帰り道
飲み会を飛び出してから、三十分くらい歩いた頃。
酔いの残る足取りで、山野音都は友達の森川華乃の背中を支えながら、ふうっと息をつく。
華乃は、男の先輩たちに無理やり飲まされ、すっかり酔いつぶれ眠ってしまっている。
その分、音都は一気に冷静になっていた。
そこへ、後ろから軽い足音が聞こえてくる。
くるりと振り返ると、そこに居たのは端麗な顔の持ち主であった。
「おーとちゃん!」
紅野史緒、通称【王子】だ。
走ってきたらしく、肩で少しだけ息をしている。
なのに乱れて見えないのが、また腹立たしい。
「森川さん、平気?」
「うん、もう寝てるだけ。」
音都は素っ気なく返す。
酔いが冷めると、博多弁が大いにでてしまったのが、妙に恥ずかしくなってしまったのだ。
「さっきはすごい迫力だったね」
「……。」
音都は思わず耳が熱くなる。
言われたくなかった。忘れたい黒歴史にしたかった。
「しかもめっちゃ方言」
「言わないで」
「普段は出さないんだ?方言」
「出してないの、わざと。」
史緒は一瞬だけ目を細める。
興味深いものを見つけたときの、静かな王子の顔だ。
「じゃあ、あれは素なんだ」
「ち、違うし……怒っただけだし。」
「うん。怒った音都ちゃん、ちょっと面白かったよ」
「馬鹿にしてんの?」
「褒めてるんだよ」
この男、ほんと余裕の塊だ。
舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、音都は華乃の肩を持ち、また歩き出した。
すると、王子も自然と横に並んできた。
「ところでさ」
「なに」
「あの飲み会、ふつーに危なかったよ。音都ちゃんも酔ってたし。気をつけたほうがいい」
「……うん」
音都は下を向く。
王子の言葉は優しいのに、どこか正論を刺す感じで苦手だった。
「で、帰り道、ひとりで帰れる?森川さん背負ったまま」
「え?帰れるけど」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
きっぱり言う音都に、王子は小さく笑う。
「じゃあ、帰るまで見届ける」
「いや、いいよ?【王子】は飲み会戻ってなよ」
「……【王子】って呼ばないでよ、名前で呼んで」
「え、でも皆【王子】って呼んでるじゃん」
すると、王子は音都の前に立ち、顔を近づけて、
そっと呟いた。
「音都ちゃんだけ、特別。」
王子の目が、ふっと柔らかくなる。
そんな王子を、音都はきょとんと見つめていた。
「特別……とは?」
「まっ、これからは名前で呼んでね〜」
くるりと前を向き、前を歩き始めた王子の背中を眺め、音都は不思議でたまらなかった。
(王子の本名って……、何と?)
華乃に聞こうにも、今はぐっすり寝ているため、到底無理そうである。
本人に聞くにしても、それは流石に無礼であると
音都でもわかる。
(え、マジで分からんと。どうしよか。まぁ…、なんとかなるっちゃよね)
音都は、本当に何も気づけていなかった。
史緒の胸のあたりが、わずかに熱を帯び初めていたことにも。




