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9.酒場

 討伐の翌日、私は事後処理に追われた。

 騎士団の責任者は他にいた為、全体に関する報告書の類に携わることは無かったのだが、上級魔獣との戦闘、魔剣の取得と話題には事欠かなかったため、騎士団幹部会での詳細な状況報告が必要だった。


 先の二件に関しては、ルークから特に口止めをされていなかったためありのままを話した。

 魔剣への進化方法など皆何となく知ってはいても半信半疑で、何度も同じことを聞かれた。

 鞘についてはルークに工面してもらったことまでは話したが、素材はもちろん精霊石のことは黙っておいた。

 その場にいた者たちはおそらく、ルークの魔術で魔剣の魔力を抑えていると勝手に解釈してくれていることだろう。

 魔術についてのエキスパートがここにいないのが救いだ。脳筋万歳だ。


 ようやく幹部会から解放されると、私はキースの元へ向かった。

 引き継いだ業務の進捗他、変わったことが無かったか様子を聞くためだ。


「キース、すまなかったな。やっとこちらに戻って来れた。何か変わったことはあったか?」

「おう、お疲れ!こっちは特に何も無かったぞ」

「そうか」

「ああ。お前と違って退屈そのものだったぜ。今回色々あったらしいな。幹部会があんなに長引くなんてよ。後でじっくり聞かせろよな」

 そう言ってキースは酒坏を呷る真似をした。

「そうだな。私もたまには一杯やりたい。今回は流石に疲れた」

「だろうな。ヨシ、これ片付けたら終わりだからちょっと早いが飲みに行こうぜ」

 キースと話してようやく日常が戻ってきた気がした。



 昨日無事に愛剣を受け取った直後、ウェブスター長官が飛び込んで来た。

 ノックや声掛けなど何も無くドアを蹴破る勢いで、文字通り飛び込んで来たのだ。


「ルークっ!!研究室は女性を連れ込む場所じゃないぞっ。ディアナ嬢、無事かっ!!」

 思わず二人してポカンとして長官を見つめた。

「義父さん、僕のこと何だと思ってるんです?」

 ルークが呆れて、溜息混じりに呟いた。

「ああ良かった。未遂か」

「いや、既に犯罪者扱いじゃないですか」


 長官はフウと一息ついて私に向き直った。

「取り乱して失礼した。受付からとんでもない報告を受けたものでな」

 ああ、その原因は間違いなくルークの紛らわしい発言だ。ジロリとルークを睨むが本人はどこ吹く風で、あまつさえにっこりと微笑みかけてきた。まったくコイツはっ!


「ん?それは……」

 長官の視線が私の剣に釘付けになっている。そしてその目は徐々に見開かれ、驚愕の眼差しに変わった途端再びルークへと向けられた。

「ルークっ、なんていうものを作り出してるんだっ!魔術をいくつ重ねた!?しかも素材はサンドドラゴンだと!?いつ行った!あれほど報連相を欠かすなと言っただろうがっ!!!」

「まあまあ、落ち着いて下さい。急に血圧が上がると身体に悪いですよ」

「誰のせいだと……っ!?この感じ、魔剣か」

「あ〜、やっぱ義父さんには分かっちゃいますよね。きちんと公の場に持ち込めるレベルまでは抑え込んでるんですけど」

「まあ、このくらいなら国に登録さえしていれば王城にも持ち込めるだろう。ディアナ嬢、後で所属の所から申請書をもらって然るべき所に提出するといい」

「分かりました」


 仕事の話になるとやっと落ち着いたのか冷静な助言を頂いたが、長官はまだ軽く肩で息をしている。

 魔術や魔具が絡むと人が変わるのは、義理とはいえ親子だなと素直に思った。やはり人を作るのは環境かと達観していたのが悪かった。


「あっ、そうだ。報告と言えば、僕、こちらのディアナさんとお付き合いすることになりました」

 満面の笑みで特大の爆弾を落とす。

「はぁああああ!??ちょっと待て!ただ討伐に行っただけで、何故魔剣と最高レベルの魔具に、恋人まで出来るんだっ」

「えっ、僕が本気を出したから?」

「理由になっとらんわー!!!」

 長官の身体が心配になるほどの怒号が飛んだ。

 

