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俺たちは半端者
あやかしにもなれず、人にもなれず
どちらからも嫌われる
居場所なんて
どこにもない
「こんにちはぁーっ、縁さぁーーーんっ!」」
めったに訪問者が来ない小屋に、玄関から幼い声が響く。
名前を呼ばれた当人の縁は、乱れた着流し姿で縁側に寝転がっていた。顔を読みかけの本で覆い、片手で扇子を力なくあおぐ。真夏の暑さにすっかりダレていた。
整った顔にすらりとした長身。腰まで伸びた長髪は、白く透明がかっている。まだ三十代半ばだというのに、根元から毛先まで全てが白かった。
「一斗、客が来た。出迎えて来い」
足の届く範囲に息子の背中が見える。縁は、その小さな背中を足先で小突いた。
「やだよ、父さんがいけばいいだろ」
一斗と呼ばれた息子は、不機嫌な声で言った。
藍色の甚平姿。短髪の利発そうな少年だ。背中に右手を回し、父の足先が触れた場所をごしごしとこする。
一斗の髪も父と同じ白髪だった。今年で八つなのに、彼もまた、髪色だけが人と違うのだ。
一斗の祖父は狐だ。
狐の血を引く父と、人間の母との間に生まれた子ども――それが一斗だった。完全なあやかしではないものの、幾らか人外の血が混じっている。
あやかしと人間の間に出来た子どもは、この世界では物珍しい存在だ。
ほとんどは人型で生を成すが、身体のどこかが異なっている。それは一斗達のように髪色であったり、あるいは目や皮膚の色であったり、耳や手の形であったりする。
大半の人間は、あやかしの血が入り混じった者を快く受け入れようとしない。
異形の者は差別され、恐れられ、追いやられる。
一斗達のように、人里に近い場所で暮らしているのはきわめて珍しいことだ。この国の領主が少々変わり者で、縁と友人関係でなければ、山奥でひっそりと暮らしていただろう。
今、玄関に来ているのは、おそらく人間だ。人間に姿を見られたくはない。
一斗が人目に触れる度、向けられてきた冷たい視線や陰口は、ずっと頭の中に残っている。
縁は陰口など気にも留めないようだが、一斗はそうは思わない。
人間は嫌いだ。好きになれい。
「さっさと行け」
「うわわっ!!」
縁が一斗の背中を蹴った。裸足のまま庭へ、そして玄関へと勝手に足が動いていく。
五、六歩までは危ういところで均衡を保っていたが、七歩目が無理だった。ずしゃりと地面へ突っ伏す。
両腕の外側がひりひりと痛んだ。擦り剥いたのかもしれない。
一斗は、首だけを父の方に向けて怒鳴った。
「いってぇ……なにすんだよ!」
「ねぇ、大丈夫?」
一斗に掛けられた声は、父のものではなかった。先程、玄関から聞こえた幼い声だ。
恐る恐る見上げると、鮮やかな浴衣姿の女の子が手を差し出していた。歳は、イチトより二つ三つ上かもしれない。くりっとした大きな目で、心配そうにこちらを見ている。
「ほら、手、つかまって」
女の子はさらに身をかがめて、手をぐっと伸ばしてくる。
ふいっと一斗は目をそらした。
人間が手を差し伸べてきたことに驚いた。しかし、それよりも単純に、転んだ姿を女の子に見られたことが恥ずかしくてたまらなかった。
「いい、一人で立てる」
ひりひりと疼く腕の痛みを我慢して、何事もなかったかのように立ち上がった。
身体と衣服に付いた砂を払い落しながら、痛む部分を見てみたが、幸い薄皮が剥けて赤くなっているだけだった。
女の子はあっさりと手を引っ込め、代わりに下からじっと一斗の顔を覗き込む。
「ねぇ、その髪さ」
一斗は身構えた。
驚かれるんだろうか、怖がられるんだろうか、それとも自分が思いつかないようなひどいことを言われるんだろうか。
「あなた、縁さんの子ども?」
「そ……そうだけど」
「やっぱりそうなんだ!父様から聞いてたの。縁さん家に、あたしと同じくらいの子がいるって。ずっと、会いたかったんだぁ。あたしは、鈴。よろしくね」
たったそれだけ?
予想外の言葉にあっけにとられていると、鈴はにっと笑って再び右手を差し出した。
「ほらっ、握手!」