったが、最期に見る風景としては、中々上等なものではないだろうか。


 浮ついたような気分で、私は空へ、そして天へと向かっていく。

 そこに天国があるとは思わなかったけれども、重力のくびきから解き放たれた今、その行為はとても自然なことのように感じられた。

 何の抵抗もなく、意識は空へと向かう。

 だんだんと楽しくなってきた。

 体はもうないのに、ドキドキするようなこの気分は何の錯覚だろう?

 真っ直ぐ、私は真っ直ぐ前を向いて、天の(きざはし)を駆け上っていく。

 透き通るような蒼の、その先へ。

 白い雲を追い抜いて、先へと先へと意識を進ませる。

 蒼が次第に濃くなっていき、一色だった虚空にぼんやりと幻のような白い点が浮かび上がる。

 ――星だっ!

 もうどれほど昇ったのか、宇宙には出たのか、今の状況を知りたくて、私は背後を振り返る。

 視界いっぱいに丸い地平線。

 大地と空、そして宇宙の境目が広がった。

 ……そう感じた瞬間だった。


 ふわっと何かに捕まれるような感覚。

 視界が回転し、空も大地も、地球も宇宙も、何もわからなくなったその刹那。ふつっと、電気が切れるように私の意識は暗転した。


ロスタイムっていつからアディショナル・タイムって言われるようになったんだろう?


ええと、ggrksですね。わかってます。


↑上記のような下りを文中に入れようかと思ったけれども、主人公ヒロインは死んじゃったのでググれません。


誰か代わりにググってあげてください。


(お前がやれよ)



なお、タイトルはテキトーな感じで付けました。


人間死んだらおしまいです。


こんな小説を書いている者が言うセリフじゃありませんけど。


「命より名を惜しむ」的な騎士道とか武士道とかとは真っ向から対立する言葉ですねー


なお、タイトルの『僕』は、この時点でまだ登場していません。

タイトル詐欺です。


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