挫かれ折られ。それがあたしの挫折
あたしが挫折をしたのは、知っての通り中学の頃にやってた部活動のバレー。中学に入って始めたバレーであたしは、入部したときから期待のルーキーとしてスタメンで試合に出てました。当時のあたしはすごかったんですよ?色んな試合で大活躍して、あたしのおかげで強くなった、ってのが当時の顧問の口癖でした。
中学から頭角を現し始めたその才能は、あたしの努力と共にめきめきと存在を大きくしていきました。一年生のころからレギュラーとしてバレー部で頑張ってきて、あたしたちの代の時は、あたしがエースとしてチームは大躍進しました。
顧問と仲間からの信頼は厚かったと思ってました。後輩は私を慕って入ってきてくれて、 同級生はそんなあたしをサポートしてくれました。顧問も「艾がいればいくらだって勝てるき」と言ってくれました。
スポーツって言うのは、相乗効果の集大成みたいなものです。あたしに感化されたみんなが負けじと頑張ることで、チームの力は底から盛り上がっていきました。だから、気付けばそのチームは、その地区はおろか、全国レベルで噂されるほどになりました。
え?俺はその中学を知ってるかも?・・・・ああ、うん。そう、そこ。結構、色んな人が見るスポーツ雑誌に取り上げられてたんだね。それは、知らなかったなぁ。
……多分、香月くんは気付いたんだろうね。そう。その雑誌には多分、あたしの名前はなかったはず。なんでって言うのは、野暮ってものじゃないかな。
バレーに中学の青春をつぎ込んだあたしに、その挫折が降りかかったのは三年のじめじめとし始めた頃でした。忘れもしない。大雨の中、体育館で一心不乱にボールを打ち込んでいた時。
新学年が始まって、チーム一丸で全国に行くために大会で勝ち進んでいた頃です。その日も、大会で勝ち進むためにフォーメーションとか攻め方とか。勝つために必要なことをみんなで練習していました。
あたしはその練習中。攻め方の一つの最後にスパイクを打ち込む算段になっていて、それを打つために大きく飛び立ちました。ボールしか見ていなかったあたしの視界の横に、人影が飛び込んでいくのも知らずに。
「先輩危ない!」
「え
聞き返す前。というか言葉を発しきる前にボールは視界を大きく外れていきました。飛び
立った方とは真逆に働く推進力に、ぶつかったという事を認識しました。
大きな音を立て、あたしは倒れこみました。予想だにしていない力に、あたしは受け身も取れずに変に手をつきました。
「先輩!」
後輩たちがその姿を見るや否や、水やタオルを持ってきました。あたしの着地体制は、誰が見ても明らかなほどに、手にダメージを負わせるものだったようです。
痛くて、痛くて。着いたときに感じた嫌な感覚を信じたくなくって、うずくまったまま手を抑えていました。
「艾!?大丈夫か!」
「痛い……うぅ……」
「いかん、病院行くぞ!」
そういわれ、あたしは顧問に担がれました。そうして立ち上がった時、気付いたんです。
あたしにぶつかった人。それは、あたしとエース争いをしていた同級生でした。立ちながら、あたしの顔を見ていた。その顔は多分、一生忘れられません。
笑ってたんですよ。目が。口は悔しそうにした唇をかんでいるのに、目はそれとは真逆の感情。優越とか、達成感に満ちた顔をしていました。
あたしは、その目が焼き付いたまま病院に行きました。検査結果は骨折。8月に控えていた大会は、無理だって言われました。
泣くとかそんな感情、その時は追いつきませんでした。検査が終わって、体育館に戻ったころ。後輩たちまでが泣きながら、あたしの骨折の話を聞いている時に、ようやく一筋涙が垂れただけでした。
なんであたしが。何を間違えたんだろう。練習に間違いはなかったし、あったのはぶつかってきた方の間違いだ。なのになんで、あたしが奪われなくちゃいけないんだ。やっとそんな感情が湧き始めたのが、それから一週間後、その頃にはもう、あたしはバレー部はおろか。 学校にすら顔を出さなくなっていました。
家族の献身的なサポートと、後輩や同級生の励ましもあって。二学期のはじめ辺りからあたしは、なんとか学校に行けるようにはなりました。けど、バレーを最後までできなかった喪失感を抱えたまま、あたしのバレーは終わりました。
あたしが抜けたバレー部は全国大会優勝。学校初の快挙に、学校は大盛り上がりしてました。その様子を、あたしはどこか他人事のように見てました。ずっとバレー部が勝つことを願って頑張ってきたのに、その勝利には一ミリもおめでたさを感じませんでした。友達から、 なんでそんなに冷めてるのって言われるくらい。
……うん。あたしもね、おかしいって思ってた。あたしをそうして心配したのは後輩と同級生だけ。それも、あのケガさせてきた子は一切心配しなかった。それどころか、あたしとすれ違うたびに、優越に満ちた顔と勝ち誇ったような笑いをしてた。
