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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
春に実を成す恋慕
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短冊に映る景色

 夕夏と付き合い始めてから、およそ三ヵ月が経った。

 毎朝おはようと言って、毎夜おやすみという。なんかあったら電話して、何もなくても電話する。会えばその都度ドキドキして、二人でもじもじする。それがおかしくて笑っちゃって、そして手を繋いで歩き出す。

 甘くとろける時間がすべて愛おしい。これ以上なく好きだと思っていたのに、それ以上に好きになる。青天井な好意が、積みあがってしまって仕方ない。また明日も恋人なんだと思うと、本当にうれしく思う。



「……って感じっすね」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 五月某日。大学進学したひばり先輩はやっと忙しなさが落ち着いたらしく、久しぶりに会いたいと俺たちに連絡をしてきた。ひばり先輩と久しぶりに会えるという事で、俺と夕夏は二つ返事で了承した。

 そして週末。先輩は先に待ち合わせ場所に来ていた。二人であいさつをしつつなんか落ち込んだりしないだろうかとも思ったが、そんなことはなくひばり先輩はあの頃のまんま接してくれた。


「夏目先輩、大きなため息ですね~」

「そりゃねぇ夕夏ちゃん……。あーあー。私も早く彼氏ほしーよ……」


 珍しく弱音を吐きながらため息をつく姿に、俺たちは笑ってしまった。俺の前で言ったのがまずいと思ったのか、はっと顔で謝罪をしたけど、俺たちにとってはもう過ぎたことだったから特に何も言わなかった。


「そういえば、今日会おうって言ったのにはちょっと渡したいものもあったからでね~」

「渡したいものですか?」


 うん、と言ってカバンを探り始めた。やけに荷物が多そうなカバンをあれこれとまさぐり、やがてカバンの奥底から引っ張り出したのは、二枚の「景観ツアー」に参加するチケットだった。


「これは……」

「二人とも、自然の景色を題材にすることが多いでしょ?譲りものだし、せっかく有効活用できる人が身近にいるしと思って」


 受け取ると、隣の夕夏はかなりキラキラした目でこのチケットを眺めていた。このプレゼントが心底気に入ったようだ。


「近々、君たちが挑戦するって言ってた賞の参考にもなるって思ってさ」

「夏目先輩流石! ちょー嬉しい!」

「嬉しいんですけど……先輩はいいんですか?」

「いいのよ。というか……」


 ひばり先輩があからさまに淀んだ顔をした。チケットを見てみると、でかでかと「ペアチケット」と書かれていた。

「あっ……」と思う前に、先輩は何も言うなという顔をした。すごく申し訳なくなった。


「うん、いや、別にいいし。というか、最近はどうなの?短歌の調子は」


 ひばり先輩がそう聞いた瞬間。夕夏は目を光らせ、待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「んふふ。じゃ~ん! 見てくださいよこれ!」


 そういうと、夕夏はカバンの中に詰め込んでいた三か月分の短歌を机に広げた。積みあがる短冊の数は、裕に百は超えていた。


「すっごいね……。二月よりも書く量増えたでしょ」

「へへ~。まあ、あたしも先輩になっちゃいましたしね~!」

「……ちなみに、半分は息抜きで作った完全に個人用の短歌です」

「ちょっと、なんで言っちゃうのそれ!」


 どや顔が歪んで真っ赤になるのを見て、俺はけらけらと笑った。そんな俺らを横目に、ひばり先輩は短歌をいくつか読んでいた。その顔は、色々と移ろっていく。暖かな日に照らされたり、冷え込む寒さにさらされたり。俺たちの映してきた景色を次々と体験していた。


「夕夏ちゃんも香月くんも。二人ともすごい成長してるね」

「ありがとうございます」

「夏目先輩のも見たいなぁ~」


 夕夏がそういったものの、残念ながらひばり先輩は新作をあまりかけていないようだった。二人して心配したが、ただ単に忙しさでプロットどころかネタを出す暇がなかっただけだったようで、新しいものはこれからまた書き始めるそうだ。


「この『地を染める 桜花色の 花吹雪 踏んだ一歩を そっと包む』って歌は……。うん、すごくいい」

「え、えへへ~。そうですか~?」

「他の歌も、全体的に夕夏ちゃんの短歌の良さがすごく磨かれてる。夕夏ちゃんらしい、綺麗な景色が映された歌が、今まで以上に活き活きして見えてきそうだよ」

「え、えへへへへ……へへへ……」


 先輩から褒められた夕夏は返された短歌を握りしめながら喜んでいた。

 そして俺の新しい歌も見てもらった。ちなみに、この中には俺たちの文通じみた短歌が約六割入っていた。その短歌を手に取る度、すぐに横によけていた。

 先輩が目を止めたのは、春の終わりにあたる五月辺り。最近読んだ一首だった。


「……」


 その映している様子を、俺はただ黙ってみていた。春の桃を過ぎて青々と茂る木々を。柏に願いを込める風情を。大空を泳ぐ鯉の姿を。街を行き交いながら、夕夏と一緒に見ていた。そんな景色を美しいと思ったから、俺はそれを詠んだ。


「……ほぅ」


 長く閉口していた先輩の口から息が漏れた。細いけど、存在感のある声。すっかり入り込んでいた景色から帰ってきたという合図だった。


「香月くん……」

「は、はい」

「……なんか、書き方似てきたね」

「え?」


 先輩は、とてもうれしそうにニヤニヤしながらそういってきた。歌を持ちながら、気持ち夕夏の方を向きながらのような感じで言葉を続けた。


「なんか、夕夏ちゃんと書き方が似てきたからさ。いやぁ、やっぱり関わっていると似てくるのかな?」

「……気のせいですよ」


 呟く俺に、先輩はうふふと笑った。

 気のせいというが、実のところそれはめちゃくちゃ感じてるところだった。憧れだった夕夏に似てきたというのは嬉しい半分、夕夏と対等に渡り合えるのかという不安にも繋がっていた。

 先輩はすごいから。俺のそんな不安も歌から察したみたいだ。


「……大丈夫だよ香月くん」

「え?」

「今は不安かもしれないけれど、自分の言葉で作り上げるのが一番大事なことだから」


 短冊を整理し始めたのを見て、俺もそれを手伝った。その作業中に、先輩は話をしてくれた。


「もちろん、夕夏ちゃんだけじゃなくって色々な作品からの影響で自分の作品が揺らいだように思うかもしれない。でも、それでいいの」

「でも……」

「大事なのは、さっきも言ったけど自分の言葉で作り上げること。自分で考えて、悩んで、時にはふと浮かんで。自分の中で積み上げたものから生み出した言葉で作り続ける。例え影響を受けた言葉でも……」


 短冊を整理し終えた先輩は、とんとんと角をそろえて差し出した。その姿が、すごく。


「いつかそれは、君の言葉になってる」


 すごく、かっこよく見えた。

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