屋敷をさまよう幽霊①
全く、とんだことになってしまった。
功兄が悪いんだ。余計なことを言い出すから。上手く行っていたんだ。あのまま社長を続けていてくれれば良かった。柄じゃないなんて言っていたが、社長でございと、ふんぞり返っていれば良かったんだ。
妙な招待状なんて出すから、こんなことになってしまった。
最初から話すよ。どうせ時間はたっぷりある。
あの日、俺は侍従屋敷に向かっていた。坂を上ると、懐かしい侍従屋敷が見えて来た。相変わらず、住宅街に似合わない、でっかい屋敷だ。寺か何かだと勘違いをする人間が多いだろう。まあ、この屋敷に一人でいたら、気が滅入ってしまうのも分かる気がする。
門前でばったり高田夫婦と出会った。
車でやって来たようだ。黒塗りの高級車から降り立った高田涼介が「やあ」と爽やかな笑顔で手を上げた。四十を超えているはずだが、若々しい。日焼けした顔、贅肉の少ない体に、短く刈り上げた髪がばっちり決まっていて、ぱっと見、テニス・クラブのコーチにしか見えない。
これでアゼリ・グループの常務取締役なのだから、さぞや女にもてることだろう。だが、その手の浮いた噂は聞かない。愛妻家で通っている。
隣にいるのは高田香織さんだ。こちらは俺を見ても無表情で、小さく頭を下げただけだった。涼介の妻にして、俺たちの義理の姉に当たる。そう、父と前妻、いや前々妻、温子との間に生まれた子だ。母親に似たのだろう。ずんぐりむっくりな俺たちと違って、スレンダーな美女だ。目が大きくて、眦が吊り上がり、顔のきつい点だけが父親譲りで俺たちと似ていた。
駐車場には他に三台、車が停まっていた。軽自動車とスポーツカーに普通乗用車だ。
高田夫婦と門を潜り、母屋へと歩いて行った。
こういう時に、話題がない。「今日は雨が降らなくて良かった」程度の当たり障りのない話しかできなかった。
門から屋敷まで結構、距離がある。庭木や芝生などは定期的に庭師を入れて剪定しているようで綺麗に整っていた。庭の掃除も行き届いている。功兄らしい。父は庭いじりが趣味だったが、俺も経兄も興味がなかった。功兄だけが、父の遺伝子を受け継いだようだ。
玄関で呼び鈴を鳴らすと、ドアを開けてくれたのは美晴だった。窪田美晴、父の前妻、春野駒子の妹の子供だ。俺たちと血のつながりは無いが、親戚扱いをしている。
駐車場にあった軽自動車は美晴のものだろう。
父は三度、結婚している。最初の妻は温子で、二人の間に娘の香織さんがいる。次が大女優だった春野駒子だ。結婚生活が短かったので、二人の間に子供はいない。そして三番目の妻が売れない女優だった俺たちの母、久美だ。
母は勿論、温子と香織さん親子、俺たち三人の息子に対して、父は愛情を持たなかったようだったが、美晴だけはお気に入りだった。
「美晴は駒子の生まれ変わりだ」と言って、可愛がった。
結局、父は俺たちのことなんてどうでも良かったのだろう。春野駒子との思いでの中で生きていた。
父は春野駒子の面影を美晴に見た。それも頷ける。美晴は美しい。ただもう、美しいとしか形容のしようがない。小柄だが、スタイルも良かった。髪を短くしたようで、美しさに溌溂とした雰囲気が加わった。
「皆さん、もうお集まりですよ」と美晴が言った。
「みんな、揃っているのですか? お待たせしてしまったかな」と涼介。
「大丈夫ですよ。皆さん、お着きになったばかりですから」
そのはずだ。彼らが通り過ぎて行ったのを確認してから、屋敷にやって来た。見慣れた車が四台、それに隆俊叔父が坂道を登って行くのを見た。
「それに、肝心の志功おじさんがいなくて・・・」
「社長がいない? 珍しいな。外出したなんて。どうやって屋敷に入ったの?」
「ドアの鍵が開いていました」
開けておいたのだ。
「鍵もかけずに出かけたのかな」涼介が不審そうな顔をする。
俺は高田夫妻を促した。「志功は家にいる時は鍵なんてかけません。きっと家にいますよ。さあ、立ち話も何だから、中に入りましょう。叔父さんを待たすと、色々、言われそうだから」
叔父、阿舎利隆俊は父、大志の弟だ。一族の重鎮と言って良い。典型的な他人に厳しく、自分に甘いタイプで、性格は父そっくりだが、経営の才には恵まれなかったようだ。アゼリ・グループの子会社のひとつを任されているが、お飾りの社長だ。会社で失敗が多く、浮いた存在だと聞いたことがある。
「ああ、確かに」と言って、涼介が白い歯を見せた。
美晴が「もう、さっきからイライラしています。呼び寄せておいて、何で、志功がいないんだって」と言った。
そろそろ限界だ。急がねば。




