表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影を継ぐ者  作者: 中村悠
5/5

影の仕掛け人

カイルとリットは東の森の外縁に逃げ込み、月明かりが木々の隙間から差し込む場所で足を止めた。リットは息を切らし、木の幹に手を突いて森の奥を振り返る。黒い霧は薄れていたが、赤い光が消えた後も重苦しい空気が漂っていた。カイルはフードを軽くずらし、鋭い目で状況を見極めた。


「何だよ、あの霧……あんな気味悪いもん、見たことねぇぞ」

リットが震える声で呟くと、カイルは静かに答えた。

「血脈石が暴走したんだ。あれは魔力を吸い込む性質を持つ石で、昔、強大な力を封じる術に使われたものだ。商会がそれを使って何か企んでるのは確かだな」


リットは目を丸くし、カイルに詰め寄った。

「血脈石? お前、そんなことまで知ってんのか! 一体何なんだよ、ほんとに!」


カイルは薄く笑い、懐から羊皮紙の端を覗かせた。プロローグでフードの男から受け取った「影の継承者」の証だ。

「この世界の裏側を少し知ってるだけさ。表じゃ英雄が讃えられてるが、真実は影が動かしてきた。俺はその流れを引き継いだに過ぎない」


リットは呆れたように息を吐き、地面に座り込んだ。

「わけわかんねぇ……でも、兄貴が攫われたのがその石のせいなら、商会を許さねぇ。お前、次はどうすんだ?」


カイルはリットの隣にしゃがみ、冷たく光る瞳で森を睨んだ。

「商会を潰す。だが、真正面から挑むのは愚か者の道だ。影から全てを握り潰す――それが俺のやり方。今夜の騒ぎは格好の手がかりだ。お前と俺で、もっと大きな一手を打つぞ」


リットは少し目を輝かせ、カイルを見上げた。

「大きな一手? 何だよ、それ。なんか面白そうじゃねぇか!」


カイルは立ち上がり、グレンフォードの街を見下ろした。

「商会の上層部を炙り出す。お前はトムにくっついて内部の動きを探れ。俺は別の角度から奴らの弱みを握る。貴族が絡んでるなら、そこを突くのも悪くない」


---


翌朝、リットはトムと再び合流した。東の森での騒ぎは下っ端には知らされず、トムはいつも通りの不機嫌な顔でリットに命令を下す。

「お前、昨夜は使えたじゃねぇか。商会が気に入ったらしい。今日は街の中で荷物運びだ。さっさと動け」


リットは内心でほくそ笑みつつ、素直に従った。馬車に積まれた箱は血脈石ではなく、妙に軽く、中で何かが揺れる音がする。

(偽物か? 上層部が何か隠そうとしてるな)

カイルの指示通り、彼はトムの動きを観察しつつ、商会の手下たちの会話を盗み聞きした。

「上層部が明日、街に来るってよ」

「森の失敗を誤魔化すために、貴族に金を渡してるらしいぜ」


その頃、カイルはグレンフォードの貴族街に潜んでいた。石造りの豪華な屋敷が並ぶ一角で、彼は「影の耳」と「影の視」を駆使して情報を集める。

ある屋敷の窓辺に立つ太った男が、黒蛇商会の刺繍が入った袋を手にしていた。中には金貨と、小さな血脈石が一つ。カイルの視界が袋の中を捉え、男の呟きを拾う。

「商会の上層部が明日来るだと? 血脈石の取引を急げと言うが、衛兵が騒ぎ出してる。面倒なことだな……」


(商会が貴族を金で黙らせて、森の失敗を隠してるのか。面白い構図だ)

カイルは敵の不信感を利用する策を思いついた。影に潜みながら、敵を自滅に導く――それが彼の得意技だ。

「影の声」を使い、リットに指示を送る。

「リット、トムにこう言え。『昨夜の森の騒ぎ、貴族が嗅ぎ回ってるって噂だ』ってな。あいつの反応を見る」


---


リットは馬車を停め、トムに近づいた。

「おい、トム。昨夜の森の騒ぎ、貴族が嗅ぎ回ってるって噂だぜ。商会、ヤバくねぇか?」

トムは目を鋭くし、リットを睨んだ。

「何!? どこで聞いたんだ!?」

「市場の奴らが噂してた。衛兵も怪しんでるってさ」


トムは舌打ちし、慌てて馬車を離れた。リットはカイルの指示通り、その背中を見送る。

(上に報告に行く気だな。うまくいくか、カイル?)


カイルは屋根の上でトムの動きを確認し、次の仕掛けを準備した。彼は「影の視」で貴族の屋敷に戻り、血脈石の入った袋を特定。そして、新たな能力を使う。

――「影の手」。影を通じて物質に触れず操作できる、「影の継承者」の力の一つだ。

カイルは袋から血脈石を抜き取り、代わりに見た目だけ似せた偽物の石を仕込んだ。本物の血脈石は懐にしまい、貴族が気付かないよう完璧に偽装した。


(これで商会と貴族の間に溝ができる。混乱は俺の味方だ)


---


その夜、カイルとリットは酒場の裏で再会した。リットは興奮気味に報告する。

「トム、上に報告に行ったよ。商会が慌てて貴族と連絡取ろうとしてるらしい。血脈石の数が合わねぇって騒ぎになってるってさ!」


カイルは満足げに頷いた。

「良い流れだ。貴族が商会を疑えば、奴らの結束は崩れる。俺が血脈石を抜いたおかげで、上層部が来る明日が一層面白くなる」


リットは目を輝かせ、カイルに詰め寄った。

「お前、すげぇな! どうやったんだよ! 俺にも何かやらせろって!」


カイルは笑い、リットに新たな役割を授けた。

「お前は商会に残って、混乱を大きくしろ。『貴族が裏切った』って噂をさりげなく流せ。俺は上層部が来る時に、影から仕掛ける。奴らが自ら墓穴を掘るように誘導するんだ」


リットは拳を握り、初めて自信に満ちた笑みを浮かべた。

「兄貴を攫った奴らに痛い目見せてやる。お前と組んで良かったぜ、カイル!」


カイルはフードを深く被り直し、夜の闇に消えた。

「まだ序盤だ。影の支配は、ここからが本番だぜ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