息詰まる挫折、光射す挫折
翌日から、俺と夕夏で先輩に挫折について考える日々が始まった。
まず最初に、俺の経験を語った。サッカーを頑張っていた日々と、それが崩れ去った日のこと。その時俺が、一体何を思っていたのか。何をしたのか。どう考えて乗り越えたのか。それらすべてを語った。俺の話を聞いていた先輩は、終始その顔色を変えながら聞いていた。ある時は絶望にくれた顔。ある時は微弱な希望を見出した顔。代わる代わる覗かせるその表情は、かつてその場にいた俺と同じ顔をしていた。
「……って感じです。どうでしょう?挫折について、何か糸口を見つけられました?」
「えっと……ごめんなさい。香月くんの挫折の話は、すっごく参考になった。けど、何というか……。立ち直ることのできない虚しさって言うのが、まだつかみきれてないの」
そういって唸る先輩と共に、俺も唸ってしまった。
俺自身、自分の挫折した経験について巧く語れたかと聞かれれば、首を縦には振り難い。俺の中で、過去の古傷に触れたくないと思ってしまう気持ちがある。気付いてそれをかき分けようとするけれど、その思いが伸ばした手を払いのけてしまう。
「う~ん……。俺以外の部活の人たちとかに、聞いて回ってみるのはどうですか?俺、サッカー部以外なら話せますよ」
「いいのだけれど、それぞれ部活の予定とかあるでしょうし……」
「大丈夫ですよぶちょー!あたしたち、たっくさん力になるんで!」
夕夏のその言葉に、先輩は「あ」の口を開けて何かを言おうとしたけど、その口を閉じて微笑んだ。
「じゃあ……お願いしようかな」
夕夏は、嬉しそうな笑顔で「任せてください!」と言った。
そこからは、図書館から引っ張ってきた部活動ものの小説から、挫折に関する部分までを読んで、感じたことを語り合った。どれもいい挫折の観点だったと思うのだが、先輩はその話をしている間、晴れた顔をすることはなかった。
「……じゃあ、伝えてた通り、あたし早く上がります!お疲れさまでした!」
お疲れ~と伝え、部室を出ていく夕夏を見送った。すでに他の部員も帰り、この空間には俺と先輩の二人しかいなかった。時間いっぱいまで、俺は先輩と一緒に小説を読むつもりだ。
無音の空気に、紙をめくる音だけが時折響く。意識を小説の世界に落とすと、その挫折がダイレクトに入ってくるように感じた。けど、その世界を離れると途端にその挫折を言い表せなくなる。何となく、先輩が言っているわからなさというのが理解できるような気がしてきた。
次第に、眉間のしわが濃ゆくなっていく。理解できないものを一生懸命理解しようとするような感覚。そんな感覚を覚える自分に嫌気を覚えてきた。
「……少し、別のこと考えましょ」
「え……?」
「あの、何言っているんだろうって思われるかもしれないけれど、あんまり根詰めしすぎてもよくないと思うの。だからね、そうならないようにって思って」
そういって笑う先輩の顔は、憔悴しきっていた。だから俺はその意見に賛成した。雑談でもして、気を紛らわすことができたらと思って。
「香月くんさ」
「はい?なんです?」
本を閉じ、先輩に向き合う。先輩は何やらいたずらな笑みを浮かべていた。
「……ぶっちゃけ、夕夏ちゃんのことどう思ってるの?」
「はっ!?」
驚きすぎて思わず大声で叫んでしまった。
「急に何言いだすんですか!?」
「いや~。君たち、ずっと一緒にいるじゃない?だから、そういう浮いた話の一つでもあるんじゃないかなぁ~って。で、どうなの?」
「えっと……」
思わず笑いながら答えてしまう。こちらを見て、様子をうかがう姿は年相応の女子高校生だ。
質問に答えるために、夕夏のことを頭の中に浮かべてみる。季節そぐわぬ夏の景色に、白いワンピースを着た姿が映し出される。満面の笑みを浮かべて、俺に手を差し伸べて。
「いこっ!」
なんて溌溂に言って。手を取った俺を連れ出して……。
そこまで思い描いた瞬間。ボンと音が鳴りそうなほど顔が急激に熱くなった。あまりに熱くって、俯いて顔を見せないようにしてしまった。
「あらあら~?香月くん、もしかして……?」
「違っ、あっちは、そういうんじゃ……」
「ふ~ん?あっちは、ねぇ~」
そういってニヤニヤする先輩を見て、受け答えをミスったのに気が付いた。くそ、面白そうに笑って……。火照る顔を手で抱えながら、恥ずかしさに目線を逸らしてしまう。
「ふふっ。それで?どんなところが好きなの?」
「好きなんて言ってません」
というが、虚勢だ。はぁ。色恋沙汰って言うのは、知られたらこういうのが面倒くさい。
先輩は俺の虚勢を、好奇心に満ちた目で流した。
「……その、夕夏って。すごく明るくて優しいんですけど、意外と繊細だったりするんですよ」
「うんうん」
「その、俺がサッカーと短歌で悩んでた時も。あいつ、戻ってとかやめるのとか。そういうのよりも先に、そっかって言って俺のことを尊重してくれたんですよね」
口が饒舌になっていく。口が回れば回る程、先輩の顔がにやけ顔に変わっていくのが分かった。ワクワクしたように前のめりになってくるから、俺は反骨精神から体を引いてみた。
「……誰よりも相手のこと考えてて、相手を正しく導く存在で。俺もそのうちの一人で、気付いたら、その……好きだな、って」
「キャー!いいね、ワクワクするよ!」
座りながら小さく飛び跳ねる。ぴょんぴょんと効果音が付きそうなその姿は、小さな子供を連想させた。
「……あはは。ありがと。ちょっと、気分が晴れた」
「そうですか。なら、よかったです」
先輩の視線は、それからまた下を向いた。もう一度、挫折を知るために世界にのめりこむことにしたようだ。それに釣られるように、俺も本を開いた。
「……じゃあ、これが終わったら今度は、夕夏ちゃんと香月くんをくっつけることにしようかな」
「えっ?」
「うふふ。お礼はちゃんとしないとね」
いたずらな笑みを浮かべてから、先輩は本に集中した。
顔の火照りが収まらない。なんだか複雑な思いのまま、挫折を知るために世界にのめりこんだ。さっきまでモノクロだったのに、なんだか挫折が色づいて見えてしまった。




