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女王の呪い唄  作者: 西季幽司
第一部「幽霊坂からの招待状」
12/16

二番唄③

 翌日、寝ぼけ眼で一階に降りると、鑑識官が庭を這いまわっていた。ご苦労なことだ。

 俺はコーヒーを煎れて二階に上がると、志功の部屋のベランダから、庭を見下ろしながら、彼らが蟻のように張り回る様子を窺った。


――どうせ、ナイフなんか見つからないぞ。


 そう彼らに教えてあげたかった。

(ああ、そうだ。この屋敷は今日から俺のものだったな)

 功兄が亡くなれば、当然、遺産は全て俺のものになる。この屋敷だって、俺のものだ。そう思って広い庭を見下ろしていると、征服者になった気分だった。

「おやっ! お目覚めですか?」

 鑑識の様子を窺うのに飽きて来た頃、庭にいた人間が俺に向かって手を上げた。安達だ。熱心なことに、朝から鑑識作業に立ち会っているようだ。

「おはようございます」と返事をすると、「ちょっと見てもらいたいものがあるのです。降りて来て頂けませんか?」と頼まれた。

 面倒だ。また事情聴取を受けるようなものだ。屋敷に泊ったことを、少々、後悔した。だが、無視する訳には行かない。

 一階に降りて行く。

 安達が満面の笑顔で待っていた。薄気味の悪い刑事だ。

「朝早くからお邪魔していますよ。お騒がせしてすみません」と口先だけで謝った。

「構いませんよ。功兄を殺した犯人を捕まえるためですから。僕のことなど気にせずに、じゃんじゃんやってください」

 こちらも口先だけだ。

「そう言ってもらえると助かります」

「何か見つかりましたか?」

「ええ」と安達は頷くと、「ほら、これ、ご覧ください」と透明な証拠品袋に入った蝶を見せられた。エメラルドグリーンの羽を持つ美しい蝶だった。

「チョウチョですか?」

「綺麗でしょう。アイノミドリシジミと言って、シジミの一種だそうです。珍しい蝶のようですよ」

 よく見つけたものだ。

「そうなのですか?」

「庭に死骸が落ちていました。鑑識官に蝶に詳しい人間がいて、奥日光当たりだと見かけることがあるようですが、この辺りにいるのは非常に珍しいと言っていました」

 何処にでもオタクがいるものだ。

「功兄も昆虫が大好きでしたからね。兄が採取したものかもしれません」

「なるほど。他に、何か見つかりましたか?」

「それがね。凶器が見つからないのです」

「凶器が見つからない?」

「部屋は密室状態でした。志功氏の殺害にナイフが使われたと見ていますが、そのナイフが見つからないのです。部屋に無かったし、庭にもない。一体、どういうことなのでしょう?」

「僕に分かるはずないじゃないですか」

「防犯カメラの映像から、部屋に入った人間は二人だけです。阿舎利隆俊氏と遺体の第一発見者である、あなただ」

「ナイフが見つからないということは、我々、二人が犯人じゃないと言うことでは? だって、そうでしょう。部屋にナイフが残っていれば、僕らの内、どちらかが犯人だと考えられますが、ナイフが無かったとなると、犯人は別にいることになります」

「なるほど」と安達は大仰に手を叩いた。「そうなると、犯人は外部の人間で、何らかの手段を使って部屋に侵入したということですね。あの部屋に、外から出入りできるような場所はありませんか?」

「ありませんねえ~通風孔がありますけど、人が出入りできる大きさじゃない」

「はい。それは確かめました」

「犯人は防犯カメラに細工したのかもしれませんね」

「そんなこと、出来るのですか?」

「さあ、分かりません。それを調べてもらいたいのですけどね」

「これは失礼しました」と言って、安達は「あはは」と笑った。

 こいつ優秀なのか、馬鹿なのか。

「あなたに阿舎利志功氏に恨みを持つ人間をお聞きした際、阿舎利隆俊氏の名前をあげておられましたね。阿舎利隆俊氏は会社の帳簿に穴を開けて、進退問題になっていたと」

「そうでしたかね」

「阿舎利隆俊氏に確認したところ、その件、既に志功氏と話はついていたそうです」

「話がついていた?」

「はい。阿舎利隆俊氏によれば、志功氏に詫びを入れて、片を付けたということです。帳簿に穴を開けた分は私財を以て補填し、子会社の社長の座を明け渡す代わりに、本社で然るべきポジションを用意するという約束になっていたそうです」

「それは知りませんでした」

「そうなると、阿舎利隆俊氏には動機がない。彼、言っていましたよ。志功氏がいなくなることで一番、得をする人間が犯人だろうって」

 隆俊叔父、余計なことを言いやがって。

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