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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
辛苦の拒絶=過去の否定
19/39

それは最初から、僕らが求めた答え

「先輩、どうぞ」

「あ、ありがとう。香月くん」


校内のど真ん中ともいえる場所で頭を下げられた俺たちは、気まずさから先輩を連れて部室へと戻った。夕夏に連れて行ってもらって、俺は途中にあった自販機でお茶を買い、部室でそれを先輩に渡した。少しでも落ち着いて話ができるように。


「それで・・・・・・。『挫折を教えて』って、一体どういうことですか?」


俺が改めてそう聞くと、先輩は俯きつつぽつぽつと話し始めた。



自分で言うのも違うと思うんだけど、あたしは挫折することない人生を生きてきた。


小中学校はそれなりの部活に入って、本気で頑張ることもなくやってきた。勉強も、普通に頑張れば普通にできたし。運動も別に頑張らなくても人並みにはできた。だから私は、本気でやって挫折することが無かった。た


そんな私にとって、小説との出会いは革命だった。それまで意識せずに読んでいた文章が、まるで生きているかのように踊り始めた。そう見えてからはずっと、高校生活を小説に費やすほどのめりこんだ。


色々な作品を読んだし、色々なジャンルの作品を作った。どれもこれも楽しくって、 周りの子もたくさん褒めてくれて嬉しかった。なんだか、やっと自分が本気で何かを目指せるものを見つけられたような気がした。


ただそこでも。私は、挫折することなく今までやってきた。

賞に応募したら、一発で第二次選考まで通った。文化祭で出せば、みんなが面白いって言ってくれた。書けば書くだけ、私は評価しかされてこなかった。私は、一度だってダメ出しをされなかった。


最初はよかった。書いていて、何も言われない。何を書いても、みんなが私の話を面白いって言ってくれる。優越感みたいな感情が、私をそこから一歩も進ませなかった。


それが、よくなかった。


作家がどうとかは知らないけれど、私みたいな若い作家は、常に進化を望まれる。最初の期待が0でも、できるって思われたらそこから、飛躍的な進化を求められる。それが、私の場合は「闇」だった。


挫折したときとか、人に裏切られたときとか。そういう、黒く映る「闇」の部分が、 私の小説には足りなかった。


次第に、私が書き上げた作品を見せたら「希望的すぎる」って言われるようになった。 今までずっと、それで評価されてきたのもあって、口々にそういわれるのは少し辛かった。なんでよ、これを求めてたんじゃないの。って。


段々と、書くことがわからなくなった。私が今まで紡いできた物語も、これから紡ごうと思っていた物語も、わからなくなってしまった。あれ、何を伝えたかったんだろうって泣く日が増えた。


だから必死に勉強した。これまでもしてたけど、それ以上に。挫折って何かを知るために。どう人生を動かすのかを知るために。けれど読めば読むほど、それは形を変え、 声を変え、別人のように目の前に映ってくる。その姿を私は、追うことができなかった。 私なりに闇を描いても、希望しか見えないって言われる。人を裏切っても、人を殺しても、何が起こってもその物語には、闇が見えてこないって言われる。


「だから、そういう闇を知ればいいって思った。知るために、香月くんを参考にしたりもした。でも私は、私だけじゃ知ることができないの」


悲痛な叫び。静かな声色で、消えそうなほど細いその声は、俺には叫びに聞こえた。


完全に顔を隠すほど俯いた先輩からは、さっきから何度も雫が垂れていた。この涙を理解は多分できない。俺が思う以上の思いがこもっているだろうから。けど理解はできくても、共感が心を埋め尽くした。


「……香月くんも、夕夏ちゃんも、思い出したくないほどの挫折があるって知ってる。 だから、ずっと直に聞くことだけはしないようにしようって、思ってた。でも」

「……もう、限界だった。と……」


そういうと、先は体を縦に揺らした。


話を聞いて、俺は言葉に詰まった。何から伝えればいいのかわからないからだ。

俺が答えあぐねていると、その答えを発したのは今夏だった。


「……あたしは、確かにバレーを諦めました」


夕夏は先輩の手を握りながら、その答えを話し始めた。


「確かに、無神経に詮索されるのは嫌です。そんな人に、話したいなんて思いません」

「……」

「でも先輩は、違います。先輩には、この過去も全部全部、話せます」


本当?とでもいうように顔を上げて、先輩は夕夏の顔を見た。握られていた手が、いつの間にか夕夏の手を握りしめていた。


「先輩。あたし。過去のよういう痛みを思い出すことよりも、先輩の力になれないほうがずっと辛いです」


夕夏は、俺のほうを見た。ちゃんと言え、という事だろう。


「……俺も夕夏も、先輩の様子に気付いた日からずっと、先輩のことが心配で……。実は数日くらい、短歌詠めなかったくらい」


そういうと、先輩は悲しそうな驚きをしてから、気分を沈ませたようにしてしまった。 夕夏は、何余計なこと言っているんだと言わんばかりの顔をしている。しまった、少し間違えてしまった。


「と、とにかく!俺ら、そんな過去の痛みを掘られることよりも。先輩の力になれないことのほうが、ずっとしんどいです」

「香月くん……」

「俺も先輩の悩みを一緒に悩みます。悩んで、考えて、最高の答えを探します。だから……」


ひばり先輩のほほから、涙が流れた。その涙はもう、わからないことから来るものでも、不甲斐なさから来るものでもなかった。


「だから俺らのこと、頼ってください」


もう一度伝えたこの言葉に。今度はちゃんと、先輩は頷いた。

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