向き合う覚悟、向き合う決意
だらだらと過ごして、1か月が経つ。もはや頑張るということの大切さを見失って、自堕落ともいえる生活を受け入れ始めていた。もうそろそろ紅葉に色づいていく季節。同じく何もしていない奴らと日々を消化していく毎日。めっきり、サッカーを頑張っていたことも忘れていた。
あれから、夕夏は二度と俺のもとに来ることはなかった。廊下ですれ違っても、目も合わない。完全に彼女の世界から、俺は隔絶されていた。
先生も、かつての仲間も。もう誰も、俺に期待しないし、頑張れとも言わなくなった。心地よくはないけれど、もう傷つかないでいいのが、救いだった。
「香月~。カラオケいこーぜー」
「うん。いいよ」
カバンを背負って、ろくでもない仲間とつるみに行く。ろくでなしは、適当な付き合いをしていても何も言わないから楽だ。頑張る奴もいないから、頑張れと言われない。
いつものごとく。隣に4,5人のろくでなしが並ぶ。これで、いいんだと言い聞かせる。何も頑張らなくていい。全てを捧げるなんてことしなければ、失望することなんてないのだから。
玄関に向かい、靴を履き替える。目的もなく、ただ街をふらつくために学校から出ようとした。
「あ!見つけた!」
「え……」
しかし、今日は違った。よりによって、夕夏に呼び止められてしまった。
ろくでなしたちは、俺のことをはやし立て、冷やかしてくる。彼らには、彼女が俺の恋人の類に見えているようだ。実際は、もっと複雑で、ぎこちない関係なのに。
「なんだよ……。文芸部のことなら、きっぱり断っただろ?」
「うん。けどあたし、諦めたとは言ってないよ」
「屁理屈か?」
至極真面目な顔をして、夕夏は俺のことを見ていた。これ以上、本気になれない俺に構う必要があるのだろうか。うざったいと思う気持ちは、何かの裏返しのような感覚がする。
「本気で何かをやりたいってあんたが言う限り、私はあんたに本気で向き合う」
「本気って……。なんだって、そんなこと……」
そういうと、手を引きながら話を続けた。初めて触る異性の手は、すごく柔らかくて小さい。なのに、力強く俺を引っ張ってきた。恥ずかしさに顔を赤らめ、彼らは俺のほうを向いてにやにやとして見送った。そうして、俺は彼女に文芸部の部室に引き寄せられていった。
放課後の部室には、ひばり先輩も他2名の部員もいない。完全に、俺と夕夏の1対1だった。
「……あのさ、あたし考えたの。あんたに、どうやったら本気でやれるものを伝えられるかって」
「……」
「あたしには、短歌しか本気でやる楽しさを伝えられない。だから、あたしはあんたに、短歌を本気でやることの楽しさを伝える」
まただ。この残酷なくらいに輝く目が。突き刺すような希望が、この間の俺を爆発させた。また、何かを爆発させてしまいそうで、少し怖くなる。
どうして、もう本気になれないと言っているのに、ここまでしてくるのだろうか。この絶望を、掘り返して、えぐり取って、あざ笑いたいのだろうか。
「……どうして」
「ん?なに」
「どうして、そこまで。そこまでして、俺に構うんだ?出会って日も浅いし、何より君は、俺をこうして構うメリットがない」
「そうかもね」
彼女は、俺の意見をあっさりと肯定した。それがさらに、俺のやるせなさを怒らせた。
「なら、なんだよ。もうなんにもない、なんにも手に付けられなくなった俺にそんな話して、自慢でもしてんのか!?」
「いいえ」
「なっ……おまっ」
今度は、あっさりと否定をした。激昂しているあてつけた言葉を、こうもあっさりと返答されるとかえって熱が下がってしまう。徐々に、怒りのボルテージが下がっていくのが、不本意ながらわかりだしてきた。
「……あたしには、こういう時にどう寄り添えばいいのかわかんない。あんたがどう寄り添ってほしいのかなんて、見えない」
「……」
「けど、あんたがこの現状に怒りを覚えて、それを当てつけてるのは見えてる」
「っ……!」
輝く目が、真剣に光る。俺をじっと見て、その目に釘付けになってしまう。あの時、景色を映した鏡が、今は俺のほうを向いて映していた。
「あたしは目に映るものを信じてる。目の前のものを映して、描くのが歌人としてのあたしの信念。それは、あんたと関わって、向き合う時も同じ」
まっすぐな言葉だ。ずっと夢を追っていた時の俺も、こんなに真っすぐなことを言っていた。いつしか忘れようとした心は、目の前にあった。
夕焼けに染まる部室の中。窓は閉め切られ、エアコンが聞いている部屋の中に一陣の風が吹いた。徐々に、何かが目を覚ましてきている。
「だから、あんたに写る怒りがなくなるまで、あたしはあんたに向き合う」
「……どうして?」
もう一度、尋ねる。今度は、夕夏はあっさり答えることなくきちんと答えた。
「色々あるけど……。一番は、あんたとなら本気どうしでぶつかれそうだから」
「……そうか」
まだ、何かに本気で向き合うことはできない。だけど少しくらい、本気に向き合うのもいいのかもしれない。本気で向き合ってくれる人がいるなら、せめてそれを受け止めよう。
目の前の少女は微笑む。彼女が天使になるのか、悪魔になるのか。どちらにせよ、受け止めると決めたからには、それを貫き通そう。




