募る思いも気づかぬまま
相手の気持ちを見たことなんてなかった。
表情、仕草。人はあらゆる動作を介して、自身の気持ちを表現している。けどそれは単なる予想。相手が本当に何を思っているかなんてのは、聞かないとわからないものだ。
と、言うことを。俺は同級生によって知ることとなった。彼女は、俺と同じ空間で、同じ空気を吸い、そうしているのに俺と全く違う考えを持っていたのだ。
「だから、自分のならともかく、人の気持ちを言葉になんてできないってば!」
「いや、だけど、大抵の予想はつくだろ?」
放課後の部室の中。不毛とも見えてしまいそうな議論だったが、俺らにとっては重要な視点の一つであった。
「もう!じゃあ香月は今あたしがどんな気持ちかわかるの!?」
半ばムキになりながら、夕夏は俺にそう訊ねてきた。
イライラとした表情。頬を紅潮させ、前のめりになって眉間にしわを寄せているのを見れば、誰だって怒っているってわかるだろう。
「イライラしてんだろ?わかるって言ってんだろ!」
「じゃあ、それを実際に詠んでみなさいよ」
そういって、夕夏は紙とペンを押し付けてきた。
仕方なく、俺はこの目の前を観た。前のめりになってぷりぷりと怒っている彼女を、文字に書き起こして歌を詠んだ。
秋空が 広がるような 頬の君 わかるわかるよ 怒っていること
「どうだ!」
「あたしの気持ち無くなってるよ……。これじゃ、あたしが怒っているだけ見たいじゃない」
「え?違うのか?」
違う!と言わんばかりの目で俺を睨みつけてきた。何が違うのだろうか。
それからは、さらに議論が白熱し、なぜか着地点は草木の揺れは感情になりうるというものだった。
冷静になって議論のことを考えると、確かに人の気持ちなんてものは見えない。だからこそ、俺が詠んだ一句はあまりよろしくないものだと気付けた。
二人きりの部室。男女二人きりの空間には甘酸っぱい空気は流れない。割と真剣な、短歌に向き合う二人の空気が流れている。
すべてを捧げるような、人生をかけているんじゃないかと錯覚するような部活動の青春。短歌にささげた俺の青春は、目の前にいる艾夕夏がいて、やっと始まる。