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募る思いも三十一で  作者: 時雨 悟はち
映す世界に、あの日の夢が入り混じる
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飛び込んだ末に、見いだした価値

 自転車に乗り、勇次の背中を追いかける。駅の方角を向かう彼についていきながら、 俺は色々なことを考えた。

 さっき、帰ってきた夕夏の顔はものすごく痛かった。俺が、彼 彼女を裏切ってしまったから。酷く寂しい顔で、無理矢理張り付けたような笑顔をした。 そのせいで、目じりが下がって寂しさを隠しきれてなかった。

 言いたいことはたくさんあっただろう。見た瞬間は悲しんで、怒って、寂しい顔をした。複雑な感情も読み取れたのは、多分香月と共に景色を映した日々の賜物だった。その理解が、余計に辛い。


「ん」


 という声と共に、落ち込む俺の頬に冷たい感触がした。少しの驚きと共に、体をびくっと弾ませた。


「おごりだ」

「あ、ありがとう……」


 渡されたのは、二つ分けするアイスの片方だった。お礼を言って、茶色のコーヒー味のアイスを食べた。奥底にある苦みが、いつも以上に主張激しく出てきた。


「こーやって部活終わりにアイス食うのも久しぶりだな」

「ああ」


 とは言いつつも、最初の一口以降を、俺は食べられないでいた。徐々に手の熱で溶けていくのを、ただ眺めるばかり。勝手に抱いた後ろめたさが、俺の顔を俯かせていた。


 よほど、今日の出来事が嬉しかったのか、隣にいた勇次は終始、楽しそうに話をしていた。何の話をしてたかも、俺がどう相槌を打っていたのかもわからない。右から左どころか、脳が理解する前に言葉をはじき出していく。ずっと、短歌とサッカーのどちらをやるかを考えていたから。


 上の空のまま、いつの間にか話は終わっていた。ほとんど溶けてしまったアイスをひったくられ、勇次はそれを捨てに行った。

 脳裏にずっと、夕夏の写真が張り付いていた。綺麗な笑顔で、きらきら眩しくて。あの写真だけは、実はくぐもっていた視界も綺麗に晴れ渡っているように思えてた。


 もう一度、スマホの電源をつける。メッセージは相変わらず、あの写真が消えたまんまだった。俺は、そのメッセージに文字を打ち込んだ。


「今日のことは違うくて」


 そこまで打って、全部消す。


「文芸部をやめるつもりはない」


 そう打って、全部消す。


「もう一度、夕夏と」


 それも違う。

 何を打っても、何を伝えようとしても。俺のメッセージから言葉が出ることが無い。 俺から彼女に何かを伝えることは、一切ない。

 それでも何か伝えたくて。何を伝えるべきかわからないけど、何かを伝えようとした。


  「おう、わり。じゃあ、行こうか」

「え?あ、おう」


 メッセージは空虚のまま。誤解を恐れたまま、誤解を放っておく。触らないほうが、 これ以上こじれなさそうで安心するのだ。

 訳のわからない後ろめたさだ。俺の人生、俺の好きに生きられればいいのにと思う。


「・・・・・・今日、どうだった?」

「ん?」


 信号待ちをしている最中、突如勇次がそう訊ねてきた。


「今日、マネージャーやって、その・・・・・・どうだったかな、って」

 正直に言えば、俺はきっと仲間を本気で裏切ると同義になる。嘘をつけば、またどっちつかずの後ろめたさを抱えることになる。互いに、自分が幸せになるか他者が幸せになるかというメリットがある。何をとるべきか、何を捨てるべきか。誰を裏切ればいいのか。自己嫌悪の奥底に沈み込みぞうな自問自答が嫌になる。


 俺は、何も言えずにいた。何も言えずに、ただ俯いて、信号の青も渡ろうとせずにそこにいた。


 そうした沈黙の間に、一つの音がとどろいた。俺のポケット、携帯の中からだ。

 思わず取り出して、スマホを開いた。

 音の正体はメッセージ。新現メッセージが二件届いていた。


「秋空に 映える芝色 囲まれて 挫けて共立つ あんたが恋しい」


 そのメッセージの後に、あの自撮りがまた送られてきていた。目じりが下がった、あの目と同じだったのに、今更気付いた。

「……勇次」

「・・・・・・聞かない」

 勇次は、それだけ言って信号を渡った。まもなくして点滅した信号を、俺は背にした。

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