01 第一の犠牲者
この家には「覗き穴」というものがある。
数々の覗き穴から、住人の私生活を覗き観るために使用するものである。
依頼があれば、団体のお客さまに家をお貸ししている。主なお客さまは、まあ、大学生の男女10名未満の団体が多い。大学の夏休みに、避暑地として毎年何件かご利用になる。
家のレンタル手続きは、全てネットでのものに終始する。私とお客さまとが、直接に面を向かい合わせることは、ない。家の玄関の鍵は、宅配便にて幹事さまのご自宅に郵送している。手続きをされたお客さまは、誰もいない家の鍵を開け、ひと夏を過ごし、期限が来る前に指定された住所へ、代金着払いで鍵を郵送する。私の、家を使った商売はこういったサイクルで成り立っている。
商売、と言うよりは趣味と言った方が的確か。利用料は、通常のコテージなどを借りる場合に比べ、破格の安さで提供している。人数は問わず、一津料金である。
築年数は30年。古いのか新しいのか、正直微妙なところだ。白い家で、最近団地に建つような、モダンな外観である。機能的には、一般の家と変わらない。風呂もあるし、キッチンもある。ガスも電気も、水道もある。それなりに値は張った。ただ、近くにコンビニやスーパーどころか、民家さえ見当たらない、というところがお客さまには少々不便かもしれない。しかし、そういう疎外された空間だからこそ、人々は自分をさらけ出すことができる、と私は確信している。現に、去年の夏だって―
と、来た来た、何も知らないお客さまが。大学生らしき若者が、ひい、ふう、みい・・6人か。これは少し、多いかもしれない。家の規模に比べ、人数が多すぎるのは問題だ。本性を見せないことが多いからである。お互いに仮面を被りながら接している。そんなものは、見ていてちっとも面白くない。ヤラセが往来している民放のバラエティー番組でも見ている方が、まだ面白い。
玄関まで来たようだ。笑い声が聞こえる。
「木しかないじゃん、まじ受ける」
「けっこう綺麗だよね、この家。あんなに安いから心配したけど」
ありがとう。お客さまの正直な感想を聞くのは、今でもドキドキする。この穴からでは、玄関先の様子が見えない。低い声がする。
「写真見せただろ」
この落ち着いた声の主が幹事だろうか。几帳面な、真っ直ぐな好青年に思える。まあ、その裏の顔はどんなものなのか、これからじっくりと観ていくことにしよう。
「多少加工して載せるのが普通だろ。あんなん信用すんなよ」
カチン。まあ、この男も、私の覗きの餌食になるのだと思うと、可愛らしく思えてくる。せいぜい吠えておけ。
「レンー、早く入ろうよー。雨降りそうだよ」
甲高い声が甘えるような声を出す。レン。やはり、低い声の彼が幹事か。オオガミ・レン―この家のレンタルを申し込んできたお客さまの名前である。年は21歳。長野県在住。職業は学生。4年制の大学か、専門学校かは不明である。
甲高い声の女は彼女なのだろうか。やけにベタベタしている(見えないが、会話の雰囲気から私が想像した)。
ガチャガチャと鍵を回す音がする。キーッとドアが静かに開く。レン君、そんなにかしこまって開けなくてもいいのだよ。今は、君がこの家を借りているのだから。
私は、急いでエントランスを観ることのできる覗き穴がある位置へ移動した。
そうそう、言い忘れていたが、この家には空洞がある。確実に、覗きを目的とした空洞である。他に用途が考えられない。覗き穴も最初からあった。前の持ち主も、覗きを趣味にしていたのだろうか。確かめる手段は、皆無である。この人一人が通れる空間と覗き穴は、不動産屋には発見できなかったようだ。一戸建ての夢を持ち、ローンを組み、新潟県の山荘を買った。私の本職はホテルマンである。夜勤が多いので、ホテルの一室を仮眠室として利用することが多い。そのため、あまり家には帰らないので、こんなに不便な場所でも問題ないのである。その家が、まさかこんな構造になっているとは。
