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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
春に実を成す恋慕
38/39

不器用な告白。二人だけの告白。

 駆けてくる姿を、俺はただ見ていることしかできなかった。胸の内に渦巻く色々な思いが、あまりにも重すぎた。


「……!」

「えっ」


 駆けてきた夕夏は、いきなり飛んだ。あまりにもいきなりのことで、俺は反応することができなかった。

 ドスンと胸に飛び込み、あの公園で泣いたときのように胸を掴んで顔を埋めた。


「……勘違い、しちゃった」

「何が?」

「香月は……香月は、あたしのものなんだって。香月が好きなのは、あたしだけなんだって」


 胸のあたりにじんわり広がる感覚も、あの時と重なった。今度は、夕夏のことを抱きしめて離さないようにしていた。


「香月は、すごくいいやつだから……。だから、みんなが惚れるのなんて、当たり前だろうに……。それなのに、勝手に嫉妬して勝手に離れて。あたしは香月から……相棒から、距離を取ろうとした」

「夕夏、それは……」

「それなのに。なのに……香月が間違えて送ってきたものに舞い上がって。間違ったものだってわかってたのに、返信して、ここでずっと待ってた」

「……」


 やがて夕夏は、埋めた顔を持ち上げた。涙にぬれたまつげが艶めかしく映る。赤く泣きはらした顔が、美しく可愛く映る。


「……香月。お願い。あたしは……あたしは、二番でも三番でもいい。バレたらあたしが責任取る。全部全部、あたしのせいにしていい。だから……」

「夕夏?」

「……お願い。あたしと、浮気して」


 俯いて震える声で、そういった。

 その言葉、顔、仕草に。ドキリと俺の心臓が跳ねた。

 それはあまりにも最低な告白だった。だけど、この言葉には、多分普通の意味なんて込められていない。込められているのは、何が何でも好きでありたいと願う思いだ。そんな思いが、あふれんばかりに込められた一言だった。それが、俺の心臓を跳ねさせた。


「ぶちょーと付き合ってるのはわかってる。ぶちょーを裏切ることになるのもわかってる。嫌だし、そんなことしてはいけないって思ってる。だけど……だけど、もうそんなことどうでもいい。だから……だから!」

「夕夏。聞いて」

「っ……」


 俺が制止すると、夕夏ははっとした顔をしてから、それから手を離した。だけど俺は、もう夕夏を離すなんて馬鹿な事しなかった。


「香月……?」

「まず。俺はひばり先輩と付き合ってなんかない」

「え……?」


 俺のその一言に、夕夏はきょとんとした顔を浮かべた。何言ってるんだというような顔だった。


「え……いや、いやいやだって、え?」

「今日気付いたんだけど……。夕夏、俺がひばり先輩と付き合ってるって思ってるけど、それ誤解だから」


 そういってもまだ夕夏は不思議そうな顔をしていた。まだ状況を飲み込めないまま、夕夏は俺の胸の中で唖然としていた。

 予想していた。どうせこうなるんだろうとは思っていた。だから最初に予定していたように、夕夏がちゃんと全部を理解できるように話すことにした。


「ずっと不思議だった。二人で一人、ってくらいには二人で短歌を詠み合っていたのに、なぜか急に距離が開いたから」

「そ、それは……」

「俺とひばり先輩が付き合ったって思ったから?」


 そう聞くと、夕夏は恥ずかしそうに首を縦に振った。


「理由はどうにしろ、勘違いされて離れられて。ずっと強がってただけで、本当は何かしたのかなとか、隣にまた夕夏がいないとか、そんなことばっか思ってた」

「……」

「……ぶっちゃけ、夕夏の匂いを想いながら自転車を漕いだりしてた」

「っ⁉」


 そういった瞬間、夕夏が俺のことをポカポカと殴ってきた。それに対して、慌ててごめんと謝った。言葉にならない声を出汁ながら俺の胸を叩く。


「ごめんごめん!だけど、うん。そんなことしちゃうくらいにはほんと、夕夏が恋しかった」

「~~~~~っ!」


 フルフルと震える腕が止まった。夕夏も俺の言葉に、どう感情を表せばいいのかわからなくなっているようだった。


「本当は今日。先輩の提案であの教室で告白しようと思ってたんだよ。それなのに夕夏、なんかよくわからない祝福だけ残して走っていっちゃうから」

「うぅ……ごめん。あの時は、まだぶちょーのこと、裏切られなかったから……」


 夕夏の頭に手を伸ばした。夕夏は気付いていたけど、それを拒みはしなかった。

 綺麗に整えた髪の毛を崩さないように、優しく撫でた。


「だから、本音をちゃんと伝えたくなった。回りくどい前説も、思い出話もいらない。ただ俺が、夕夏に伝えたい本音を、まっすぐに伝えたい」

「……うん」


 良かった。夕夏の目に、ちゃんと本気だと映ってくれた。

 深呼吸一つ。息切れの脈打ちとは違う、緊張から来る、締め付けられるような脈打ちが体全体を震わせ始めた。

 夕夏と目を合わせる。上目遣いで見上げる夕夏の顔は、二人で見ていた紅葉よりも紅く、艶やかに色づいていた。



 一陣の風が、どこからか桜の花弁を運んできた。花弁が渦巻く中心が、世界の中心を示すように俺たちを目立たせた。


「本気で。俺は夕夏のことが大好きです。だから付き合ってください」


 遊楽を往来する群衆の中で。俺はやっと、夕夏に本当の気持ちをさらけ出すことができた。

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