優しい勧誘に輝きがあるから
次の日も、俺は先生と共に部活動入部届とにらめっこしていた。様々な部活を薦められるが、どれも足がネックに思えて手が出せないでいた。
どうせやるなら、本気でやりたい。本気で頑張れる何かを見つけたい。
そう思えば思うほど、部活動をすることに手が出せなくなっていった。どうせ、本気でやれないさって、心が囁いてくる。本当は、もう本気を目指せるものなんてないってわかっているのに。俺は、ほぼやけくそのように本気に固執していた。
「う~ん……。ねえ、香月くん。それなら、これならどう?」
「これ……?」
そういって先生が出したのは、文芸部の入部案内だった。執筆や読書、ボードゲームなど、割と自由度が高いというのが、売りらしい。
「これ、どう見たってお遊び部活じゃ……」
「それがね、あなたと同学年の艾夕夏さんって子が、本気で短歌と向き合っているみたいでね」
本気、という言葉を、先生は強調した。本気で取り組むことができるんだというアピールだろう。先生は、俺のことを全くわかってない。
「……そう、ですか」
「ねぇ、どう?私からも、彼女はとてもいい子よ。きっと、あなただって本気で取り組めるはず」
「……」
断ろうと、思った。無駄ですよって言って、突っぱねようと思った。けれど、昨日木々を眺める女生徒が頭に浮かび、それを止めた。足元に転がってきた色紙には、数文字の文章が綴られていた。きっと、あれが何かわかっている。
そして、それを綴った彼女の顔を思い出した。彼女の立ち姿に、俺は最初魅入っていた。キラキラしてるように見えず、目の前に広がる景色を映す鏡のように見えていた。
「……」
結局俺は、その申し出を断ることができなかった。先生に促されるまま、俺は文芸部の部室に向かった。
部室棟の部室しか見たことがない俺にとって、文芸部の部室は新鮮なものだった。
校舎の4階に位置していて、前には靴箱も部活道具もない。ただ部屋が一室、そこにあるだけだった。
「ここよ。大丈夫、部長には話を通してあるから」
「ありがとう、ございます」
歯切れの悪い感謝を述べ、少し緊張気味にドアを横に滑らせた。
開いたそこには、長机が真ん中に置かれ、壁際には本棚と共に本がずらりと並んでいた。部室という割にはあまりにも質素。何にも道具がいらないにしたって、ものが少なすぎると思った。
部屋の中には、椅子に座って本を読む生徒が2人に、パソコンをカタカタと打っている生徒が1人いた。俺が入ってくるのに気が付くや否や、本を読む生徒が一人、立ち上がって近づいてきた。
「あなたが、花山先生の言っていた?」
「えっと……。渡会、香月です」
そう自己紹介して、すぐに目線をそらした。ブロンドの髪を下した彼女は、西日も相まって眩しかったのだ。後ろから入ってきていた先生は、少し慌てた口調で俺のことを説明し始めた。
「渡会くんは、前はもっと明るい子だったんだけど……」
「へぇ……」
先生のその説明に、俺は苛立ちを表した。後ろの先生にはそれに気が付く様子はない。それに気が付いたのは、目の前にいる彼女だった。彼女は、少し困り顔をしながら
「先生。ここからは、私が案内するので。先生は、職員室に戻ってもらっても構いませんよ」
「そう?じゃあ、その……。お願いね」
そういって、後ろからドアの音と共に人の気配がなくなった。ここにいるのは、生徒4人。目の前の彼女、座って本を読む男子、パソコンを打っている少女、そして何も目標のない俺。
目の前の彼女は、その机にあった椅子を俺に差し出した。杖を置き、片足でゆっくりと座って向かい合った。
沈黙から生まれる空気の悪さを払拭しようと、彼女が口を開いた。
「あー……。私は、夏目ひばり。一応文芸部の部長をやってる3年生よ」
「あ、うっす」
空気の悪さに何の関係もない彼女に少し申し訳なさを感じて、歯切れの悪い返事を返した。彼女が、先生の言っていた話を通してある部長だった。彼女は、何をすればいいのかという顔でおろおろしていた。
「あの、ここは何をする場所なんですか?」
だから仕方なく。俺から質問をして話を聞こうと思った。
よほど俺からの質問が嬉しかったのか、ひばり先輩は笑顔で質問に答え始めた。
「え、えっとね!基本的には本を読んだり、本を書いたり、とにかく卓上でできるものを中心に取り扱ってるかな!あとは……」
それから、ひばり先輩は色々と教えてくれた。部活内容、部員の傾向、部費の説明。部長ってこともあって、部のことはすごく詳しかった。
説明している彼女のことを見ていたら。段々と腹が立ってきた。キラキラした目が、高揚する口ぶりが、その一挙手一投足すべてが俺からなくなったものを強烈に押し付けてきていた。
「……ってことになってぇ……」
「あの」
「なに?どうしたの?」
「……もう、大丈夫です」
いたたまれない。青春のコンプレックスが痛すぎる。もうきっと、俺の心は頑張る踏ん張りを利かせる力がなくなっていたんだ。我ながら、そんな自分が嫌だ。
立ち上がり、杖を頼りにくるりと背を向け、部室を後にする。呟くようにあ……と言ったひばりを、俺はもう見ない。本から目をそらして冷ややかな目を向ける男子の顔も、パソコンを打つ手を止めて嘲笑する女子の顔も、俺は見たくない。
扉に手をかけ、横に滑らす。もう二度と俺はこの部活と関わらない。部室のことを知ったのも、無駄だった。
もう二度と、俺は頑張ることができない。その事実が、俺の肩をたたいたような気がして、目柱が熱くなった。
「……ごめんなさい。でも、無理です」
「え……」
目の前が、真っ暗に見える。目の前に広がっているはずの景色が、認識できなかった。
だから、気が付かなかった。一歩踏み出した瞬間、体に強い衝撃が当たった。不自由な片足立ちでは踏ん張れず、割と心配を掛けそうなくらいに、派手に転倒してしまった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
ドサッ!という音が、二回聞こえた。急な衝撃が、そこまでに抱いていた劣等感をはじき出した。
開けた視界の先、倒れている女子が一人。ぶつかってしまった相手だろう。立ち上がり、青ざめた顔で急いで俺のもとに駆け付けた。
「だ、だだだだ大丈夫ですか!!?」
「ってぇ……」
ズキンと痛む足を抑えながら、何とか立ち上がろうとする。ぶつかった彼女は、俺が立ち上がるのに手を貸した。柔らかな手に支えられる感覚が、羞恥心を与えた。
「あの……すんません、前見てなくて」
「いやいや!むしろ、私のほうが見てなかったから……。ほんっとうにごめんなさい!」
なんだそれ。なんて思いながら、ぶつかった少女のほうを向く。一本に括った髪の毛に、昨日の記憶がフラッシュバックした。
「君は……」
「ん?って、ああ!君昨日の!」
昨日は凛々しく木を見ていた目が、今日は朗らかに俺を見ていた。