「まあ後できちんと報告しますから。とにかく今は落ち着いて。ほら、ディアが困ってるじゃないですか」

 その言葉に長官の意識がこちらに向いた。

「ああ度々すまない。貴女にも色々お聞きしたいが、何分コイツ一人で情報量が多過ぎてな。この様子ではまだ騎士団への帰還報告もまだだろう。もしかすると後日話を聞きに伺うかもしれない。それだけ留め置いて欲しい」

「かしこまりました」

 ルークに振り回されて心中お察ししますとの思いを込めて頭を垂れた。


「ディア、またすぐに連絡します。本当はこの後もずっと一緒にいたかったですけど、難しそうなので」

 ルークは自分の義父を恨めしそうに見る。

「いや、私も報告や申請は早いほうが良いだろうから、これで失礼する」

「はい。行き先は第二騎士団の団舎ですか?」

「ああそうだ」

 答えると共に、私の足下に光り輝く魔法陣が浮かび上がってきた。


「本当はそこまで僕が付き添って送りたかったんですけど、今日はこれで。そうそう、色々面倒なのでこの魔術は秘密にしておいて下さいね」

「はっ?一体何を!?」

「今回の件で何か問題があれば、何でも僕に言って下さいね。すぐに駆けつけますから」

 言い終わるやいなや私の身体は光に包まれ、あまりの眩しさに目を覆った。

 というか、今回の件とはどの件だ!全てにおいて問題しかないと突っ込む間もなく徐々に収まる光に合わせて目を開けると、私は第二騎士団団舎の入り口脇のあまり人目につかない所に立っていた。


「うわっ…と」

 あまりの出来事に一瞬何が起こったのかと、思わず体勢を崩しかけたが体幹を駆使して踏ん張った。

 状況把握も万全でない中、隙を見せるのは騎士として頂けない。日頃の鍛錬を怠っていなくて良かった。やはり筋肉は裏切らない!


「転移魔術か?とんでもないな」

 呟いて気が付く。転移魔術(これ)があれば、今回みたいな私情塗れの討伐隊など組まなくて良かったのではないか?いやまあかといって、公的な理由が無いと私はルークに付いては行かなかったか。

