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8.研究室にて

「ああ、着いちゃいましたね」

「そうだな。私ももっと色々な話が聞きたかった」

「ふふっ。僕ももっとお姉さんと二人きりの空間で過ごしたかったです」

「いや、そういう意味で言ったのでは…」

「まあこれからですね。僕たち、お付き合いしてるんですから」

「うっ…」

 彼はご機嫌な様子で一足先に馬車を降り、私に向かって手を差し出していた。


「何のつもりだ?」

「やだなぁ、エスコートですよ」

「私は騎士だ。むしろエスコートする側だが」

「でも、僕にとっては大切な女性です」

 ここで手を振り払うのは簡単だが、魔剣のことで試しに付き合う約束をしたため、ぐっとこらえて彼の手に手を重ねた。

「素直なお姉さん、可愛いなぁ」

 言われたことの無い評価に頬がカッと熱くなり、思わずキッと睨みつけてしまった。

 貴族令嬢がやれば勝ち気な娘との印象ですむだろうが、私では殺気に満ちた戦士の眼差しだったろうに彼はそれでも笑っていた。本当に調子が狂う。


 馬車から降り立つと、そこは私にとって普段馴染みの無い場所だった。

「ここは?」

「魔術研究棟の一角で、僕専用の研究室がここにあるんです。僕の研究って他国に漏れてもいけないし、暴発した時に一般の研究員を巻き込んでもだめですから。まあ、失敗しても僕一人で抑え込めますし、誰にも迷惑なんて掛けないですけどね」

