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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
映す世界に、あの日の夢が入り混じる
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入部祝は秋の木漏れ日

「花山先生。俺、文芸部入ってみます」


 朝一にそう報告すると、先生は喜びと安堵に満ちた顔をした。


「そ、そう!?よかった……。部活の顧問には、私から話しておくわね」

「ありがとうございます」


 先生は、少し小走りに教室を出ていった。パソコンやら教科書やらといった大事そうな道具を置き去りにしているあたり、よほどうれしかったのだろう。


「文芸部入るって?」

「おう。そのつもり」

「そっかぁ……。文芸部って、何するんだ?」


 ろくでなしたちは、意外と人情には厚い奴らだった。やってることはろくでもない事でも、人間性は普通にいい奴だ。


「ん~っと……。俺は、短歌をやろうかなって」

「短歌って、え~っと……『松島や ああ松島や 松島や』ってやつ?」

「馬鹿か。それは川柳だろ」


 目の前で展開される即興漫才に、俺は頬を緩ました。


「でも、それならお前と遊ぶ時間も無くなるなぁ」

「なんだよ、寂しいのか?」


 茶化してそう聞くと、馬鹿かと言われた。割と悲しく思う。


「でもよ。実際、本当はあの女の子が狙いだったりするんじゃねぇの?」

「ばっ!?ちげぇよ!」


 いきなりそうぶっこまれ、思わず強めに否定してしまった。

 別に、夕夏のことは何とも思っていない。そりゃ、俺のことをもう一度立ち直らせてくれた人物だし、恩情は感じている。だがそれと恋情は別だ。

 しかし、俺のその返答に、彼らは嘘だ~と言わんばかりの態度を見せた。


「ぶっちゃけ、あの子のことちょっといいな~とか思ってるだろ?」

「そうそう。あんだけ一緒にいるんだから、好きとか気になってるとかあるだろ!」


 グイグイ来られるこの感覚は、中学の頃もあったように思える。スポーツ特有のものだと思っていたが、そうでもないらしい。男子なら、当たり前のことなのだろうか。


 たださっきも言ったように、夕夏に対して恋をしていることはない。凛々しいとか、無邪気とか。そう思うことは、恋情に結び付くものではないと、自分がよくわかっている。俺の彼女に対する感情を、何とか簡単に言いたいのだけれど……。

 なんと説明しようか悩んで、納得できる例を一つ思いついた。


「そう、マネージャー!」

「ん?」

「部活動のマネージャーだよ。あれとおんなじ。大事だけど、別に好きとかではないっていうか」


 こう説明したところで、ようやっと彼らは無理矢理納得したらしい。

 そうして馬鹿なことを話しているうちに、花山先生が慌てた様子で帰ってきた。口元が緩んでいるのを、俺は見逃さなかった。


「香月くん、さっそく今日の部活から参加しにおいでって」

「ありがとうございます」


 緩んだ顔のまま、花山先生は教室を後にした。ワクワクしたような顔をしていたのを見て、むず痒い恥ずかしさを覚えた。


 お昼休みになり、教室に夕夏がやってきた。


「香月くん!聞いたよ、文芸部入るんだってね!」

「あ、うん……。えと、よろしく」


 夕夏は、満面の笑みを浮かべてこちらこそと返した。さらりと舞うような黒髪には愛嬌があるように思えた。

 軽い足取りで走り去る背中をぼんやりと眺めていると、急に後ろからヘッドロックを食らった。


「いでででぇ!やめろ!」

「うるせぇ!目の前でいちゃつきやがってゴルァァァ!」


 弁当箱を持った友人らが、一斉に俺を羽交い絞めにする。抜け出そうにも、男子高校生達の力というのは強く、全く歯が立たなかった。部室に行こうと思っていたが、これではそれどころじゃない。ほとぼりが冷め、教室でご飯を食べている間に、昼休み終了まで残り五分を伝えるチャイムが鳴ってしまった。

 教室から窓を見ると、部室がある棟が見える。部室の中から、慌てた様子の夕夏が出てきてて、あとでからかってやろうと思った。


 荷物を手に持ち、杖がなくても歩ける程度までには治った足を引きずりながら、四階を目指した。すたすたと歩ければ物の一分程度で着くのだろうが、今の俺では、到着まで五分程度かかってしまった。

 すでに電気がついており、部室前に掛けられた掛札は『活動中!』と書かれていた。

 手をかけて横にひくと、中にはひばり先輩と夕夏、そして数名の部員がいた。


「あら、香月くん」

「香月くん!ようこそ文芸部へ!」


 ひばり先輩は読んでいた本を閉じて、夕夏は持っていた筆と色紙を置いてそう言った。


「えっと……。1年の、渡会香月っす。今日からよろしくお願いします」


 そういうと、部員たちは口々に「よろしくー」だとか「歓迎~」だとか、ともかく俺のことを受け入れてくれた。

 荷物を降ろすと、夕夏が早速俺の手を掴んだ。


「よ~し!早速読みに行くぞー!」

「夕夏ちゃん、今から香月くんに部活の概要を……」

「え~!概要も何も、みんな各々文芸に向き合うだけじゃん!それに香月くんはあたしと一緒に短歌をやるの。ね?」


 まるでそういっていただろう?とでも言わんばかりの顔でそう聞いてきた。

 まあ実際、小説とか読書とかは俺の柄じゃないし、何より少し苦手だ。本当なら、短歌とかもまあまあ苦手なのだ。


「えっと……。短歌なら、本気でやれそうだと、思ったので」

「ねぇ?ほらぁ」


 と横で喜ぶ夕夏には申し訳ないが、本当にそうなのかと少し不安になる。確かに、短歌しかやる気はないのだが、果たしてそれは短歌だからなのか。サッカーをやってた時とは少しズレたように感じるそのやる気が、俺の心をムズムズさせる。


