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闇色

作者: 黒部伊織

 「この世の何処かに闇色の宝石があるんだ。黒なんかじゃない闇色だ。その宝石は偶然の産物か、それとも稀代の細工師の手によるものかは分からないが、ちょうどその宝石にあたった光は宝石内の光の反射と屈折の関係で二度と出てくることができないようになっているんだ。だから闇色なんだ。そこらの赤とか緑とかじゃない。黒でもない。そこにぽっかりとブラックホールでも出来たかのように何も無いけれどそこにあるとしか形容の出来無い見え方をするんだ。ソレに比べればそこいらの宝石なんかはその宝石に比べたら石ころも同然。だから闇色の宝石は人から人へと買われたり、奪われたり、時には行方不明になって持ち主を転々としているんだ」

 子供の頃、宝石商の嘘つき息子がうっとりとした目付きで語っていたことを男は思い出した。それはもう何度思い浮かべたことだろうか。

 それは彼がよく喋っていた人の気を引くための嘘の一つだったのだろう。しかし、作り話であったとしても男にとってつい引き込まれてしまう魅力的な話だった。

 埃っぽい空き家は男を静かに迎え入れてくれた。男は壁によりかかり、一息つく。

 外では時折物々しい声と騒々しい足音が聞こえてはやがて遠ざかって行く。

 雨戸が朽ちた隙間から夜の光が差し込んでいる。今日は月も星も無く、真っ暗な夜だったが、それでも閉めきられたこの空き家よりは明るいらしい。

 男は不意にがくんと倒れ込んだ。ばらばらと音がして男が懐に隠し持っていた宝石が床に散らばる。男はそれを集めようともせず、かすれるような呻き声を漏らして床に横たわったままだ。

 男は宝石泥棒であった。今日の収穫はかなりの量だったが、懐の宝石の他に脇腹に二発の鉛玉を要らぬ土産として持ってきてしまった。

 これは男が入念な下調べをした結果、目標となった家には自分一人ではろくに用も足せない老人しかいないはずだった。

 実際に、その推測は間違いではなかったが、老人が血相を変えて引き出しからピストルを引っ張り出し、逃げる男を追いかけて発砲することは予想外だった。

 火事場の馬鹿力か死にかけている命の最後の輝きか欲望のなす執念か、ともかく老人は男を撃った。さらに男には運の悪いことに盲滅法撃ったであろうその弾丸がちょうど腹に二発当たった。

 男もさるもので何とか逃げ出して、緊急の隠れ家にしようと目星をつけていた空き家までたどり着いたはいいが、出血が多くなってきたのかひとまず安全な場所へ逃げることができたので気が抜けたのか、意識が朦朧としてきて視界が揺らぐ。

 床に散らばった宝石は暗さの中でぼんやりとその形を浮かべている。その中で雨戸から漏れる薄明かりが当たる位置に落ちたガーネットだけは、わずかに赤黒い輝きを放っている。

 宝石泥棒はふと空き家の奥の真っ暗な方を見た。この空き家は思ったよりも広いらしく、暗闇の中に部屋の奥は暗さに慣れた目でも何があるのか全く見えない。ただ、漆黒の闇が続いているばかりである。

 男は急にその奥に闇色の宝石があるような気配を感じた。そして傷口を抑えながら少しずつその闇の方へと這いずりはじめた。

 ずるずるといくらか這ったところで、男は暗闇の中で全ての光を吸い込んでしまう闇色の輪郭を見た気がした。痛みも疲れも忘れてその方向へと手を伸ばしたまさにその時、男の意識は闇に吸い込まれた。

 翌朝、間が抜けた朝日が空き家の窓から差し込んだところには埃にまみれ輝きを失った宝石たちと、一人の男の死骸だけが残っていた。

 そこには闇色の宝石も、それを追いかけていた意識も無い。二度とこの世界に戻ることのできない何処かへと吸い込まれ、埃だけが舞っていた。

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