ずっと思っていたものだ。ルームサービスをお届けしたとき、「このドアの向こうでは、一体どんなドラマが展開されているのか」と・・。
その願望が、まさかこんな偶然で叶うとは、想像していなかった。覗き願望。絶対に口外できない願望である。
「管理人さんとかいないの?」
黄色いワンピースの女が聞く。高い声だが、ふわふわした柔らかい印象である。
「いない。俺たちだけ。自由な感じでけっこう良くね」
レンが答える。見た目はヤンキーっぽいが、芯が通っていそうな好青年風。他の面々にも目を向けてみよう。
レン・・・幹事。ヤンキーだが好青年。白いTシャツにベージュのスラックス。
?(女)・・・甲高い声の女。露出の多い赤のワンピース。スーツケースも赤い。
?(男)・・・先程生意気なことを言った男。俳優になりそうな美形(悔しい)。
?(女)・・・黄色いワンピース。全体的に色素の薄い美女。ふわふわ。アキバ系。
?(男)・・・黒のストライプが入った白いYシャツに黒いパンツ。メガネ。暗い感じ。
?(女)・・・足が長い。ギリギリまで太ももを見せた短いジーンズ。短い髪。活発。
この6人が今回の登場人物か。今年の夏は、どんなドラマを見せてくれるのか、今からわくわくする。
雨。強い風。若者たちが家へ入り数分後に、嵐。
山へ、自然との触れ合いを求めてやってきた若者には、堪えるだろう。
いや、そうでもないようだ。この家は高速のネット回線が繋がっている。暗い感じの男が早速パソコンを発見し、起動している。
「モッチー、それネット繋がってる?」
長足女が暗い男に声をかける。この男はモッチーというのか。あだ名だろうか。印象とは違って、なかなか可愛らしい名前じゃないか。良かったな、モッチー。私自身、暗い人間であると自負しているので、彼ことモッチーには共感するところがある。女の子に、普通にあだ名で呼ばれるなんて・・羨ましいじゃないか、このこの。
「はええ。動画サクサク見れるよ」
ありがとう。まあ、私はパソコンに詳しいわけではなくて、値段の高いものを買い、そのまま置いているだけなので、動作速いのは当たり前である。
各々が、荷物をソファやテーブルに置く。レンが家の見取り図を取り出し、リビング中央のテーブルに広げる。拡大コピーまでしてくれたのか。君は本当にいい男の子だな、レン君。
「2階に5部屋あるから、そこを寝室にしよう。ほら、荷物もってくぞー。モッチー、モッチー!」
「すぐ行く。先行ってて」
メールチェックしないと・・・と呟くモッチーを残し、5人は2階への階段を上っていく。私も「通路」の階段を急いで、しかし静かに駆け上がる。まだ彼らは上がってきていないようだ。お、来た。
「なんか・・普通の家だねー」
ごめん、黄色い女の子。そうなんだ。普通に、私が住むために買ったんだから、普通の家じゃなきゃおかしいじゃないか。・・・実は普通ではなかったわけだが、彼らは知らない。知らないほうがいいこともある。
「コテージみたいな、いかにも山ん中っての期待してたでしょ。私も」
赤い女が同意した。レンが少し下を向く。赤い女は、それに気づかないようだ。
彼らが立ち止まる。最初の部屋の前に来たようだ。誰がその部屋を使うのだろうか。2階の5つの部屋は、全て同じ構造になっている。ベッドなど、柄はそれぞれ違うが、ありふれたものでしかない。どの部屋を選ぼうが、快適さは変わらないはずである。
「とりあえず、全部見てから、誰がどの部屋にするか決めようよ」
「そだね」
「つか5部屋しかないけど、あと一人どうするのー?どれか一部屋、二人になるけど」
