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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
秋が静かに、夏を越すため目を光らす
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椿の赤、唐梅の黃、そこを歩く不敵な笑み

 夕夏に対して思ったことは、どうやら俺の思い過ごしだったようだ。そう思ったのは、夕夏の態度が変わることが無かったからだ。朝目を合わせれば雑談を交わす。お昼ご飯も一緒に食べるし、部活も一緒だ。

 悲しげな眼は、俺の勘違い?

 なぜあのタイミングでそんな勘違いをしたのかは甚だ疑問だが、とりあえず問題はなかったようだ。


「う~ん……」


 そして、その夕夏はというと、先ほどからずっとパソコンとにらめっこして唸り声をあげていた。

 事の発端は数日前。ひばり先輩との一件が決着した日から三日後くらいに、ひばり先輩から提案されたことがきっかけだった。


「香月くん。夕夏ちゃん。この部活に来て、日々文芸を極めていったと思うんだけど、そろそろその力を発揮する機会でもどうかな?」

「発揮する機会、ですか……?」


 俺が訊ね返すと、先輩はゆっくりうなずいた。


「うん。運動でも音楽でも文芸でも。なんでも極める人がいるものには、必ずと言っていいほど評価の場が設けられてる。それは、あなたたちが向き合っている短歌も例外じゃない」


 そういいながら、先輩はスマホを操作してとある画面を見せてきた。


「今度ね、この街をテーマにした短歌の募集があるの。高校生も対象に入ってて、参加もしやすそうだし。どうかなって、思って」


 そこに映し出されていたのは「我が町自慢!我が町短歌コンテスト」と書かれたホームページだった。過去の受賞作や、今年の開催期間。そのほかコンテストに参加する際に必要なものや参考になるもの等がそのサイトには載っていた。

 俺たちは、部活のたびに外に出て、町の色々な部分を映してきた。だから、俺たちにとっては最も戦いやすいテーマで、それでいて最も選択肢の多いテーマだった。


 戦える。これなら、素人の俺でもきっと戦える。

 自然とそう思えた。隣に立つ夕夏を見てみると、夕夏も同じような目をしていた。それを見て、俺はその提案に乗った。


「俺、やってみます。やってみたいです」

「あたしもあたしも!あたしの短歌がどんなふうに評価されるのか気になるし!」

「そう。なら、二人とも期限に間に合うように短歌を作ってきてね。応募の方法とかは、わからなかったら教えてあげるから」


 そういって、先輩は満足気に執筆に戻った。


 我が町自慢をするうえで、今一度地元の有名なところや特徴を知っておかなければならないと思った俺たちは、パソコンを利用してそれについて調べていた。その過程で、夕夏は唸ったままパソコンとにらめっこを始めてしまったのだ。

 ただ、夕夏の気持ちはわかる。ネットに俺らの住む町のホームページがあったからそれを読んでみたのだが「典型的な田舎」というような特徴しかなかった。田園があるとか緑が多いとか、そんなことより売る部分があるだろうと思うのに。


「これだったら、ネットで『田舎 田園風景』で検索した画像を詠んでも出来上がりそうだよ……」

「なんだか、地元の地元愛の薄さが見えて透けるのって寂しい……」


 う~んう~んと唸り続ける夕夏。どうしたものかと思い、思考を巡らせた。

 そこでふと、閃いた。何も、地元自身が言っていることだけじゃなくたっていいじゃないかと。

 俺は公式のホームページを閉じ、地元の名称の右に「口コミ」と入れてみた。この街に対しての評価や足を運ぶ手立ても立派な町自慢に繋がるはずだ。


「……ん?」


 そうして開いた口コミに、俺の目が留まるようなことが書かれていた。


『○○市で衝撃の出会い!ここが日本一の冬景色』


 それは、見知らぬ誰かの観光記録だった。ここら辺で少し有名な山を見に行った際の感想が書かれており、育っている木の種類などが多く説明されていた。


「ロウバイ、ツバキにクリスマスローズ……。数年前に絶景を作るって言ってたけど、こんなにきれいな山になってたんだなぁ……」


 恐らく記事を書いた本人が取ったであろう写真を見ながら、その美しさに目を見張った。幼少の記憶にあったあの山は、ここまで綺麗な冬景色を作り上げていなかった。それが今や、ここまで綺麗な山になってるとは……。

