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女王の呪い唄  作者: 西季幽司
第一部「幽霊坂からの招待状」
3/14

屋敷をさまよう幽霊②

 屋敷に入ると、ただっ広いが薄暗い玄関ホールが出迎えてくれる。古い洋館らしく、天井が高い。玄関ホールには二階へと続く長い階段がある。普通、階段が長くなり過ぎないように、踊り場をつくったり、向きを変えたりするものだが、二階から玄関へと一直線に続いている。

 春野駒子を訪ねて来た客が、長い階段をゆっくりと降りて来る優雅な姿を堪能できるように階段を一直線にしたのだと聞いた。実際、屋敷で生活していると、この長い階段は不便だ。奥にもうひとつ階段があって、こちらは普通に踊り場があって方向が反転する階段だ。こちらを使うことが多い。

 それに、この長い階段で兄の志経が亡くなった。この階段を転げ落ちて、首の骨を折って死んだのだ。

 できれば、二度と見たくない景色だった。

 玄関を入って左手に応接間がある。

 過去に駒子がここで雑誌のインタビューに応じていたらしい。当時の写真を見ると、アンティークな家具に囲まれた洒落た部屋だったようだが、それも志経が変えてしまった。機能的だが殺風景な会社の会議室のような空間になってしまっている。

「遅い!」と応接間に入った途端に怒鳴られてしまった。隆俊叔父だ。

 隆俊叔父は父、大志の弟だ。バツ2で現在、独身だ。ぎょろりと大きな目に団子鼻は阿舎利の血の証明のようなものだ。法師姿で兜を被り、軍配を手に持ち、ぎょろりと大きな目を剥いた武田信玄の肖像画があるが、あれを貧祖にしたような顔だ。

 相手にすると長いので、無視するに限る。

 菅野天音(すがのあまね)が「お久しぶりね~」と歌謡曲の歌詞のような挨拶をしてくれた。志経の代からのお抱え女医だ。阿舎利家の嘱託医のようになっており、親戚付き合いをしている。丸顔で目が小さく、狸のような風貌だが、美人だ。

 経兄も功兄も、彼女に惚れていたに違いない。俺は違う。経兄とは十一、功兄とは五つ、年が離れている。彼らにとってはマドンナだったかもしれないが、俺にとっては腕の悪い年増女に過ぎない。

「皆さま、お揃いですね」と言ったのは、阿舎利家の顧問弁護士の橋本昂輝(はしもとこうき)だ。一人だけパリッとスーツを着こなし、浮いた格好になっている。痩身で長身、多少、馬面だが、イケメンで頭も良いとあって、人生の勝ち組オーラをまとっている。

 駐車場に停めてあったスポーツカーは彼のものだ。

「大体、志功は何処に行ったのだ⁉ 呼びつけておいていないとはけしからん!」と隆俊叔父が再び怒鳴る。

 そう今日、我々は功兄から大事な話があると聞かされ、集まったのだ。我々の前で重大発表をするつもりだった。

 ――まさか、会社を辞めるつもりじゃあ・・・

 と言うのが皆の一致した意見だった。常々、自分は会社経営に向いていないと、功兄はこぼしていた。昆虫採集が趣味で、希少な昆虫を求めて世界中を旅したいというのが功兄の夢だった。「子供みたいなことばかり言っていないで、経営の勉強でもしろ。お前はスペアなのだ」と父に叱り飛ばされていた。

 スペアと言うのは、経兄に万が一のことがあった場合、会社を継ぐのはお前だと言う意味だ。実際、経兄は事故で亡くなり、功兄が跡を継いだ。

「探して来ましょう」と俺が言うと、「屋敷内は見て回った。何処にもいなかったぞ!」と隆俊叔父にまた怒鳴られた。

 屋敷内を回っただと。勝手なことを。

「功兄、いませんでしたか?」

「ああ、どこにもいなかった」

「功兄のことです。うまく気配を消しているのでしょう」と言うと、「ああ~」とか、「まあね」という賛同の声が上がった。

 功兄は存在感を消すのが上手い。側にいても気がつかないことがある。

 応接間を出る。先ずは功兄の部屋へ向かった。二階の角部屋だ。例の駒子が寝室として使っていた部屋で、経兄が煌びやかな飾りやアンティーク家具、壁紙を取り払って、ホテルの客室のような、ごく普通の洋室に改装してしまった。

 部屋を訪ねたが功兄の姿は無かった。

 今日は天気が良い。壁いっぱい、窓になっていて、カーテンを開け放つと、差し込む日差しが部屋中に溢れる。駒子がこの部屋を気に入っていた理由だ。だが、夏は暑い。

 この部屋にいないとなると、一階の書斎だ。

 奥の階段を降りる。経兄の事故以来、直線階段は使ったことがなかった。

 一階は直線階段のある廊下を中心に、玄関から入って左手に応接間、ダイニング、キッチンと部屋が繋がっており、一番奥に普段使っている二階への階段がある。

 廊下を挟んで反対側、右手にはリビング、書斎に、物置になっている部屋があり、そしてバス、トイレがある。

 書斎のドアを開けた。書斎は庭に面して丸い出窓があり、窓際にでっかいマホガニー材を使った豪華な机がある。左右の壁が本棚になっていて、経兄も功兄も読書好きだったため、蔵書がぎっしりと並んでいた。

 功兄はいなかった。

 立ち去りかけて、違和感を覚えた。何か匂った。

 部屋に入る。机の裏に回ってみた。

 功兄が倒れていた。胸を真っ赤に染めて。

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