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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
辛苦の拒絶=過去の否定
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変わる心象と不調の先輩

それから秋が過ぎ、季節は冬に移ろった十一月。

外での活動を終えた俺と夕夏は、一層冷える外気にえながらおでんを頬張っていた。


「はふっはふっ……ん〜!美味しい〜」

「やっぱ、冬はおでんが美味しい〜」


寒い空気にもくもくとたつ湯気に、冬の楽しみを感じる。


「あっ!浮かんだ!」


突然そう言うと、手に持つおでんを俺に押し付けた。箸を持つ手が塞がってしまって、体の内が徐々に冷めていくのを感じる。

カバンから短冊を取り出し、短歌を書き始めた。特に考える様子もなく、本当に三十一文字がパッと思い浮かんだようだった。


「じゃ〜ん。見て!」


見せつけるように書き上げた文字を突き出した。すっかり街頭が点灯している薄暗い街明かりに、彼女の笑顔は輝かしく光っていた。

暮れ沈む 静かな街に 並ぶ君 大事な仲間と おでん頬張る


その歌は、彼女には珍しく感情的な一首だった。景色を思わせるような、写真のようなものじゃなくて。隣にいた俺だから思い浮かぶような、一緒にいることを前提としたような、そんな歌。


「珍しいね、こんな歌詠むなんて」

「えへへ。これは、香月にあげる」


そういって、おでんと交換するように夕夏はその短冊を俺に渡した。手中に収まる景色には、湯気を手に街を歩く俺と夕夏の姿が映っていた。

何となく、その一首は俺に向けたものかもと思った。俺に向けて、俺に対して読んでくれたその一首を、俺は大事にカバンにしまった。ハフハフとおでんを頬張る夕夏に顔を見せめよう俺もおでんを頬張った。この赤面を、おでんの熱に擦り付けたかったのだ。


二人並んで、学校の中にある部室へと向かう。いつもならもう、明かりは灯らず、無人特有のもの寂しさを醸し出しているのだが……。


「電気が、ついてる?」

「ほんとだね。誰か残ってるのかな?」


あるいは、誰かが消し忘れた、ともとれるが恐らくそれはないだろう。ひばり先輩は、毎日最後まで残って、すべて完璧にしてから帰る。そのひばり先輩が忘れるなんてことは、多分まあないだろう。


誰がこんな時間まで残っているのだろう……。

光が漏れ出た部室のドアを開けた。見慣れない明るさの部室の中で、長机に一人、ひばり先輩が座っていた。


「……あら?香月くんに、夕夏ちゃん」

「お疲れ様です」

「お疲れぶちょー!」


やけに元気な挨拶をする夕夏に、ひばり先輩はその口元を緩ませた。


「ひばり先輩、どうしてまだ残って?」

「あ〜、えっと……ちょっと、熱中しちゃって」


やけに疲れた顔をしながら、隠し事をするように一瞬考えた。その様子に、俺も夕夏も気が付いていた。


「そう、ですか。あの、悩みとかあったら、全然言ってくださいね?」

「え?」


俺がそういうのに続いて、夕夏もうんうんと割いていた。しかし先輩は、それでもその顔を晴らさなかった。


「ありがとうね。でも、大丈夫」

「そう、ですか……」

「それより。もう帰るんでしょ?戸締りしちゃうから、早く荷物まとめなさい」


先輩はそういうと、そのパソコンをしまって立ち上がった。特に何も言えなくなったので、 俺も夕夏も荷物をまとめ始めた。心なしか、そのしぐさはいつもよりも、淋しそうに見えた。

けれど、俺らには声をかけることはできなくて、できることと言えば、ただ黙って、そのを見守ることぐらいだった。


そんなことを考えているうちに、俺たちは駐輪場に着いた。ひばり先輩と俺らとでは、校門を出てから真逆のルートを辿ることになる。なので、必然的に俺たちの別れは早くなるのだ。


「それじゃあ、お疲れ様。気を付けて帰ってね」


校門を出てすぐ、ひばり先輩はそういって反対方向へと自転車を走らせた。


「先輩も、お気をつけて」

「ぶちょーまたね〜」


その声に振り向くこともせず。まっすぐ前を見えて、この場からいなくなっていった。

二人きりの帰り道。引いている自転車越しの夕夏に少しの緊張を孕みつつ、平然を装って話をしていた。


「なんか、さっきのぶちょー変だったね」

「うん。なんか、悩んでいるけど、頼りたくないみたいな…」

「そーそー。なんでかなぁ〜?」


額に手を当て、考える素振りをとる。彼女の頭を駆け巡る考察は、どれも的を得ることが無かったようだ。


「ぶちょーが教えてくれればいいんだけどなぁ・・・。あの人、全く教えてくれそうな気配なかったし」

「だね。明日も一応、気にかけてますよって声をかけてみようか」

「そうだね。っと、もう着いちゃったね」


そういわれてようやく、すでに帰路をほとんど歩ききったということを自覚した。物寂しさを覚えるが、かといって食い下がっては変に怪しまれてしまう。


「香月。また明日!」

「うん。また明日」


溌剌な明日の約束に、俺はそう返した。それに満足したように、るんるんと歩いていく背中を見送って、それから帰路につき直した。

まいたマフラーが暑い。火照っているような感覚に、俺はマフラーをとった。


___今日も、大丈夫。いつも通りだった


そういう風に言い聞かせて、俺はいつも通りの悪い帰路を歩いて行った。冬にしては暑い、 高鳴る鼓動の空模様だった。

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