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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
秋が静かに、夏を越すため目を光らす
32/39

曇る眼を拭えぬまま

 全力を出して短歌を描いたら、なぜか妙に疲れを感じた。目の付近が重くて、疲労感がどっと押し寄せてきた。

 眉間のあたりをマッサージしつつ、俺は学校へと戻る道をたどり始めた。出すものは決まったから、あとは部室でこれを応募し、正式に文芸部員の作品として賞に応募するだけだった。


 あれ以降、秋菜の姿を見ることは一切なかった。この山は彼女の鏡にはきれいに映らなかったのか、それとも別のモチーフを見つけたのか。知る由もないが、心の中でひっそりと後者であってくれと願った。

 ふと携帯を見ると、帰るには少し早いのに気が付いた。夕夏はまだ駅にいるだろう。

 そう思い、俺は夕夏のところに行こうと思いたった。山から駅まで数分。多分今から向かっても夕夏は駅にいるだろう。

 俺は大事に短冊をカバンにしまい、駅を目指して歩き出した。椿の香りの効能か、俺のほほが赤らんでいるような感覚を覚えた。


 駅に向かうと、短冊を片手に持った夕夏を見つけた。ペンも持っているのを見るに、多分まだ仕上げ切ってはいないのだろう。

 だから、遠くからその姿を見ながら俺は待つことにした。自販機で買ったココアをゆっくりと飲みながら、一生懸命になる彼女の姿を見ていた。

 かなり冷え込むというのに夕夏は体を動かすこともせず、ただじっと景色と向き合っていた。

 もし終わったら何か温かいものでも買ってあげよう。そう思いながら待っていると、夕夏と目線が絡まった。

 数瞬の硬直。そのあとパッと明るい顔をして、その顔が少し曇った。

 また、か。そう思いながら、俺はここに駆けてくる夕夏を見ていた。


「香月!どーしたのさこんなとこで」

「夕夏いるかなって思って。てか、できたの?」


 そう聞くと、顔を少ししかめて笑顔を浮かべた。クシャッとした笑顔すら絵になるのは夕夏がすごいのか、恋が盲目なのか。


「ん~、あとちょっと。ごめん、ちょっとだけ待ってもらってもいい?」

「うん。ちゃんと納得できるもの作りな」

「ありがと!」


 夕夏はそういうと、またこの駅周辺を映した。

 だから、そこで気が付いた。夕夏の持っていた眩しいまでの鏡が、若干曇っているように思えることに。

 それを言おうとする前に、夕夏はその歌を書き上げた。


「……よし!できたよ!」

「えっ、ああ……」


 とてもいい返事ができなかった。けど幸い、夕夏はそれに気づかなかった。自身が詠んだ歌に対する集中がまだ切れてなかったからだ。


駅募る 若人たちの 喜怒哀楽 私の哀憐 ここに募る


 その一首は、ただ作ったのなら多分いいものに映るだろう。けどそれは、今回のお題に沿っていないように思えた。


「ねえ、夕夏これ……」

「艾夕夏!」


 それを伝えようと思った瞬間。後ろから自信に満ちたその声をぶつけられた。

 二人してバッと振り返ると、あの時の少女、木梨秋菜がこちらに向かって歩いてきていた。


「え、誰知り合い?」

「え、知らないの?」


 てっきり二人は顔見知りだと思っていたから、夕夏のその問いかけに思わずそう聞いてしまった。キョトンとした夕夏の顔を見ているうちに、目の前まで秋菜は来ていた。

 目の前に来るなり、彼女はその手で夕夏を指さし、まるで宣戦布告でもするかのように目をぎらつかせた。


「……断言しよう。ボクはこの賞で君を超す」

「えっと……?」

「あっと……他校の、木梨秋菜さん。俺らと同じ、文芸部に入ってるんだって」

「……ふ~ん?」


 俺がそう紹介すると、夕夏は俺に対して顔をしかめつつ秋菜に笑顔であいさつした。

 夕夏がむくれて顔をそっぽ向け、会話にならなそうだったが、秋菜はそこから言葉を続けた。


「……ボクが信じて進んできたこの道が正しい。それを証明してやる」

「えっと……」

「首を洗って待っとけ艾夕夏。お前を超えてこの屈辱も嫉妬も全部全部拭い去ってから逃げてやる」


 言いたいことだけ言ったような感じで、秋菜はその場を去っていった。胸を張るその姿は、雄大でいて少しだけ、不安げでもあった。


「……頑張れ……?」


 夕夏は蚊が鳴くよりも細い声でそう呟いた。終始何が起こったのかわかっていないようで、目には?マークがたくさん浮かんでいた。


「よ、よくわかんなかったけど、まあいっか。じゃああたし学校に戻るから!」

「え?」


 待って、という間もなく夕夏は去っていった。逃げるように走るその姿に、胸のあたりが嫌に跳ねた。思わず胸を抑える程に。

 多分夕夏は、あの歌を選ぶのだろう。他の歌がどうなのかはわからない。けど最後に着地した歌があの景色なら、どれも大差ないものになっているのだろう。

 そうしてよぎった嫌な予知。振り払うことなく、ほぼ確証に近いその予想に、俺はこぶしを握った。



 そうしてその確証は現実になった。



 二か月後の発表の日。夕夏は、入賞していないことを知った。

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