7.告白
「で、色々調べ直していくうちに上級魔獣の心臓のことを思い出して今回の事を思い付いたんです」
「ほう」
「ちょうど討伐に行く話もあったので、周辺を探って様々な条件から考察したところ上級魔獣が生息している確率が高いことが分かったんですね。そうとなれば、あとはお姉さんをお誘いして同行してもらってってことになって今に至るんですけど」
「……」
特に深刻さの欠片も無く、ただただ彼は淡々と語った。
「お姉さん、聞いてます?」
「ああ」
何と言うか、呆れて言葉が出ない。
確かに彼の生い立ちは想像を絶するもので、こちらも別の意味で言葉が無いが後半彼はあまりにも傍若無人では無いだろうか。そもそも討伐を私物化するなと叫びたい。
しかし頭ごなしに叱り飛ばすには、前半部分があまりにも重い。不器用な自分が恨めしい。
「にしてもだ、ここまでしてもらう義理が私には無いのだが」
何とか絞り出した言葉がこれだ。
十分過ぎる物を貰っておいて、我ながら可愛くないな。いや、嵌められたようなものだから良いのか?
「え〜っと最初にも言いましたけど、これが僕の愛情表現なので。その…」
「なんだ?はっきり言え」
「はい。ではお言葉に甘えて」
彼は姿勢を正し、真正面から向き合い私の手を取った。
「僕は心の底から貴女だけを愛しています。指輪の代わりにこの魔剣を贈ります。どうか、僕と結婚して下さい!!」
彼の勢いに、一瞬私の頭が真っ白になった。
きっと時間にすると数秒程度だが、私の思考は一時停止しその後に目まぐるしく色んな事が頭に過っては消えた。
結婚…?一体全体、今日は何でここにいるのだったか?
任務中だったはずだ。そもそもまだ、帰還してすらいない。
指輪の代わりに魔剣だと?結婚を拒むなら魔剣を返却せねばなるまい。
しかし素体は私の愛用の剣だ。ではこの進化をキャンセルするには?はっ?そんなの聞いたことすら無いぞ。
魔術に関しては基礎知識くらいしか無い私には到底無理な話だ。
チラリと彼を見やると、普段とは違った真剣な眼差しとかち合ってしまった。これは冗談として流せないやつだ。
「結婚……は無理だ。しかし、魔剣を返すのもなかなか難しい。新しく剣を拵えるにも時間を擁する。どうしたものか」
求婚されても可愛げ一つ無い自分に辟易しつつも、一番気にかかるのは騎士生命に関わる剣のことだ。
「そう、ですか。やっぱり人並みに愛されようなんて、僕には難しいのかな。魔剣は返さなくていいです。お姉さんに差し上げます」
ずっと自信満々で周囲を振り回しまくっていた彼の殊勝な様子に、何故か胸の奥にズキリと痛みが走った。
「いや、結婚が飛躍し過ぎているだけで、愛す愛されるなどは関係ないだろう」
「そんな無理しないで下さい。僕だって本当は分かってます。最初に出会った魔術研究棟の皆さんが『変だ』と言っていた通り、僕が普通のヒト達の中で過ごすことなんて土台無理な話なんですよ」
彼は私から視線を逸らし俯いて自虐的に語った。
「そんなことを言うなっ!確かに君は自己中心的なところはあるが、魔術に関しての努力は惜しまないし、誰よりも多くの魔獣を葬ることで、民も共に戦う仲間も護っているじゃないか。現に君が参加した討伐では死者が一人も出ていない。それは尊敬に値する十分なことだ」
私は思わず項垂れる彼の両肩を掴み、熱く語りかけた。
「こんな出会ってすぐ結婚など、生まれてこの方恋愛とは無縁の私には考えられないが、別に君…ルークのことが嫌いな訳じゃ無い。むしろ、自分の目標に向かって努力出来る人間は好ましいと思っている」
「嫌い、じゃない?」
「ああ、そうだ。ルークが使う魔術は強力かつ洗練されていてすごいと思うし、やはり強い者には心惹かれるものがある」
「心…惹かれる」
私の言葉に少しずつ反応を示しながら、彼は僅かに顔を上げた。
「そっか、恋愛と無縁、結婚は飛躍し過ぎ……か」
彼は両肩にあった私の手を握りしめ、その綺麗な顔を私の目の前に近づけた。
「お姉さんっ!もしかして初恋もまだですかっ!?」
「は!?」
「僕、恋愛小説もひと通り読んで勉強したんです。まずは一目惚れとか初恋があって、恋愛が始まるって」
「そう、なのか?」
「はい!だから、まずは僕に初恋を下さい。そして僕と恋愛しましょう。結婚はそれからですね!!」
「んんっ!?」
彼が元気になったのはいいが、話が大きくズレている気がする。確かに私はこれまで初恋とかそんなものを意識したことすら無かった。
「とりあえずお姉さんに好ましく思ってもらえているようなので、お付き合いをするところから始めたいです」
いつもの調子を取り戻して来たが、都合の良い部分だけ切り取ってきたな。
まあ、明るい方が彼らしくて安心するが…いやこれは安心していていいのか?
