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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
秋が静かに、夏を越すため目を光らす
31/39

覚悟の決意が希望の決意に歯を立てる

 決意を握りしめること。それには、多分数えきれないほどの種類があると思う。


 窓の外を次々移ろうこの街を見ながら。次の停留駅への案内を聞きながら。隣にいてほしい金木犀の匂いを想いながら。そうしながら自分の握りしめた決意を見てみた。

 光り輝く未来を望むそれは、花畑のように優しく輝く。その優しさが、今はなんだか弱弱しく見えてしまった。夕夏と共に育んできたこの決意が、あの暴力的なまである決意に飲み込まれて燻ぶって消え去ってしまいそうに見えた。


 それがたまらなく。たまらなく、たまらなく、たまらなく悔しかった。夕夏と一緒に歩いた道を、否定されたと感じてしまったのが悔しかった。お前のその考えは間違ってて、本当に握りしめるべき決意はそんな復讐みたいなものじゃないって言いたかった。

 けれどそれが、出なかった。口から出る前に、あの少女は俺の隣を過ぎていった。

 見境ないあの鏡は、恐らくこの世界をどんだけ脚色することも躊躇わない。この世界を美しく映す鏡を、彼女は知識を積み上げることで描ける虚構でその鏡を壊そうとしているのだ。あの熱意から伝わるその意思は、燃え上がるように見えるのに酷く冷たかった。


 そんな風に見えてしまったら、俺の固めた決意なんて幼稚で覚悟と呼べない覚悟を振りかざしているだけのおままごとのような決意のように思えて仕方がなかった。目標のためなら。いや、目的のためなら身の回りのもすべてを投げ捨ててしまうくらいの決意を前に、俺は完全に怖気づいた。

 きっと、俺が捨てたものよりも多くのものを捨てているのだろう。尊厳とか、自尊心とか、彼女からすれば自分を高めるのを邪魔する邪魔なものでしかないのだろう。それに比べてしまえば、俺なんか……。


 そこでやっと、考えすぎて自己嫌悪が止まらなくなってるように感じられた。こんな時に、俺はいつも情けなく夕夏の言葉を求めてしまう。夕夏が大丈夫だと言ってくれるだけで、根拠もなくそれを信じられる気がするのだ。


 ただ、なんだか最近夕夏の反応が良くないように感じる。前までは、部室で二人きり、なんて当たり前だった。だけど最近は、夕夏がその状況を必死に避けようとしているように思う。テーマを決めた初日のグータッチも、実は俺が差し出した手を見て少しためらうような顔をしていた。

 何というか、急に夕夏の存在が遠くなった。いつも通りに話せはする。だけどそれも、何かを気にしながらそれでも不信感を与えないように、みたいな感じで。前までの関係性が夕夏を怒らせてしまったあの日から戻せない。


 いっそ、ひばり先輩に相談するかとも思ったけど、なんだかそれは違うような気がしてそれを行動に移すことはなかった。


「次は~○○~○○~」


 色々と思いを駆け巡らせているうちに、目的の駅に到着した。結局答えも何も出なかったが、降りないといけないから仕方なく考えるのをやめた。それでも、頭の片隅にはずっとあの危ない決意がのしかかって離れなかった。



 それから一か月程度、俺たちは各々映したい景色を短冊に収めていった。


 色々な短歌ができた。椿を収めた一首や木枯らしに吹かれる景色を収めた一首など。この山のありとあらゆるものを映し、短冊に収めていった。映しては書いて、また映して書く。そんなことを繰り返すうちに、この山の全体が目に映るようになっていった。

 遠く見た時。近く見た時。花に触れたり土を踏みしめたり。徐々に輪郭を帯びていったこの山は、間違いなくこの街の自慢できる山だ。

 期限は明日。今日で、賞に応募する一首を決めなければならない。そう思うと、なんだか緊張で筆が震える。


「スゥー……なんか、審査されるんだって思うと途端にドキドキが……」


 試合前に感じていたワクワクに似たドキドキがする。実力が発揮されるのが楽しみで不安な証拠だ。

 今まで映してきたすべてを、短冊の中に収める。あの暴力的な決意から読まれる一首が、どんなものなのかわからない。わからないけど、あれに勝つためにはこっちも出せるものはすべて出すしかない。



 綺麗な世界を映す。そのポリシーを胸に、この綺麗な山の景色を短冊に収めるために俺の持つ鏡にこの山を映した。



 木枯らしに揺れるロウバイと椿の花。そこから香る紅茶のような香しい匂い。冬なのに春のような花景色。この花吹雪と香りを、この短冊に注ぐのだ。

 頭に浮かべ、短冊に書いて、その言葉を洗練させる。重ねれば重ねるだけ、そこにはこの山が注がれていく。

 思い通りにならないこともある。心労からすべてを投げ出したくなってしまうこともある。だけどこうして美しい景色があるなら、そんなこともいつかは晴れる。だから、もしそういう壁にぶつかっているのなら、この景色を見に来てほしい。

 いつだって希望の光を照らしてくれるこの山が、俺の届ける「我が町自慢」だ。


「……できた」


 そうして出来上がった一首を、俺は短冊にきちんと書き起こした。



 木枯らしに 舞う花吹雪と 椿の香 紅い花弁が 心奮わす



 俺が握りしめた決意で映したこの景色。せめて、あの鏡にだけは負けたくないと、そう思った。

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