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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
一生懸命を見つけるために
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向き合う覚悟、向き合う決意

 だらだらと過ごして、1か月が経つ。もはや頑張るということの大切さを見失って、自堕落ともいえる生活を受け入れ始めていた。もうそろそろ紅葉に色づいていく季節。同じく何もしていない奴らと日々を消化していく毎日。めっきり、サッカーを頑張っていたことも忘れていた。


 あれから、夕夏は二度と俺のもとに来ることはなかった。廊下ですれ違っても、目も合わない。完全に彼女の世界から、俺は隔絶されていた。

 先生も、かつての仲間も。もう誰も、俺に期待しないし、頑張れとも言わなくなった。心地よくはないけれど、もう傷つかないでいいのが、救いだった。


「香月~。カラオケいこーぜー」

「うん。いいよ」


 カバンを背負って、ろくでもない仲間とつるみに行く。ろくでなしは、適当な付き合いをしていても何も言わないから楽だ。頑張る奴もいないから、頑張れと言われない。

 いつものごとく。隣に4,5人のろくでなしが並ぶ。これで、いいんだと言い聞かせる。何も頑張らなくていい。全てを捧げるなんてことしなければ、失望することなんてないのだから。


 玄関に向かい、靴を履き替える。目的もなく、ただ街をふらつくために学校から出ようとした。


「あ!見つけた!」

「え……」


 しかし、今日は違った。よりによって、夕夏に呼び止められてしまった。

 ろくでなしたちは、俺のことをはやし立て、冷やかしてくる。彼らには、彼女が俺の恋人の類に見えているようだ。実際は、もっと複雑で、ぎこちない関係なのに。


「なんだよ……。文芸部のことなら、きっぱり断っただろ?」

「うん。けどあたし、諦めたとは言ってないよ」

「屁理屈か?」


 至極真面目な顔をして、夕夏は俺のことを見ていた。これ以上、本気になれない俺に構う必要があるのだろうか。うざったいと思う気持ちは、何かの裏返しのような感覚がする。


「本気で何かをやりたいってあんたが言う限り、私はあんたに本気で向き合う」

「本気って……。なんだって、そんなこと……」


 そういうと、手を引きながら話を続けた。初めて触る異性の手は、すごく柔らかくて小さい。なのに、力強く俺を引っ張ってきた。恥ずかしさに顔を赤らめ、彼らは俺のほうを向いてにやにやとして見送った。そうして、俺は彼女に文芸部の部室に引き寄せられていった。


 放課後の部室には、ひばり先輩も他2名の部員もいない。完全に、俺と夕夏の1対1だった。


「……あのさ、あたし考えたの。あんたに、どうやったら本気でやれるものを伝えられるかって」

「……」

「あたしには、短歌しか本気でやる楽しさを伝えられない。だから、あたしはあんたに、短歌を本気でやることの楽しさを伝える」


 まただ。この残酷なくらいに輝く目が。突き刺すような希望が、この間の俺を爆発させた。また、何かを爆発させてしまいそうで、少し怖くなる。

 どうして、もう本気になれないと言っているのに、ここまでしてくるのだろうか。この絶望を、掘り返して、えぐり取って、あざ笑いたいのだろうか。


「……どうして」

「ん?なに」

「どうして、そこまで。そこまでして、俺に構うんだ?出会って日も浅いし、何より君は、俺をこうして構うメリットがない」

「そうかもね」


 彼女は、俺の意見をあっさりと肯定した。それがさらに、俺のやるせなさを怒らせた。


「なら、なんだよ。もうなんにもない、なんにも手に付けられなくなった俺にそんな話して、自慢でもしてんのか!?」

「いいえ」

「なっ……おまっ」


 今度は、あっさりと否定をした。激昂しているあてつけた言葉を、こうもあっさりと返答されるとかえって熱が下がってしまう。徐々に、怒りのボルテージが下がっていくのが、不本意ながらわかりだしてきた。


「……あたしには、こういう時にどう寄り添えばいいのかわかんない。あんたがどう寄り添ってほしいのかなんて、見えない」

「……」

「けど、あんたがこの現状に怒りを覚えて、それを当てつけてるのは見えてる」

「っ……!」


 輝く目が、真剣に光る。俺をじっと見て、その目に釘付けになってしまう。あの時、景色を映した鏡が、今は俺のほうを向いて映していた。


「あたしは目に映るものを信じてる。目の前のものを映して、描くのが歌人としてのあたしの信念。それは、あんたと関わって、向き合う時も同じ」


 まっすぐな言葉だ。ずっと夢を追っていた時の俺も、こんなに真っすぐなことを言っていた。いつしか忘れようとした心は、目の前にあった。

 夕焼けに染まる部室の中。窓は閉め切られ、エアコンが聞いている部屋の中に一陣の風が吹いた。徐々に、何かが目を覚ましてきている。


「だから、あんたに写る怒りがなくなるまで、あたしはあんたに向き合う」

「……どうして?」


 もう一度、尋ねる。今度は、夕夏はあっさり答えることなくきちんと答えた。


「色々あるけど……。一番は、あんたとなら本気どうしでぶつかれそうだから」

「……そうか」


 まだ、何かに本気で向き合うことはできない。だけど少しくらい、本気に向き合うのもいいのかもしれない。本気で向き合ってくれる人がいるなら、せめてそれを受け止めよう。


 目の前の少女は微笑む。彼女が天使になるのか、悪魔になるのか。どちらにせよ、受け止めると決めたからには、それを貫き通そう。

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