 フッと笑う彼はどこか寂しそうにも見えたが、不遜な物言いに同情心が薄れる。


 彼に付いて中に入ると、最初に受付を兼ねた事務室があった。

「あら団長、お早いお帰りで。ウェブスター長官もこちらにおいでですが、すぐ報告に上がられますか?」

 事務の女性が声を掛けて来る。

「急ぎでやらないといけないことがあるので、後にします」

 そう言って私の方へ振り向いた。

「えっ、あっご来客ですね。すみません、こちらにご記入をお願い出来ますか?入館証をお渡ししますので」

「ええ〜。手続きめんどくさっ。急いでるのに」

 手続きするのは事務の女性と私なのに、何故か彼が文句を言う。


「団長が何てこと言うんですかっ!魔術研究棟では大変貴重な素材の保管や、まだ公に出来ない研究もあるので出入りが厳重になってまして。お手数ですがお願いします」

 彼を嗜めてから、私にスッと紙を差し出してきた。

「構いませんよ。むしろ真っ当なことだと思います」

 私はペンと紙を受け取って、必要事項を記入していく。


「そうだ、ちょっと込み入った用なのでしばらく誰も僕の研究室(へや)に近づけないでくれますか」

「ああ、はい。分かりました。ですが、帰還が分かると長官から呼び出しがあるかもしれませんが、どうします?」

「そうだなぁ。愛しい女性の来客対応中だから、放っておいてと言っておいて下さい」

「ぶっっ!?」

「はっ!?」

 私は思わず吹き出し、事務の女性は信じられないものを見るように固まった。しかも事務室にいた人達全員が、同じ驚愕の表情でこちらを見ている。


「お前っ、なんてことをっ!?」

「えっ、だって僕たち(お試しの)そういう関係になったんですよね」

 彼は全く悪びれずに言う。

「とっ、とにかく、急ぐんだろっ。用紙の記入に不備はないか?」

 私は一刻も早くこの空間から去りたかった。

「ええ、はい。大丈夫です…」

 呆然と応える女性から入館証をもぎ取り、私は彼の背中を押した。

「ははっ、そうですね。早く二人きりでシちゃいましょう」

 ナニを?とあらぬ憶測を呼ぶ発言をしながら彼は歩みを進めていく。


「団長がディアナ様と……?」

「そういう関係って、そういう関係!?ちょっ、本当に二人きりにしていいの!?」

「とりあえず長官に報告を!!」

「でも、人払いをされたし」

「あ〜、もうっ!本当に食えない団長ねっ!長官の会議が終わり次第報告だけはして、後は家族間で何とかしてもらいましょっ」

 この事務室から様々な憶測と共に波紋が広がり、後に外堀を埋められて行くとは私は知る由もなかった。



「さて、ここが僕の研究室(へや)です。僕にしか扱えないものとか色々あるので、あまり触らないように気を付けて下さいね」

 地階のワンフロアをほぼ占めているような大きな部屋だった。部屋を取り囲む全ての壁面には天井まで幾段もの棚があり、そこは全て書物や書類でうまっていた。

 また、部屋の半分はいくつものグループ化されたテーブルがあり、その上には資料や研究用具などが所狭しと並んでいた。

 私自身とは全くもって無縁の光景に、先程の不満や憤りも一時忘れて圧倒されてしまった。

 これだけ見ると、やはり彼は世界有数の魔道士で素晴らしい存在なのだと素直に感じた。 


「お姉さん、こちらまで来て下さい」

 彼は部屋のもう半分の部分へ私を呼んだ。

 そこは何も置かれていない空間だったが、足元には大きな魔法陣が描かれていた。

「これは魔術の暴発を抑え込むための補助的な魔法陣です。魔術による作業をしていると、ついメインのことに集中しちゃって、咄嗟の対応に手間取ることもあるんですよね。だからいつも作業前にこの魔法陣に魔力を流しておいて、僕が『しまった』って思ったら抑止力を働かせて僕が新たな対応に入る時間稼ぎをするんです」

「ほう」

 とてもすごいことだと思うが、身体強化など単純な魔力の使い方しか知らない私にとってはあまりピンとこない。


「さてと、では早速鞘の作成にはいりましょうか。すみませんが、魔剣を今の鞘から抜いて僕に貸して下さい」

「分かった」

 私は剣を引き抜き、魔法陣の中に入った彼に手渡した。

「お預かりします」

 いつもの巫山戯た様子は鳴りを潜め、今はただ何とも形容しがたい程の威厳を目の前の彼は湛えていた。


 彼が魔法陣の中心に立つと、魔法陣が淡く光り出す。

 左手で剣を横向きに持ち右手を一振りすると、急に白に近いほど薄い茶色の何かが浮かび上がり彼の指の動きに合わせて変形していく。

 彼が納得いくまで捏ね上げられたそれを、今度は刀身に沿って撫で付け切っ先部分にて一瞬拳を握りしめ再び掌を広げるとそこにはもう何も無かった。

 続けて彼にしては珍しく口を動かし何かを唱えていた。声は聴こえないが、口の動きがひと段落する度に剣に纏わりつく何かが発光する。

 その光景は、魔力の波動により柔らかく靡く髪と相まって非常に美しいものだった。

 キラキラと光を受ける彼の姿も、また詠唱に反応するかのように輝く瞳も思わず見惚れるほどで目を離すことが出来なかった。


 どれくらいそうしていただろうか、気づけば全ての光が収まり研究室の中は元の様相を取り戻していた。

「ふう、出来ましたよ」

 彼は魔法陣から出て、新しい鞘に収まった魔剣を両手で持っていた。

 出来上がった鞘は私の思い描いていたものと大きく違っていた。


 元来私は機能性重視で、デザインなど装飾そのものに興味はない。

 元々の鞘も丈夫で軽い木を芯に、防水性に優れた皮革を巻き付けて作ってあった。

 ところが、だ。

 目の前の鞘は落ち着いたブラウンのおそらくサンドドラゴンの皮を鞣し磨き上げ、鱗の一枚一枚まで美しい光沢をはなっている。

 極めつけはちょうどガードと剣帯の間に、翡翠色の美しい石がこれまた繊細な金の意匠の中央に嵌められている。


「これもまた…魔石か?」

「いえ、これは精霊石です」

「は?今、何と?」

「だから精霊石です」

「!?」

 ちょっと待て!精霊石など、おいそれと手に入るもんじゃないぞ。

 精霊石というその名の通り、世界のどこかに在ると云われている精霊の住む場所で採れるという幻の石だ。


「せっかくだから僕の瞳の色と同じ石を付けたいなぁと思って、最初は魔石を探してたんです。とりあえず色んな上級の魔獣を狩ってたら、どれもドス黒い色ばかりで」

 上級の魔獣を倒した時のみ、その体内から魔石が見つかることがある。それはこの魔獣だったらこの魔石というように条件がある訳ではなく、魔石の有無からその効果までまちまちで未だその生成過程は謎である。