だから開いちゃったの。ぶつかってきた子に本当のこと。どうして、そんなに勝ち誇ったような態度をしてるのって。
その子はね。また勝ち誇った顔をして答えたの。
「あなたに来てた推薦、あたしのものにしたかったからよ」
聞いたときは、理解できなかった。入ってきた言葉を、拒絶してた。
その子が言うには、あたしにはある強豪校から特待生の話が来ていたらしいの。だけどそれは、ぶつかってきた子の志望校。楽して志望校に受かるために、そんなことをしたんだと言った。
怒りで目の前が見えなくなった。他の子曰く、あたしは一発に拳を食らわせた後、一緒にいたバレー部の子にずっと抑えられていたんだって。気が付いたら先生に怒られてたから、本当かどうかはわかんないけど。
嫉妬とか。貶めたいっていう気持ちとか。そんな気持ちで、あたしのバレーが奪われたなんて思いたくなかった。だけどあたしの手を見ればそれが・・・・・・それだけが現実なんだって、 私に思い知らせた。
だからね。どうしても許せなくって、顧問に抗議しに行った。「あんなにわざとぶつかった子に推薦出していいんですか」って。
……わざわざその話を出すって、って顔してるね。同時に、嫌な予感もしてる。ぶちょー。スポーツをやってたら多分、この話に嫌な予想しちゃいますよ。
顧問は、顎に手を当てて、考える顔をしたんです。この時点で、あたしは嫌な予感がよぎりました。そんなことないって、思いたかったけど。
にやっと笑って。明る様な目をして。顧問はあたしの方を見ました。
「・・・・・・でもまあ、推薦に見合った対価も出したし。お前よりあいつが選ばれるのは当然だろ
「何言ってるんですか・・・・・・?あの子はわざとあたしを・・・」
「そもそも。あれを指示したのは俺だしな」
あたしの言葉にかぶせるように。顧問は淡々と、悪びれもなくそういいました。
あの事故は、故意のものでした。間違えたという体で飛んだあたしにぶつかって、けがを負わせてバレーできなくなるようにしてやろうって言って画策したものでした。まぁ要するに、あたしの骨折は顧問と一緒にあの子が仕掛けた故意の事故だったんです。
絶望しましたよ、そりゃ。信頼できると思ってた指導者でさえ、あたしのケガを願っていたんですから。顧問はそういってから、そのあと舌なめずりをしました。
「・・・・・・まあ、あいつよりもお前のほうが気持ちいいんだったら、推薦も考えてやるけど?」
「は?」
「あいつ、中学生とは思えないくらい上手かったからなぁ~。お前も、あいつより上手くなれば推薦してやるよ」
そういって、顧問はあたしに手を伸ばしてきました。
恐怖と、悔しさと、憤りと。すべてがごっちゃごっちゃになって、気が付けば顧問を数発段っていました。幸い、あたしが大号泣しながらすべて話したことで、何とか顧問と件の子は罰を受けました。けど同時に、学校はどんな事情があれ、暴力を振るってしまう子に推薦は出せないって言って、その推薦をもらうことはできませんでした。
「 ……ずっと頑張ってきたバレーができなくなってしまっただけじゃなくて。バレーで信頼していた仲間と大人に裏切られたこと。それが大きな理由で、あたしはバレーをやめました。これが、あたしの経験した挫折です」
語り終えた後。人伝に聞いた話のはずが、胸を握りしめて今にもつぶさんとして力を込めていた。夕夏はやっと終わったと言わんばかりにため息をつくが、語る中で、夕夏はずっと 震える左腕を右手で必死に握りしめていた。今も、ちょっとだけ震えてる。
その挫折は、あまりにも凄惨なものだった。俺はまだ、周りの仲間がずっと支えてくれていた。けど彼女の挫折は、その仲間が裏切り、傷つけてきたのだ。ずっと切蔵琢磨していた相手に私利私欲のために蹴落とされ、あろうことかバレーの実力ではなく、もっと下衆で、卑劣な方法で自分の将来を横取りされた。そして、今度はそれをやれと顧問から言われた。
想像するだけで、嘔吐が上ってくる。こんなものを、直で体感してしまった夕夏は、一体どれだけの絶望を抱えてしまったのだろうか。
「・・・・・・ごめんなさい、帰りますね」
「え……」
「あ、夕夏ちゃん・・・・・・」
「ごめんなさい。この話をした後は、行かないといけない場所があって」
そういって。夕夏はお疲れ様も言わずに部室を出て行ってしまった。追いかけることもできず、俺は呆然としてしまった。
俺も先輩も、もう何も言えないし、何も考えられない。聞いた挫折が。頭に映った挫折が体を押さえつけていたから。
窓に映る俺の顔が、夕夏を傷つけた顧問のように見えてしまった。そう思ってしまった瞬間。俺はそれの考えを吐き出したくなって、泣きながらトイレに駆け込んだ。喉奥から湧き上がる苦みが、それでも足りなかった。




