序章
俺の家が燃えている。
轟々と唸るように、泣く様に、笑うように。
ただひたすら自由気ままに燃えている。誰にも干渉されず、「俺がいた証拠」という燃料が続く限り。
なんだか酷く客観的な自分がいることに違和感を覚えた。
この誰もが一目見て思う絶望的で「どうしようもない」と直感するこの目の前の「現実」。
無情にもそれは全て「今」ここで、俺の目の前で始まってしまっている。そして今も一気に全てを過去のものにしようとしている。
――サイレンは鳴っているか?鳴っていないのだ。たった一度も。
――野次馬が騒いでいるか? 誰一人いないのだ。たった一人も。
解っている。しょうがないことだ。どうしようもないことだ。いずれこうなることは解っていたのだ。
それがたまたま「今」だった。ただそれだけのこと。それ故俺は冷静さを保っていられたのだ。
暗闇の中、唯一の明りの如く、それが正義の光であるかのように燃え訴える業火。
その熱を肌で感じ、その光を目に焼き付け、それでも。それでも動けない。解る、解るぞ。俺は理解しているのに。
電灯を消し、息を潜めながら怯え震え揺らぎながら生きている、そんな彼らなにができよう?
誰かのために自分の身を犠牲にしようなど、考えること自体が間違っている!
自分の命を捧げ、愛する人達を守るだと。守れなかったではないか!
結局、何一つ救えていない。誰も守れなくて、期待も裏切った英雄は何を残した!?
……俺という呪いの火種を残しただけだ―――
瞳から剥がれ落ちる涙には何が映ろう。
幼き頃に見た気丈なる父の大きな背中か?
溢れ舞う紙吹雪の中、国民の万雷の喝采を浴び、拳を高く突き上げた父の眼差しか?
それとも、たった一つの光を背負って散った父の最後の笑顔だったのか?
「くそったれぇ……っ!!」
俺は身を震わせながら思い切り額を地面に叩きつけた。叩きつけまくった。
目の前がより赤く染まる。ぐわんという音と共に思考が停止しそうになる。
……そうだ既に俺は滲みすぎていた。滲みすぎて、汚い汚いぼやけた水彩画の様になっていた。
視界が飛び、痛みも、臭いも、音も滲んで全てが消えそうになった。
いっそこのまま消えてなくなればどんなに楽だろうか。
俺は、一切を覚悟して、なにもかも吹き飛ばすかのように頭を振り下ろした。
「ダメ。死んではいけません」
冷たく熱を失った俺の額を撫でるように受け止めたその温もり。
血で視界がよく見えなく、轟音と耳鳴りでよく聴こえなかった。でもそれはとても優しくそして、それ以上に厳しい声だった。
この地獄の業火に叩き落とされた俺を救う天使か女神じゃないかと本気で思った。
「……あなたに助けてほしい。……だから今、私はあなたを助けたい」
薄れゆく意識の中、もう忘れかけていた「願いの言葉」を聴いて俺は、ようやく完全に意識を失った。