「当たりを付けた場所付近の上級魔獣を狩り尽くしたら次の場所へとやっている内に、どうやら精霊の住処周辺の上級魔獣も狩り尽くしたようで、何か感謝されちゃって貰ったんです」

「ほう」

 最初から常識を逸脱し過ぎているため、私の頭はもはや付いていっていない。

「本当は精霊姫の婿にとか言われちゃったんですけど、きっぱり断りました。だって僕にはもう心に決めた人がいましたから」

 何だか照れ笑いをしているが、そんな呑気な話では無いはずだ。


 そもそも精霊の住処を見つけたこと、出会ったこと全て国に報告すべきだろう。

 精霊石など、国宝として宝物庫に厳重に保管されるべきだ。何なら私がその警備の門衛になったっていい。

 想像の斜め上どころか、遙か上空もしくは別次元の話をされて私は途方に暮れた。

 疑問もたくさんあるが、何から手を付けて良いか分からない。


「サンドドラゴンの鱗で魔剣の魔力の放出を抑えて、精霊石の効果でこの鞘には納めている間は魔剣の魔力を一切他へ漏らしません。ですので余程の人でない限り、これが魔剣とは気づかないくらいにはなっています。これで帯剣したまま、どこへでも入れますよ」

「しかし魔獣の素材と精霊石など、相性が悪そうなものだが。意外と反発しないのだな」

 精霊石は魔の存在をはじき、浄化するというようなことを聞いたことがある。あまりにも稀少なため、その効果を目の当たりにしたことなど無いが。

「ええ、相性なんて最悪ですよ。でもそこはまあ、僕がちゃちゃっとうまく丸め込んだんで大丈夫です」

 彼は満面の笑みを浮かべている。

 その様子は褒めて欲しいと強請る犬のようだが、実際鞘を作ったその手腕は可愛さの欠片も無い規格外の神業だ。どうしても犬に例えるならば、伝説のフェンリル又は地獄の番犬ケルベロスか。

 はあ、何だかどっと疲れが出て来た。もう帰っても良いだろうか。


「色々すまなかったな。ありがとう」

 そう言って、私は自身の愛剣を受け取ろうとした。

 しかし彼は笑顔のまま微動だにしない。それどころか、私の剣を手放そうとしないのだ。


「さっき魔剣の代わりに、僕とのお付き合いを認めてくれましたよね」

 急に不穏な空気だ

「ああ。お試しだがな」

「じゃあ、鞘の代わりはどうしましょうか」

 ぐっ…やはり一筋縄ではいかないか。

「結婚はしないぞ」

「ええ、分かってます。それじゃお付き合いの意味が無いですもんね」

 何を考えている?私が差し出せるものなど……。


「鞘の作成中に思いついたんですけど、お姉さんのこと『ディア』って呼んでいいですか?これなら他に誰も呼んで無いですよね?」

「いや、あれだけの作業の合間にそんなこと考えられるものなのか」

 複数の魔術の詠唱中だろうと私は呆れた。

「やだなぁ。僕はいつどんな時でもお姉さんのことばかり考えてますよ。で、『ディア』って呼びますよ」

「っ…分かった」

 相変わらず規格外だと思いつつまあそれくらいならと、ホッとして幾分か肩の力を抜く。


「それから」

「まだあるのか」

「簡単なことです。僕のことも『ルーク』と呼んで下さい。ほら、馬車の中でも一瞬呼んでくれたでしょう」

 確かにあの時は咄嗟に呼んでしまった。何と言うか、騎士団の部下や後輩達を励ます際のクセのようなもので。

「ね、ディア。お願いします」

 普段呼ばれ慣れない柔らかな声の響きに、何ともこばゆいような感覚が身体を走り落ち着かない。

 私は自分を落ち着けるために、一度目を閉じ深く息を吸い込んだ。

 姿勢を正し、一歩ルークに歩み寄る。


「ありがとう、ルーク」

「はい」

 ルークはこれまでの抜け目ない笑顔ではなく、素直な笑みを満面に浮かべて私に剣を手渡した。

 まるで花が咲いたような笑みに私は見惚れつつ、奇特な運命のルークがこの先もずっと心の底から笑っていられたらいいなとこの笑顔を守ってやりたいと思った。



お読み頂きありがとうございます。

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