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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
辛苦の拒絶=過去の否定
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頼られてばかりなあなたも、たまには頼ってほしい

数日後。俺は用事があって、図書室に来ていた。

先日、活動を終え、学校に帰っている途中。夕夏が突然、思い出したように言ってきた。


「 そういえばさ。香月って、古今和歌集とか、短歌の本とかって読んだことあるの?」


そう訊ねられ、俺は迷うことなく首を振った。今までの人生で、短歌にのめりこんだことなんて今回が初めてなのだ。ましてや、専ら詠むことばっかり。そういった類の本に触れるなんて、考えたこともなかった。


「そっか〜。あのさ、あたしも初めて読んだのは最近だからあまり何も言えないんだけど……。でも、そういう本を読むのも、案外面白いよ」

「へぇ……。ちなみに、おすすめとかある?」


という会話があって。古今和歌集と共に勧められた本を読むべく、図書室に来ているのだった。

脇見程度にしか見てこなかったが、見てみると中々多くの本がびっしりと詰められている。小説だけじゃなく、参考書や辞書、果ては漫画まで、様々な本が揃っていた。


「えっと、大抵古今和歌集の近くとかにあるだろ……」


そう思って、古今和歌集を捜索する。しかしどれだけ注意深く見ても見つからず、短歌に関する本が全くどこにあるかわからなかった。


おかしいなぁ、不思議だなぁ。そんなことを漠然と思いながら探していると、読書スペースに迫り着いた。

そこに広がる光景を見て。俺は頭から目的を吹き飛ばした。

机の上に、何冊もの小説を積み上げて。本に囲まれているようにして、ひばり先輩は本も開かずに涙を流していた。悔しそうに、目をキッと睨ませて、あふれ出る涙を抑えられないように泣いていた。


「……わかんない」


そう呟いた途端、積み上げていた本をすべてなぎ倒し始めた。突如暴れ始めた先輩に、一瞬あっけをとられた。


「わかんない!なんでわかんないのよ!」

「あっ、ちょっと先靈!」


先輩が悲痛な叫びをあげたところで、やっと俺の体は動いた。本を振りかぶり、投げつけようとする手を止めた。しかし、その手を振り払ってでも投げようとするから、体を掴んで暴れる先輩を止めた。


「離してっ!離してよ!」

「先輩!ひばり先輩!」

「え……あ、香月くん……」


やっと俺に気が付いた先輩は、あふれる涙はそのままで俯いた。


「えっと」

「ちょっと!何の騒ぎですか!?」


相当立腹した様子の図書委員の乱入に、俺は頭を下げた。涙が止まらない先輩は、それすらも眼中にないようだった。


すみません、場所を変えます。そう伝え、俺はひとまず先輩を部室に連れて行った。本来部活動がない今日に開かれることはないけど、ここが一番落ち着いて話せる場所だろうと思ったのだ。椅子に座らせ、俺もその隣に座る。優しい香りが、悲痛を叫んでいるようだ。


「あの、先輩。こんなこと、踏み込むべきじゃないって思ってたんですけど……。流石に心配です。一体どうしたんですか?」

「……その、これは、君には伝えるべきじゃないというか……。君には、相談しちゃいけないって思ってて……」


やけに歯切れ悪いその言い訳。頼りある姿ばかり見ていたからこそ、こんな姿は初めて見た。目を伏せ、髪をやけに傾繁にいじりまくる。頭の中で、なんて伝えようかを悩んでいるようだった。


俺は、それが悔しいと感じていた。悔しいし、それでいて哀しいと感じた。

俺は、先輩のことも大事な仲間だと思っている。先輩だけじゃない、どの部員も全員が仲間で、そんな仲間たちとは悩み相談を一緒に考えたいと思っている。だけど今、俺はそんな仲間から、隠し事のように悩みを隠されている。ひばり先輩なりの優しさだとか、そういう類のものなのだろうけれど、俺からすれば、信頼が見えるようで、痛いものだった。


「あの、先輩」

「な、なに?」

「俺、先輩にもっと頼ってほしいっす」


決して頼ろうとせず、一人でも歯を食いしばって頑張ることは、とても素敵だ。人のことを考えられる、とてもやさしい人なのだから。

けどそれは、無理をしたり、自分を隠すことの理由にはならない。

本当に無理な時。本音で弱りたいとき。そんなときには、遠慮なく人にもたれかかっていい。そこまで自分で頑張ったのだから。そこまで自分は歯を食いしばったのだから。人のことを頼ることだって、とても大事なこと。


「先輩、いっぱい頑張ってるの知ってます。毎日毎日、何冊も本を読んで勉強してるのも知ってますし、俺たち部員の悩みを解決しようと頑張ってることも知ってます。誰よりも努力家で、誰よりも優しくて。俺は、そんな先輩のいいところ知ってます」

「香月くん……」

「けど今は……今の先輩は違います。本気で悩んでいることがあるのに、その本質を観ようとしても断念している感じがします。あとは、俺に対しての遠慮」


俺はそういって、伝えたいことは全部伝えた。

先輩は、まだ悩んでいた。だからこれ以上、俺から言うことはなかった。先輩が理解しているということも、同時にわかっていたから。

結局、この日に先輩が答えを出すことはなかった。一進一退の思考の堂々巡り。答えは見つからないまま、気が付けば最終下校時間となった。


「ごめんね、香月くん・・・・・・」

「謝らないでくださいよ。俺が、おせっかい焼いてるだけっす」

「ふふっ。ありがと」


そういって、先輩は笑った。その笑顔も、今日で晴れきることはなかった。

深く心配していると思わせたら、かえって負担になるかもしれない。そう思ったから、俺はすぐに背を向けて立ち去ろうと思った。


「……あの、香月くん」

「はい、なんですか?」

「……ありがと」


そう言って、先輩は去っていった。思わず、頬をふっと緩めた。

やっと先輩は、俺を頼ってくれた。

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