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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
辛苦の拒絶=過去の否定
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ただ自分らしく寄り添う。それだけでよかった

「……お疲れ様です」


 空虚な部室に心無いその言葉を吐き出した。お疲れさまという相手もいないのにという思いが、心を沈ませる。今日もまた、あの二人は来ていない。

 どうせ来るわけないのに、なんてひねくれた心を否定したくない。そんな思いから俺は必死に二人を待っていた。他の部員は暖房の点いた図書室で活動していた。それでも俺は、冷え切った部屋の中をそれでも耐え忍んで待っていた。


 虚しさを覚えていると、不意に廊下から足音が響いてきた。

 ペタペタという足音が徐々に近づいてくる。その足音は、何となく聞き覚えがあるような気がした。

 やがて、部室の前で足音は止まった。いつもなら何の期待も馳せないのだが、今回は違う。足音に、聞き覚えを感じてしまったのだ。ドアに手をかける人物に期待をしてしまう。

 そうして開いた先。入ってきた人物から、金木犀の香りはしなかった。


「あ、香月くんだけ?」

「ひばり先輩……」


 その顔は、なんだか吹っ切れたような。悩みはすべて解決したかのようなすっきりした顔だった。


「先輩、その……」

「……ごめんなさい。私が、君たちに頼んでしまったせいでこんなことに……」

「そんな、俺たちが……」


 俺たちが勝手にやったことです。そう言おうして、先輩の言葉にその言葉を飲み込んだ。最初はかぶせるように話し始めたから言葉をひっこめただけだった。しかし先輩の言葉を聞くうちに、それを言うのは失礼だと感じ始めたから、言葉を飲み込んだ。


 先輩の言葉には覚悟があった。先輩の言葉には勇気があった。俺にはなかったその決意が、今は頼もしくて、羨ましい。

 一通り話しきった後、俺は先輩の話に固くうなずいた。すると、ふうと息をついて、それからまた言葉を繋げた。


「……ごめんね。でも、私に任せてほしい。何とか、前までの文芸部に戻して見せるから」

「はい。ありがとうございます」


 ふと、俺はカバンの中にある一首を思い出した。くるりと振り返り部室を出ようとしている先輩を止め、慌ててその短冊と新しい短冊をカバンから取り出した。

 新しい短冊に、筆を走らす。とはいえ、そこには短歌は書かなかった。短冊の使い方としては間違っているかもしれないけれど、それでいい。伝えたいことが伝えられれば、それで。


「これ……。夕夏に、渡してください」

「これは……」

「……夕夏のこと、お願いします」


 先輩は強くうなずいた。その姿を見て、俺も部室を後にした。

 今度は俺が、夕夏の居場所を作る番だ。



 何も考えずに外に出ると、ふと体育館でバレーをやっている姿が目に付いた。

 今まで、見ないようにと心がけていたのに、嫌に意識してしまって気が滅入る。それもこれも全部、全部が香月のせいだ。


 あたしは、あいつがあたしの考えを汲んでくれるって思ってた。あたしの考えを理解して、それであたしが欲しい答えをこたえてくれるって思ってた。それなのにあいつは、そんなことしなかった。自分が嫌われないよう必死で、あたしのことなんて考えてくれなかった。それが死ぬほど辛くて、痛かった。信じていたのに、あたしはやっぱり、人に恵まれないんだ。

 あの日、あたしの過去に向き合ってくれなかったことに我慢ならずついきつい言葉を吐いてしまった。吐き出せば吐き出すほど、あたしが香月に何を期待しているのかがわからなくなっていって、ああ、なんて身勝手な期待を裏切らせていたんだと気付いた。

 なんだか、香月の隣にいる資格とかを疑った。疑った時点で、もう隣にいる資格はない。だから、しばらく部活には顔を出さないことにした。きっと香月のことだ。なんだかんだであたしの隣にいたがるだろう。だから、それが風化するまで待つんだ。丁度あたしの気持ちも整理できるだろうし。


 もういいや。こんなの見ていたって、誰かが心配するわけじゃない。こんなことしている間にも、きっと香月は短歌をやってる。あたしに対する贖罪だとか言って。だから、もういい。

 あたしに寄り添ってくれる人間を、あたしが突っぱねたんだ。もう腹を括って、短歌すらも何でもないと言って諦めてやろう。


「夕夏ちゃん!」


 そう、思っていたのに。後ろから部長の声がした。振り返ったそこには、十一月にも関わらずうっすらと汗をかき、息を切らす部長が立っていた。


「……ごめんなさいぶちょー。あたしもう、文芸部……」


 文芸部やめます。

 そんな簡単な言葉が。たった一言が。重すぎて吐き出せない。喉が吐き出させまいと力んで掠れる。舌が言葉を発させないようにもつれる。それが情けなくって。決意しているのに、体がそれを受け付けてくれないのがあたしを迷わせていって。駆け巡って交錯する色んなものに、あたしはとうとう涙腺が決壊した。


「……ぶんげいぶ……ぶんげーぶ、お……や、やっ……うぅ……」

「……夕夏ちゃん」

「やめて!いう、いうから!決めたの!あたしは……や、やめ……やっ、あぁ!」


 言うんだ。言わなきゃ。言わせてよ。なんでそこまで意気地になるの?なんでそこまでしてあたしを引き留めようとするの?


 膝をついて、泣き叫ぶ。好きだ。好きなんだ、ここが。中学の頃の恩師が見せてくれたこの場所が。あたしたちを常に気遣ってくれるぶちょーが。隣にいて、あたしと一緒に歌を詠んでくれる香月が。どうしても拒否できないほどに好きなんだ。


 嫌だなぁ。こんなことに今更気が付くなんて。ほんと、自分が嫌で嫌で仕方ない。未だに過去に縛られて、いつか香月が手を差し伸べてくれただろうに、その過去を勝手に打ち明けたのはあたしだ。勝手に期待したのも、勝手に失望したのも、全部あたし。まるであたしがあたし中心に世界が回っていると思っていそうなのが、本当に嫌だ。


「……夕夏ちゃん」

「ぶちょー……あたし……」

「わかってる。わかってるから」


 ぶちょーは優しく抱きしめてくれた。寒空の下に確かなぬくもりを感じられて、あたしは安心して涙を叫んだ。


 辛かったよ。


 ごめんね。


 あたしこそごめんなさい。


 そんな感じの会話をしたと思う。全てを覚えていないけど、先輩のおかげであたしはあたしを許せたような気がする。身勝手でわがまま。勝手に期待して勝手に失望するあたしのことを、少し許せた。そう思うとだいぶ心が軽く感じられた。

 体育館から響く声が、今は純粋に部員を鼓舞するための声のように感じた。

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