「俺とアッキーでもいいんだけど。女の子同士はやっぱ一緒のがいいかな。チカとー、サトミとマリちゃん、どうする?一緒の部屋のがいいよね」
「3人一緒でよくない?」
「そだね」
「ベッド移して、3人部屋にする」
話がまとまったようだ。女性3名は一部屋に集まることになったのか。名前は、チカ、サトミ、マリ、か・・。それぞれ誰の名前なのか、現段階では分からない。アッキーというのが、この生意気な男の名前か。
「あ、そう。逆に部屋余るな。んじゃ、他の部屋も見るか」
ここでいいー、と口々に女の子が言う。もはや歩くのが面倒くさいようだ。
「レンー、俺も相部屋がいいー」
と、アッキーがレンに後ろから抱きつく。女の子たちはキャッキャッと喜んでいる。
「んじゃ、アッキーと俺は一緒の部屋でいいか。モッチーは一人部屋でいいよな、・・っていうか、まだパソコンいじってんのか。・・まいっか」
女の子3人の隣の部屋に入るレンとアッキー。女の子たちも部屋に入る。
どちらの部屋を観にいきますか?サウンドノベルのゲームなら、こんな選択肢が出る場面だろう。
当然、私は女の子の部屋を観に行った。決してやましい気持ちは、ありますが何か。さて、と覗き穴に目を当てた瞬間、ドアがガチャリと開く音、そして廊下を歩いていく足音がする。
一人の足音だけだが、誰かが出ていったのだろうか?部屋を覗くと、太もも女がいない。彼女が出ていったのか。何のために?
ベッドか。他の部屋を見に行ったのだろう。他の二人も立ち上がり、部屋を出て行く。私も移動しなくては。
先程の、2階廊下を見渡せるポイントまで戻ってきた。ありゃ、誰もいない。3人とも、どこかの部屋に入ったのだろうか。
一番奥のドアが開く。太もも女が出てくるのが見える。後ろ向きである。
私から見て右手側であり、女の子たちが最初に入った部屋と同じ方向にドアがついている。それらの間に、レンの部屋がある。 また、左手側に2つのドアがある。この、計5つの部屋で2階は占められている。私はこう呼んでいる。
女の子3人が最初に入った部屋・・・「1」
その奥、レンとアッキーの部屋・・・「2」
その奥、太もも女が出てきた部屋・・・「3」
向かい側、左手側の手前の部屋・・・「A」
その奥・・・「B」
「3」から、太もも女がベッドを引っ張ってくる。立ち止まり、ベッドを入り口に放置し、「2」のドアを叩く。
「ねー、ベッド運ぶの手伝ってー」
「2」からレンが出てくる。アッキーは、出てこない。
レンと太もも女が二人で、「1」へベッドを運んでいる。
「アッキーは?」
「ん、マリに一人でやらせとけ、って言って、寝てる」
この太もも女が、マリちゃんか。なかなかいい足をしている。
「信じらんなーい」
やりとりの間に、「1」のドアの前までベッドを運んできた。なかなか重いだろう。ごめん、マリちゃん。
レンがドアを開け、部屋の中にベッドを運び入れている。
そういえば、モッチーはまだ一階にいるのだろうか。少し観てこよう。
死んでいる・・・のだろうか?
パソコンデスクの前に設置しておいた椅子の横に、モッチーが横を向いて、寝転がっている。微塵も動かない。
これがただの昼寝なら良かったのだろうが、そうではないことは明らかだ。頭の下に、赤い血が広がっているのが確認できる。
混乱した。誰が?いつ?何のために?
何分くらいだろうか。私は立ち尽くした。自分が何をすればよいのか、判断できなかった。いや、今も判断できていない。そして、再び立ち尽くした。
頭の中で、最善策を思案した。
何も浮かばなかった。
殺・・人?誰が?いつ?何のために?繰り返し、頭の中で自問する。自答は、ない。常に自問だけの、無駄な時間である。
と、とりあえず・・2階へ戻ろう。
犯人は、他の5人の中にいるのだろうか。だとしたら・・・だとしたら、なんだ?私に何ができる?
続く