影に潜む目
夜のグレンフォードは静まり返り、街灯の明かりが石畳に長い影を落としていた。リットはトムに連れられ、市場の裏路地からさらに奥へと進む。カイルは屋根の上を音もなく移動し、二人の後を追った。風がフードを揺らし、彼の姿を闇に溶け込ませる。
「ほら、さっさと歩けよ。東の森まで荷物運ぶだけだ。しくじったら商会に顔向けできねぇからな」
トムが苛立った声でリットを急かす。リットは小さく頷きつつ、周囲を窺う。カイルが近くにいることは分かっているが、その気配はまるで感じられない。
(アイツ、ほんとに人間かよ……)
リットは内心で呟きつつ、トムの背中を追った。
やがて二人は街の外れに辿り着き、黒蛇商会の小さな倉庫の前に立った。粗末な木造の建物だが、入り口には屈強な男が二人、剣を手に立っている。トムが近づくと、男の一人が顎で合図した。
「お前か、新入り連れてきたのは。荷物は奥にある。馬車に積んで森まで運べ」
トムは肩をすくめ、リットに目配せする。
「お前、さっさと働け。俺は見張ってるからよ」
リットは倉庫の中へ入り、木箱を一つ抱えた。重さからして食料や武器ではない。何か硬いものが中でカタカタと音を立てている。
(何だ、これ? 石か何かか?)
リットが首を傾げていると、カイルの声が頭の中に直接響いてきた。
「そのまま運べ、リット。俺が調べる」
リットは驚いて辺りを見回したが、カイルの姿はない。だが、その声は確かに聞こえた。
――「影の耳」には、もう一つの力があった。「影の声」。カイルが意識を集中すれば、特定の相手にだけ声を届けられるのだ。
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一方、カイルは倉庫の屋根に身を潜め、状況を見下ろしていた。彼は「影の耳」を使い、衛兵やトムの会話を聞き取る。
「森の儀式が近いらしいな」
「商会の上層部が妙に急いでる。失敗したら俺たちの首が飛ぶぜ」
(儀式……? やっぱり東の森に何かあるな)
カイルは目を細め、リットが馬車に木箱を積む様子を確認した。そして、彼は新たな力を試すことにした。
「影の継承者」として覚醒した時、流れ込んできた記憶には、複数の能力が記されていた。その一つ――「影の視」。
カイルは目を閉じ、意識を集中する。すると、彼の視界が暗闇を抜け、木箱の中へと潜り込んだ。
箱の中には、黒い石が詰まっていた。表面に赤い脈のような模様が走り、かすかに脈動している。
「これは……魔石か? いや、それ以上の何かだ」
カイルの脳裏に、記憶の断片が浮かぶ。「災厄の王」を封印した古代の術。それには、魔力を吸収し続ける「血脈石」が使われたとあった。この石がそれに似ている。
(商会がこんなものを集めてるなら、復活の準備か……?)
カイルは思考を切り替え、リットに再び「影の声」を送った。
「リット、箱を運びながら周りをよく見ておけ。森に着いたら、俺が動く」
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馬車が東の森へと向かう間、カイルは影に紛れて並走していた。森の入り口に近づくと、空気が重くなり、遠くで微かな赤い光が揺れているのが見えた。リットが馬車を降り、トムに指示される。
「ここでいい。新入り、お前は箱をあの木の下に置け。後は俺がやる」
リットは言われた通りに木箱を運びつつ、辺りを見回した。森の中には、黒蛇商会の者らしき数人の男が立っており、その中心にはローブをまとった男がいた。男の手には、同じく赤い脈が走る石が握られている。
(あれが上層部か……?)
リットが息を呑むと同時に、カイルの声が再び響いた。
「リット、距離を取れ。危ない気配がする」
その瞬間、ローブの男が石を地面に叩きつけた。赤い光が弾け、地面から黒い霧が立ち上る。トムが慌てて叫ぶ。
「お、おい! 何だこれ!?」
衛兵たちも剣を構えるが、霧は一瞬にして彼らを飲み込んだ。悲鳴が響き、森が不気味な静寂に包まれる。
リットは木の陰に隠れ、震えながら呟いた。
「何だよ、これ……兄貴もこんな目に……?」
その時、影の中からカイルが現れた。フードの下で、彼の目が冷たく光る。
「儀式の失敗か、あるいは試作用の魔術か。どっちにしろ、商会は予想以上にヤバいものに手を染めてるな」
カイルはリットの手を引き、霧の外へ走り出した。
「ここは一旦引く。だが、リット。お前が見たものは全て覚えておけ。あいつらを潰すための鍵になる」
森の奥で、赤い光が再び揺らめき、闇が不気味に蠢いていた。




