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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
一生懸命を見つけるために
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燻る“本気”、輝く“本気”

 夏の日差しが照り付ける空の下。高校1年の俺は、仲間たちの姿を思い浮かべながら、車内で涙を流していた。いくら慟哭を漏らしても、不条理を嘆いても。俺は二度と、仲間と肩を並べることができなかった。


「……」

「グズッ……ヒグッ……!」


 無言で車を走らす監督。無理な慰めをしないその姿勢が、むしろ安心して、さらに涙を促した。


 原因は、相手の悪意を含んだようなスライディングだった。ボールを右に左にと振り回し、次々と相手を出し抜いていた俺に、横から削ってきたのがクリーンヒットしたのだ。

 周りにいたオフェンス、ディフェンダ―、キーパーに至るまで。その場にいたすべての人々が、俺のもとへ駆けつけた。砂だらけになった俺の体を必死に抱えて、血がだらだらと流れる膝下を一生懸命タオルでふき取っていた。

 靱帯断裂に筋肉損傷。リハビリを続けようが、もう二度と今までのようにボールを蹴ることは叶わないと言われた。

 全ての思考がショートした後、静かに流れた一滴を皮切りに全ての涙が決壊し、流れ出した。


「……ごめん、なさい……」

「いい。お前のせいじゃない」

「はい……ごめんなさい……ごめん……」


 しなくてもいい謝罪。でも、こうでもしないとこの気持ちは晴れない。この悔しさは、消えてくれやしない。

 帰った後、試合が終わった仲間たちが、俺のもとに駆け付けてくれた。慰めの言葉が降り注ぎ、その言葉一つ一つから、ああ俺はもう終わったんだと感じさせた。


「ごめん……ごめん……」


 泣いても泣いても、足の痛みは引いていかない。汗の臭いと制汗剤の臭いとが入り混じる部屋の中。全てを賭けようと思っていたサッカーは、ほんの数か月で砕け散っていった。



「その……香月君?もし他の部活に入るなら、先生力になるからね」


 そういって、担任の花山先生は小走りでどこかへ行ってしまった。目の前の机の上には渡会香月とだけ書かれている部活動入部届があった。


 気晴らしに、何か始めようと思っていた。サッカーがなくなった今、俺から何もなくなるのが怖かったから。

 野球とかは、すごく分かりやすく頑張っていると実感できそうだ。汗だくになりながら、グラウンドを駆け回る。甲子園目指して一生懸命。だけどそこには、スポーツの宿命か、走らなければいけなかった。むなしくて、もう二度と考えないように候補から除外した。

 足を使わないもの。ならば、卓球はどうだろうか。あれなら、最悪動かなくたっていい。その場に足をついて、腕を伸ばして打ち返せばいいのだから。だから、卓球を頑張ってみようと思った。けど、卓球選手の動画を見て、断念した。あの小さな台で打ち合いをしているのに、どうしてあんなに動くんだと腹が立った。


 バスケ、バレー、挙句はクリケット。何を候補にしたってそこには、走ることを求められ、そのたびにやるせない苛立ちに頭を抱えた。

 まもなくして、先生は帰ってきた。手に抱えている書類は、恐らく部活動関係のものだろう。


「先生、ありがとうございます」


 何度も何度も書いては消した。途中から筆圧が濃くなって、消しゴムで消したのに跡が残っている。黒ずんだそれが、まるで俺の煮え切らない心のように見えていた。

 何を候補にしたって、結局断念させられる。何もなくなったまま、だらだらと過ごす日々が恐ろしくなっていく。


「……今日は、帰ります」

「あ……うん。気を付けて帰ってね」


 軽くうなずくだけで、俺は目も見ずに帰った。

 玄関から出ると、運動部の姿が目に映った。声を出し、ノックを受ける野球部。トラックを走る陸上部。彼らの汗が、青春を輝かせているように見えた。その姿に、俺という存在が矮小でつまらなく見えて涙が流れた。


 何もかもが消えていったように思える。何を目指そうと思っても、すべてを足が邪魔する。松葉杖に支えられる片足が俺を目標に向かうための気持ちを押さえつけて、呪っているように思える。いつか、何かを頑張るという気持ちも忘れ、抜け殻のようになってしまうのだろうか。そう思うと、自分の将来が恐ろしくなる。

 まだ赤いであろう目をこすりながら、逃げるように裏口に向かった。正門を通るには、運動部の横を通らなければいけない。キラキラはねる青春が、今の俺にはつらかった。


 裏門に通じる道を、杖を突きながら歩く。そうしていると、ふと一人の生徒が目に入った。短冊のような色紙とペンをもっている女の子。一つに括った髪の毛を凛と靡かせる彼女は、緑々しく茂る木々を眺めていた。

 透き通った眼で、木々の姿を映している。凝視するように、という風ではない。まるでその空間と対話しているような。いや、その空間の声を静かに聞いているような、そんな感じ。

 とにかく、その姿が、美しすぎて足を止めて魅入ってしまった。

 彼女は気付くことなく、やがてそのペンを色紙の上に走らせた。何かを書き込むその姿は、優雅な踊りのように見えた。


「……違う!」


 しかし彼女は、そういって何かを書き込んだ色紙を突如放り投げた。ちょうど、そこにはすっかり魅入っている俺がいて、足元に飛び込んできた色紙に向けた視線と共に、目が合った。


「あ」

「あ」


 俺のことを視認するや否や、まずいと言わんばかりに顔を青ざめて駆け寄ってきた。


「ご、ごごごめん!まさか人がいるなんて……!」

「いや……大丈夫」


 大丈夫というと、彼女はほっとした顔をしつつ、今度は顔を赤らめた。頭をポリポリと搔きながら、恥ずかしそうな顔で話をつづけた。


「ごめんなさい……あたし、詠むことに集中すると、周りが見えなくて……」


 そう呟く彼女の姿は、運動部と遜色ないほど、輝いて見えた。

 そしてそれが、俺の醜い嫉妬心を煽った。輝く姿を、汚してやろうかとも、思ってしまった。


「……夢中になれて、羨ましいね」

「そ、そう?そういってくれると、嬉しいな」

「……俺だって、何かに夢中になりたいよ」


 え?とつぶやいたような気がする。何も言っていなかったような気もする。どちらにせよ、きっと彼女の顔は、驚きに満ちていただろう。あてつけるようなこの言葉の真意を受け取ったかどうかはどうだっていい。背を向けて、逃げるように俺は杖をついて裏口を目指していった。


 不思議そうに、それでいて不快感を浮かべた彼女の顔を、背中越しに見た。

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