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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
一生懸命を見つけるために
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輝きが哀れを引き立てる

 結局、サッカー以外に頑張れることなんて、俺には見つからなかった。何をやるにしたって、結局どこかに足が邪魔をしていた。

 もはやこのまま、俺は何も頑張らずに生きていくことを受け入れていた。嫌だと言いながら、あまりにも辛く長い道に、心が折れてしまったのだ。


 大丈夫。友達はいるし、寂しい人生にはならないだろう。きっといつか、こんな気持ちも忘れる。今それが怖いのは、失ったばかりだからだ。


「香月~。飯いこーぜー」

「おう。行くか」


 だから忘れよう。青春なんてのは、何も部活動がすべてじゃないのだから。

 そう思って、入口で待つ友人のもとへ行くこうと、杖を握った。


「お邪魔します!」


 すると、後口の扉から、そんな声が響いた。

 なんだと思い見ると、そこには艾夕夏が仁王立ちしていた。

 教室の中を見渡しているのを見るに、誰かを探しているのだろうか。昨日色々あったのがあり、少し気まずい思いを勝手にしていると彼女と目が合った。


「いた!渡会くん、ちょっといいかな?」

「え、俺?」


 うんうんと頷き、夕夏はずかずかと俺のもとに来た。逃げようにも、杖では絶対に勝てない。俺はその場で立ち尽くすしかなかった。やがて目の前で立ち止まった彼女は、弁当箱を取り出した。それも2個。


「一緒にお昼、って思って。でも、学食ってことは……これ、食べるよね?」

「え?え?」

「だって、ご飯持ってないじゃん。なら、あたしの弁当食べれるよね?」


 辺りからは、ひそひそと話し声が聞こえてくる。男子は数奇な目。女子は高揚した目。どちらの目も、俺にはあまり愉快なものではなかった。


「ほら、いこ?倒れそうになったら支えてあげる」

「ちょっと、まだ何も……!」


 しかし、友人たちは行けと背中を押す。この流れが、俺の色恋沙汰に見えているのだろう。心外すぎるが、強い拒絶をする元気がないのも事実だ。

 仕方ないので、今日は夕夏に付き合うことにした。彼女についていってたどり着いたのは、昨日も入ったあの部室だった。


「え、っと……」

「大丈夫。今はあたししかいないし、別に気まずい思いしなくってもいいよ」


 きっとそれが、彼女の俺に対する最大限の配慮だった。そこまでされたら、断ってしまうこともできないので、ひとまず厚意に甘えることにした。


「それで?どうして、俺をここに連れてきたの」

「えっとね、君のことを知ろうって思って。まずは、どうして君は、部活動から逃げているのかなって」


 その問いが、俺の動揺を引っ張り出した。思わず、弁当を広げる手を止めて彼女の顔を見た。彼女は、俺のことをずっと、まっすぐ見ていた。


「……逃げては、ない。やる気がないだけ」


 本当のことが言えなくて、咄嗟にそううそをついた。広げた中身はサンドイッチだったので、その中の一つを手に取った。ふわふわのパンと、口に広がる卵のクリームが口の中を埋めた。


「……そっか」

「ああ」

「じゃあ、質問変えるね」


 そういうと、夕夏は俺の目の前に座った。その目はもう優しくない。鋭く、にらみつけるような真剣な顔。思わず、固唾と共に卵サンドを飲み込んだ。


「どうして、本気を望みながら理由つけて逃げ続けるの?」

「っ!?」


 鋭い質問。今まで逃げてきた核心を、一気に突いてきた。のらりくらりと躱していたものに、初めてぶちあったったように感じる。

 依然として、彼女は俺を見つめる。逃げようにも、この目の前には逃げることができなかった。


「……ちゃんと、逃げずに答えて」

「えっと……」


 口がどもる。本当のこと?そんなの、言えるわけがない。言ってしまえば、きっと俺は俺に失望する。これ以上失望してしまえば、俺は何をもって俺の存在を認めればいいのだろうか。


「……聞いたよ。先生から」

「え?」

「君は、本来はもっと明るくていい子だったって。少しやんちゃで、でも先生が困るようなことはしなくて。すごくいい子だったって」

「……」


 怒るな。怒るべきじゃない。自分の心に何度もそう言い聞かせた。これはすべて、自分が招いたこと。きっと目の前の彼女も、先生に頼まれてここに来ただろう。先生を心配させ、彼女に無駄な心配を掛けさせた俺が、怒る権利なんかない。

 怒りは静まらない。けれど、表に出さないことはなんとかできた。


「あたしは、そんな君がこんなになってるなんて許せない。もっと、色々なことを頑張れるはずなのに、それなのにこうして、立ち止まっている君を、見過ごせない」

「……」

「ねぇ、どうかな?サッカーはできなくっても、あたしと一緒に短歌を……」

「いい加減にしろよ」


 え?と言って、夕夏は固まった。拳を握り締め、手だけは出さないように我慢をする。


「いい加減にしろ。何勝手に語ってんだ?色々なことを頑張れるって、サッカーずっとやってきた俺が、今更他のことを?冗談じゃねぇ、無理に決まってる!」

「渡会くん……」

「あれだけ必死にやったのに!あれだけすべてをかけたのに!その終わりは怪我だぞ……。たった一つの試合が、俺のすべてを賭けたものを終わらせたんだぞ!」


 さらけ出してしまった。もう止まれない。手を出すまいと引っ込めていた手が、ついに彼女の胸ぐらをつかんでいた。


「あんたはいいよな……挫折なんて味わうことなく、こうして頑張ってられるんだから!そんな奴が俺の頑張るとか明るいとか語ってんじゃねぇよ!」

「……」

「すべてなくなった俺が、どうやって笑えばいい?たった足一本に人生が狂った俺は、今度は何に人生を預ければいい?答えてみろよ……」

「……ごめん」


 彼女からの返答は、それだけだった。怒る権利もないのに、感情に身を任せてしまった。


「……俺はもう頑張れない」


 それだけ伝えて、部室を出ていった。口に広がる優しい卵の味が、あの無責任な後押しのように思えたから、押し込むようにいろんなものを胃に放り込んだ。あの卵は、一切消えることがなかった。

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