 そう思うと、彼なりに配慮した結果か……いやそれにしても振り回した規模がデカ過ぎる。

 うん、ちょっとルークの傍にいすぎたせいか、私の感覚までおかしくなっているようだ。


 ここ迄の一連の出来事は全て夢であったと言われた方が信じられるが、私の腰にある魔剣が現実であると知らしめている。

 素材と魔術は長官に見破られたが、精霊石までは気づかれなかったようだ。もし気付かれていたらあの場で拘束され、今この場に私はいられなかっただろう。

 とにもかくにもまずは自分の所属への報告をと、私は気を引き締めて団舎に入った。



 この辺りまでの話を、秘密事項を伏せてキースに掻い摘んで話した。

 場所は団舎から少し離れた行きつけの酒場だ。

「わりぃな、情報量が多過ぎてついていけんわ」

「だろうな。当事者の私でも困惑している」

 騒がしい酒場のノリに似つかわしくない、沈黙が落ちる。


「まあ、とりあえず魔剣取得おめでとうな。実際さ、魔剣って使い心地どうなわけ?」

「そうだな。まだそんな長時間使用したわけではないが、一言で言うと抜群だ。魔獣の骨までも、熱したナイフでバターを切るような感覚だ。しかも切れ味が落ちる気配がない」

 通常の剣は獲物を切れば切るほど刃こぼれや、血や肉の油分がブレイドに纏わりつき切れ味が悪くなる。魔剣は明らかに頑丈で、汚れや穢れすら弾くようだ。

「何ソレ、最高じゃん!うわぁ、俺も欲しいぜ!今度上級に出くわしたら俺に譲ってくれよな。ウェブスター団長、今度は俺を誘ってくんねぇかな」

「ゴホッ!?」

 急に出たルークの名前に思わず咽た。


「ん?大丈夫か?ってか、ウェブスター団長ってどんな人なんだ?歴代最年少で魔導士団長になったすごい人なんだろ」

「そうだな」

 世間の評判はいいが、実際のルークに関しては言えないことも言いたくないこともある。どうしたものか。


「やっぱ使う魔術も強力なんだろうな。間近で見てみたかったぜ。でもそんな人がわざわざディーを名指しで指名したんだろ。あれって結局何でだったんだ?」

「……」

 キースの直球に、私は言葉に詰まった。

「ん?ディー?」

「……何と言ったらいいものか」

 私はルークとの最初の出会いから、お試しで付き合うことになった事までたどたどしく話した。


「ちょっ…マジか。えっ、いや、そんなことって」

 キースが何だかすごくショックを受けたような顔をしている。この事態が一番ショッキングなのは私なのだが。

「まあしばらく付き合ってみて、普段の私を知ればその内飽きるんじゃないか」

 ハハと自虐的に笑う。


「う〜ん。いくら魔剣と引き換えとはいえ付き合うなんて。それは流石にやり過ぎじゃないか?出るとこ出て、何か対処するとかさぁ」

 珍しくキースがまともな事を言う。

「しかし、どこにどう言えばいいか分からんしな。それに『付き合うなら自分より強い者と』と公言していた条件を満たされてしまうとな……騎士に二言があってはダメだろう」

「いや、そこは騎士ってより一人の女ってか人としてじゃないか?ホラ、例えば生理的に無理ならどうしようもないとかあるじゃん?」

 なるほど、今日のキースは至極真っ当だ。


「生理的にか」

 ふとルークを思い浮かべる。

 私とさほど変わらない身長に、スラリとしたスタイル。髪は霞色だが太陽の光を受けて白銀に輝く。魔具を作成する際の滑らかな指の動き、そして何より情熱的に見つめてくる美しい翡翠の瞳。それは時折不安そうに揺れ、誰よりも実力者の筈なのにどこか儚く守ってやりたくなる。

「ああ…そうだな。嫌、じゃない」

「はぁっ!?お前っ、とうとう抱く気になったのか!!」

 ガタンと音を立ててキースは立ち上がった。


「なっ、何を言うっ!そんなバカなことあるかっ!」

 私はキースの肩を掴み、再び椅子に座らせた。

「何だよ、他に何があるんだよ」

「そんな生々しいもので無くてだな、何と言うか守りたい……庇護欲、か?」

 キースは怪訝な顔をしてしばらく黙った。

 口元に手を当てて、ブツブツ何かを考え込んでいる。

「そうか。うん、それならしっくりくる」

 頷いて私を真っ直ぐ見るキース。

「なんだ?」


「それってさ、母性じゃね?」

「は?母性?」

「そっ。ディーってさ、いつも身分関係なく色んな帝国民を守るじゃん?」

「まあ当然だな」

「それって、打算も何も無い母親の愛に似てるよな。帝国民を我が子のように、当たり前に守る」

「そうなのか?」

「だからさ、同じように帝国民を守るように育てられた坊っちゃんがさ、思いがけず守られてトキめいちゃったってか、ほぼ刷り込み状態なんじゃね?」

「刷り込みか」

「そっ、相手が刷り込みのように懐いてきたら、返すのは母性愛だわな」


 ふむ、一理あるかもしれん。

 キースにルークの生い立ちなどは話していないが、初めて与えられたものに対して心酔するとすればそうなるのかもしれん。

「なるほど」

「結局はしばらくの辛抱かな?ちょっと付き合ってやって、満足したら他の令嬢の所に送り出してやったらいいんじゃないか。子育てなんていつまでもやるもんじゃないだろ」

「それはそうだが」

 酒のせいかそうでないのか、うまく頭が回らず何だか釈然としない。


「それにさ、付き合ってるヤツがいるってなったらいい風除けになるんじゃね?いい加減、若手に呼び出されて相手すんのもウンザリだろ」

 椅子にふんぞり返って手の平をヒラヒラさせるキースの砕けた様子に、いつの間にか入っていた肩の力を抜いた。

「確かにそうかもな。元々こんな恋愛事は苦手だ。皆私のことなど気にせず、己の鍛錬に励めばいい」

「それでこそディーだが、まあこれはこれで複雑だな」

 キースは苦笑するが、何が言いたいのか分からない。

「何だ?どういう意味だ?」

「いんや。ディーはディーらしく、このままでいいってことだよ」

「ん?それは褒められているのか?」

「どうだろな。まあ、飲め飲め。上級討伐祝いだ」

 豪快に笑うキースにはぐらかされ、そこからはいつもの騎士談義と与太話になった。

 

お読み頂きありがとうございます。

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