見えた輪郭。誤解の疑念
二人並んで校舎から出ると、そこにはひばり先輩がいた。ソワソワと落ち着かない様子だったが、並んで歩く俺らを見て泣きそうな笑顔で安堵していた。
これ以上謝罪を並べず。また俺たちは前みたいに雑談を交わした。俺はすごく心地よかったし、きっと夕夏もおんなじだろう。
自転車を押して校門まで向かう。そのまま、俺たちと先輩とで道が分かれるところまできた。
「じゃ、また明日ねぶちょー」
「お疲れさまでした。また明日です」
そういって手を振る夕夏と俺。先輩は去っていこうとして、その場で留まった。
二人でどうしたんだろう?と思うや否や、ひばり先輩が振り向いた。
「……あのね、まだうまく言い表せはしなさそうなんだけど……。挫折って、どういうことかが分かったと思う」
「えっ……それって」
コクンと首を縦に振った。その目は、すっきりとしている。
「二人を見て、それから色んなお話を読んで。挫折って、ただただ落胆して絶望するだけじゃないって、思った。挫折が挫折たらしめるのは案外、その先に光があるから、なんじゃないかなって」
ゆっくりと言葉を紡いでいく。その様を、俺たちは静かに聞いていた。そんな俺らに、ひばり先輩は、ちゃんと誠実に答えようとしてくれた。
「……立ち直れない挫折は、ただの絶望以外の何物でもない。だけどその先に、何か立ち上がれるものがあるから。人は、その過去を挫折って呼べるんだと、思う」
「先輩……」
「ぶちょー……」
二人して、感嘆の呼名をする。そうか、そんな考え方があったか。
今までずっと、暗い地底の底のようなものしか見た来なかった。だけど確かに考えてみれば、俺は短歌に出会えなければあの経験をきっと挫折と呼ばなかった。恩師に合わなければ夕夏はきっとバレーの経験を挫折と呼ばなかった。
俺たちは、過ぎ去った過去ばかり研究して肝心な先を見ていなかった。そっか。こうして立ち直っているからこそ、あの過去を挫折と呼べるんだ。そう思うと、あれだけ不鮮明で霧散していた挫折が急にはっきりと輪郭を持った。
ありがとうね。そういって、先輩は去ろうとした。その姿を見送ろうとみていると、先輩は急にターンをして戻ってきた。
「え?ぶちょー、どうしました?」
「……そういえば、って思って」
「ん?」
なんだろうか。そう思っていると、先輩は急に俺の耳元に顔を近づけた。
襟付近を引っ張られ、顔がグイッと持っていかれる。
「えっ」
一瞬、もしかしてと思った。だけど先輩は知っているはずだ。だから、なんでそんなことをと思った。
けど先輩が耳元でささやいた言葉で、何を企んでいたのかが分かった。
「夕夏ちゃんとのこと。私に任せてね」
「なっ!?」
ふふんと笑い、いたずらな笑顔を浮かべながら去っていった。その姿を、俺は照れ笑い気味に見送った。
あの先輩が、どんな風に助けてくれるんだろうか。少しだけ楽しみになった。
「……じゃ、帰ろっか」
「……」
隣から、返事がなかった。どうしたんだろうと思って横を向くと、夕夏がこちらを見ていた。
一瞬、その顔が酷く傷ついたように見えた。だけどすぐに笑顔を取り戻し、相槌を打って帰路を向いた。
その様子が、すごく気になった。なぜ、いきなりあんなに泣き出しそうな顔をしたのか。
「……なあ、どうした?」
「へっ!?なにがっ?」
「あ、いや。なんかおかしいていうか……。てか、声めっちゃ上ずってるけど」
そう聞くと夕夏は少し前に出て顔を隠した。その顔がまた傷ついている顔をしていたらと思うと、気になって仕方がない。
「なぁ、ちょっと。どうしたんだよ」
「な、何でもないよ。ね?ほら。聞かないほうがいいことってあるんだよ」
わかりやすい動揺だ。今までそんなこと、言ったことが無いじゃないか。
「なんでもないわけ……」
「ほら。もう寒いし帰るよ。はぁ~。全部うまくいってよかった~」
そういって、夕夏は歩きだした。その姿を一瞬だけ、俺は追いかけることができなかった。
夕夏の言葉が震えていた。上ずっていたのに加えて震えていた。それが俺に嫌な仮説を立てさせ、追いかけるのを躊躇わせたのだ。