 その景色を詠むことは、俺たちが目指す歌人像に近しく思えた。目の前に映る景色に、こんな絶景が広がると嬉しいな、と思えた。


「……うん。これにしよう」


 俺は、この我が町自慢にこの山を推薦しようと思った。他の歌人たちがどんな歌を詠むかはわからないけど、この山の美しさが勝てたらいいな、なんて思った。


「香月、何詠むか決めたの?」

「うん。俺は、この山を詠もうと思う」

「い~ね~。あたしはね、街の風景にしようって思うよ」


 そういって、彼女は駅前の学生通りを見せた。この街で一番暖かいのは、学生たちを受け入れ、育むこの通りなんだって胸を張っていた。

 互いにテーマを決めたら、そこから先はしばらくのお別れだ。歌を詠むため、現場に向かってその景色をできる限り鮮やかに写すことに専念するのだ。

 頑張ろうぜ。二人でグータッチを交わし、二手に分かれた。俺が選んだ場所は、ここからさほど遠くにない。



 着いたそこでは、すでにぽつぽつと花が芽吹いていた。冬に花の咲く景色が見れるなんて思っていなかったけど、こうしてみると圧巻されるものがある。


「へぇ~。本当に、久しぶりに見たけどすっごくきれいになってる」


 山化粧という言葉がすでにあるのがもったいない。人の手によってかもしれないが、閑散としていた冬の山景色を艶やかに見える木々の花によって美しく彩られていた。


「あるいは、整形……うん、なんかあんまりいい例えじゃないけど……」


 その比喩がきっと、一番しっくりくる。形を変え、より美しい方向に。やっていることは多分、整形と変わらない。でも、例えそうして作られた景色でもこの景色は誰にとっても美しい冬景色に見えるだろう。桜のように花が舞うことはなくっても、首をなぞるような冷気と共に凛々しく咲く花には、また違った美しさがある。


「……第一印象は、本当にきれいになった景色……。あ、すごくいい匂い。この山の花の匂いかな?」


 想いを馳せるように目に映る世界の解像度を高めていく。木々の輪郭を覚え、香る花の匂いをたっぷりと吸い込む。風に揺らめく山の音を聞きながらやわらかい花弁を指先で感じた。


「すっげぇ軽い……。雲見たいだな」


 燃ゆるような花弁をふらふらと揺らしながら、紅茶のようなかぐわしさを振りまく。こんな花がありながら日本にはどうして紅茶の文化は生まれなかったのかが謎だ。それから、辺りを散策しつつこの山のぼんやりとした全体像を見渡した。明日以降は、この景色をうんざりするほどゆっくりとじっくり見ていくのだ。


 冷え切った地面を踏みながら山を眺めていた。眼前は春、しかし冷気はまさに冬。季節を先取る景色に感嘆を漏らしていた。

 そうしていると、前から人影が歩いてきた。同じようにこの景色を見に来たのだろう。

 徐々に近づいてきて、その人影の正体に驚いた。目の前から歩いてきたのは、制服を着た他校の女子高生だった。マフラーを身に着け、俺と同じように短冊を握りしめて山の景色を映していた。


「あ」

「……あっ」


 ついその姿を見ていたら、その女子高生と目が合ってしまった。相手も同じく、俺の姿を見て目を見張っていた。

 数瞬の沈黙。俺たちは、きっと同じことを考えていた。


——この人は、ライバルだ。


 一瞬で、彼女のことが景色から切り離されて目が釘付けになった。二人の間に広がる沈黙を破ったのは、彼女だった。


「……君も今度の我が町自慢に出るの?」

「も、ってことは君も?」


 ジト目をして呆れたような息を漏らしながら


「質問してんのこっちなんだけど」


 と言った。ちょっとめんどくさいなんて、全然思ってない。


「まあいいや。ボクは木梨秋菜。文芸部所属の高一さ」


 腰に手を当て、秋菜と名乗る人物は胸を張ってそういった。

 自信満々なその姿に呆気をとられていると、やがて秋菜は訝しむような目をした。


「……ほら、ボクはちゃんと自己紹介したよ。君はしないつもりかい?」

「あ、そういう事」


 俺がそういうとあからさまに機嫌が悪そうに眉間のしわを寄せた。これ以上怒らせることをしたくないので、普通に答えることにした。


「俺は、渡会香月。君と同じ、文芸部所属の高一だよ」

「ふ~ん……ん?」


 俺の名前を聞くなり、彼女は考え込んだ。俺の名前に聞き覚えなんて、あるわけないだろうに何を考えることがあるのだろうか。そう思っていると、次に口を開いた彼女から、驚きの言葉が飛び出てきた。


「……香月、って。君他校のサッカー部じゃないの?」

「……え?」

「ほら、渡会香月ってさ。サッカー部に来た期待の新人って言われてる」


 思わず、この目を真ん丸にしてしまった。彼女は、気が付いたと言わんばかりにその口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。その姿が、なんだか強大な壁を見つけたような錯覚をさせてきた。

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