「まあ、そういうことなら……。一応、部活の活動時間は六時まで。そこから後は、各々自己責任ってことになってるから」

「わかりました」


 そう言ったところで、俺のことを夕夏がグイグイと引っ張っているのに気づいた。待ちきれないと言わんばかりの顔で、俺の制服を引っ張る。小さな子供みたいだ。


「夕夏ちゃん、しょっちゅう時間超過して怒られるから。香月くん、ちゃんとコントロールしてあげてね」

「え」


 聞き返す間もなく、俺は夕夏に引きずられるように部室を出た。ひばり先輩の優しい笑顔が、少し恐ろしく感じた。


 それから夕夏が向かったのは、学校裏手にある『憩いの大樹』と呼ばれる大きな木のもとにある休憩スペースだった。秋色に色づく大樹のもとは、一面カラフルな落ち葉に染まっていた。


「今日はここ!さ、ちゃんと映してね」


 押し付けるようにそう言って、彼女はさっさとこの景色を映し始めた。

 自由だなぁ……。と思いながら、俺もその景色を映してみた。学校の敷地内だから当たり前だが、四階建ての大きな校舎がどっしりと構えている。周りからは吹奏楽の練習の音や、軽音楽部のバンドの音が漏れ出て、ちょっとしたライブのような印象を受けた。

 大樹のもとで、穏やかな気分で景色を見ているうちに、だんだんと三十一文字の文章が浮かび上がってくる。俺はそれをごく自然に、飾りっ気なく色紙に書き記していった。


 そびえたつ 学び舎響く 二つの() ここは小さな ライブハウスか


 書ききると、夕夏は俺のほうを向いた。


「詠んだ?」

「うん」


 そういうと、夕夏は手を伸ばした。見せろ、ということだろう。特に抵抗なく、俺はその短歌を彼女に手渡した。


「……う~ん」

「どうした?」

「これを読んでこの景色が思い浮かぶかと聞かれると、微妙」


 この前もそうだが、彼女は短歌に対して本気で取り組んでいるためか、他人の短歌にだって本気で向き合う。それゆえ、こんな厳しいコメントを平気で飛ばしてくる。恐らく、ただのほほんとした気持ちでここに来た人は、このコメントをもらった時点で諦めるだろう。


「そうか……。夕夏は、もう詠んだのか?」


 と聞くと、彼女は首を横に振った。並大抵のものじゃ満足しない彼女だし、まあ当然だろうと思った。


 ちょっと悔しかったから、もう一度その景色を映した。どうも、校舎がのっぺりとしていて、書き表すには物足りなさを感じさせる。どれだけ眺めても、校舎という感想以外持てないでいる。

 どうしたものかと悩んでいると、一枚のイチョウが目の前を落ちていった。

 どこから来たのだろうか。そう思って、思わず振り向いて、見上げた。


 大きな木から、木漏れ日が何本も差し込んでいる。丁度、夕日になりかけている太陽と重なっていて、僅かな風に揺れる枝を抱えながら後光を差すように見える。木々というより、この木が何か語り掛けてくるような、そんな感じがする。学校から漏れる演奏が、今度はこの木の登場を演出する曲のように思えてきた。


「あれ?もう二つ目も作ったの?」

「え?」


 夕夏の声で、手元の色紙に文字が綴られているのに気が付いた。無意識のうちに、俺は一首詠んでいたようだ。


 はらり舞う 銀杏に誘われ 天仰ぐ 木漏れを抱えて 何かを語る


 俺が詠んだものだが、俺が詠んだものじゃないように思えた。若干、言葉足らずのようにも思えるけど、思い通りじゃない世界も俺が見た世界と遜色ないほど、美しく見えた。


「……」


 夕夏は、俺の短歌を映していた。凝視でも、手直しのためでもない。ただ、その文字から浮かび上がる世界を目に映していた。

 映すこと三分。天を仰ぎ、夕夏はやっとこっちへ帰ってきた。


「……香月」

「な、なに?」

「……あんた、綺麗なもん見てるね」


 そういいながら、夕夏は俺のことを真っすぐ見て、笑った。九月に入り、まだまだ暑いとはいえ、日陰は風が吹いて、幾分か快適に過ごせるようになっている。にも関わらず、彼女はうっすらと汗ばんでいた。彼女のほうから吹いた風には、柔らかな金木犀の匂いが乗っていた。

 彼女に褒められたのが嬉しかった。けどそれを悟られるのはなんか恥ずかしくて、そこから彼女のほうを見ることができなかった。


 眩く輝く景色を見ていた俺は、輝いていただろうか。空を仰いだときに見えたあの木漏れ日は俺の本気を応援していたのだろうか。本気でやれているように見えるかはわかんないけど、一つだけ、確信していることがあった。


 あの一首を、二人で映し出していたあの時。あの時間だけは、俺が望んでいた輝きを放っていた。

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