嫉妬の絡む憤り
二か月後。一月に入り、寒さが一層厳しさを増したというのに文芸部の部室は熱を帯びていた。
今日は、俺と夕夏が応募した「我が町自慢!我が町短歌コンテスト」の結果発表の日だ。ひばり先輩と俺と夕夏でその結果が張り出されている応募サイトを見る約束をしていた。
だけど、俺の心臓は至って普通に動いていた。それは強がりじゃなければ、結果を確信しているからでもなかった。この賞の結果よりも数百倍夕夏のことが心配だったからだ。
あの日以降も夕夏の鏡は曇ったままだった。二人で短歌を詠んでいると、それが顕著にわかる。
大丈夫か?と何度も尋ねた。辛いこととか悩み事とか、そういったことは一人で抱えないでほしかったから。だけど夕夏はいつも
「大丈夫。香月に話すわけには、いかないから」
と言って俺の差し伸ばした手をそっと振り払った。
そうして日に日に落ちていく夕夏のパフォーマンスを案ずるがあまり、俺のパフォーマンスも落ちだした。夕夏はそれを心配するが、続いて俺が夕夏を案ずると夕夏のパフォーマンスが落ちる。二人の間で、そんな負のループが発生し始めた。
すっきりした活動ができぬまま、気が付けば二か月前に応募した賞の結果が発表される日になった。あの時から格段に質の落ちた短歌を抱えながら、俺は部室に走っていったのだ。
「じゃ、二人とも。見るわよ……」
「はい」
「……はい」
見れば、夕夏の手は震えている。俺も足が小鹿のように震えていて、俺と同じで夕夏も不安なんだなと思った。
ひばり先輩が検索欄の一番上にあるサイトにマウスのカーソルを合わせた。きゅっと目を瞑りながら、マウスのクリック音を聞いた。
ホイールを回す音が二階響き、その音が止まった。どうだと思う前に、ひばり先輩がキャーと言いながら俺の体を激しく叩いた。
「入ってる!入ってるよ香月くん!」
「え……」
目を開くと。銅色の図形の中に書かれた『入賞 「木枯らしに 舞う花吹雪と 椿の香 紅い花弁が 心奮わす」 渡会香月(十六)』という文字があった。
入った。入賞した。俺の描いた短歌が、誰かに認められた。
周りにいた部員たちは、そのことに大声を出して喜んでいた。自分のことじゃないのに、ハイタッチして、俺のことをたたいて喜んでいた。
ただ二人。俺と夕夏を除いて。
喜ばなかったのは、優秀に入っていた木梨秋菜の文字が目に入ったからじゃない。最優秀が明らかにひいきされているようにしか見えなかったからじゃない。
もっと単純。入賞者の中に、全くどこにも「艾夕夏」と書かれた図形がなかったからだった。
「やったね香月くん!」
「え、あ……えと……」
反射的に夕夏のほうを見た瞬間。夕夏は満面の笑みで手を差し伸ばした。
「おめでと!いや~、負けちゃったや」
「夕夏……」
ん!と言って差し伸ばしたその手を、俺は握り返すことができなかった。
悔しい。その手、その体はそう叫んでいた。肩が震えて止まらない。差し伸ばしていない方の手はスカートを握りつぶして、目じりはうっすら濡れていた。
周りの声がすべてシャットアウトされる。もはや俺の目には、悔しさを必死に隠す夕夏の姿しか映らなかった。
だから、乱暴に開けられたドアにも、目を向けることはできなかった。
部員全員がドアを見て固まっていた。まるで、見知らぬ人間がやってきたかのように。
「……艾夕夏を出せ」
その声で、俺と夕夏はドアのほうを見た。文芸部に押しかけてきたのは、木梨秋菜だった。
彼女は俺たちを見るや否や、部員たちに構わず、その小さな体躯で部室の中に押し入ってきた。
夕夏の目の前に止まって、顔を上げたことで彼女が今にも泣きだしそうな顔をしているのに気が付いた。
涙を浮かべながら、その目に宿る炎はゴウゴウと燃え盛っていた。
「……見せろ」
「……何が?」
「見せろ。お前が応募したものを」
夕夏は一瞬躊躇って、カバンから一本の短冊を取り出した。
秋菜はそれをひったくるように奪い取り、それを見た。目を通して、徐々に方が震えだす。短冊を握る力がこもっていき、紙からぎちぎちという音が鳴りだした。
「……ふざけるな」
「はっ……?」
「なんだこれは……本当にお前はこれを送ったっていうのか⁉」
秋菜の激昂したその問いに、夕夏は首を縦に振った。そうした途端、秋菜は顔をふっと落とした。
プルプルと体を震わす秋菜。俺たちは何も言うべき言葉が見つからず、その姿をただ見ていた。
すると突然、秋菜はその手に持つ短冊を折り始めた。一回一回呻きながら折る姿に、止めようにも誰も体が動かなかった。
「お、おい!何を……」
「ふざけるな!こんなの違う……!こんなのお前の短歌なんかじゃない!」
体を震わせながら文化部らしいその貧しい力で色紙を捻りつぶしていく。夕夏の努力の結晶をだとか急に押し入ってだとか、そういった感情は周りだけが抱いていた。
やがて、小さくなった短冊を床にたたきつけた。踏みつぶすかとも思ったが、どうやら夕夏の心をへし折るのが目的じゃなかったようだ。地面にへたり込んで俯き、よく聞けばしゃくりあげながら泣く声が聞こえてきた。
「……ボクはこんな歌を超えるために、全部投げうったんじゃない……こんな駄作に必死に食らいついたんじゃない‼」
「……」
やがて、他の部員が彼女をつまみ出そうとした。小柄な体躯は、いとも簡単に持ち上げられ、入口に引きずられていった。
じたばたともがきながら、ずっと悔しさを叫んでいた。その姿を、俺と夕夏は一切目をそらさずに見ることしかできなかった。その中で、去り際に残していった言葉が、特に強く刺さった。
「艾夕夏!こんな勝ちなんか認めない……こんなのでお前が植え付けた呪いが消えるもんか!」
聞いてるのか。ふざけるな。そんな怒号が、閉じられた部室のドアの奥から遠のいていった。他の部員は唖然としている中で、俺は夕夏のことを見ていた。
「……はは」
「夕夏?」
「……」
呟いた声が消えるタイミングで、夕夏はこの部屋を飛び出した。
さっきまでのお祝いムードなどとうに消え去っている。一滴の涙と、二人分の悔しさに潰された短歌を残して、俺は夕夏のあとを追いかけた。