「まずは友人からとかでは無いのか?」
「え〜、お姉さんの場合友人から始めると友人で終わらせようとする気がして。きっと友人を異性として意識するより、筋トレに割ける時間の方を意識しますよね?」
図星だ。彼はなかなか洞察力があるな。流石団長になれる器だけある。
「ちょっと卑怯ですけど、魔剣を返さなくていい代わりに僕とお試しでお付き合いして下さい。所属は離れてますが、それでも一緒に過ごす時間を作って僕との未来を考えて下さい」
魔剣のことを出されると断りきれない。
「ぐっ…、わっ分かった」
そうだ、一緒に過ごす時間が増えて逆に私から興味が外れるかもしれない。
こんな無骨で辛うじて性別が女なだけの、可愛げの無い女騎士など。
そう自分を納得させつつも、未だ逸らされない翡翠のごとき彼の瞳の美しさに、私の心の何処かにある柔らかい部分がズキリと痛んだ気がした。
「じゃあ次は、魔剣の鞘ですね」
「鞘?」
「はい。さっき騎士団の責任者も言ってましたよね。魔剣の扱いについて」
確かにそちらも早急にどうにかしないといけないが、それにしても切り替えが早くないか?
いやまあ、恋愛云々の話を永遠されても困るのだが。しかしやはり彼には調子を狂わされっぱなしだ。
「サンドドラゴンの鱗には魔力を抑えるというか、隠蔽する作用があるって知ってますか?」
「いや。主に砂漠に生息するサンドドラゴンは、自身の気配を隠して砂の中から襲ってくるとは聞いていたが、それは鱗が原因だったのか」
「そうなんです。ですから、様々な素材として最適なんです」
なるほど。魔術や魔具の話となると、彼といるのは勉強になるな。
私は魔獣の倒し方や身体の鍛え方は知っているが、その根拠や理論までは知らない。
「となると、討伐の際はおびき寄せて姿を視認次第鱗を焼けば良いのか。そうすれば再び隠れることが出来なくなるな」
これまではエンカウント次第一撃必殺しか無いと思っていたが、それではあまりに成功率が低くこちらのリスクが高い。
「いやいや、焼いちゃったら素材にならないですよ」
「それもそうだな。しかしまあ、まずは探し出すところからだな。なかなかの希少種だから、砂漠を歩いてすぐエンカウント出来るものでもあるまい」
これは、剣の鞘を作るまでに何年かかるか。となると魔剣に関しては他の案が必要だな。
私が頭を悩ませていると、再び彼の明るい声が響く。
「で、僕の研究室にサンドドラゴンの鱗があるので、帰ったら早速作りましょう!お姉さんの剣をお借りするのはちょっと難しいと思うので、このまま僕の研究室に一緒に来て下さいね」
「はあ!?あるのか?サンドドラゴンの鱗だぞ!!」
「はい。こんなこともあろうかと、この間の休みに狩ってきました。どれだけ必要か分からなかったので、鱗というよりは皮を剥いで来たんですけど」
皮を剥ぐ!?ということは、あまり傷付けず最小限の攻撃で倒したということか?しかも休日に?
竜種は全て上級に位置づけられるから、通常サンドドラゴンは編隊を組んで討伐にあたるんだぞ。
「いや待て!まさか独りで行ったのか?サンドドラゴンが討伐されたなど聞いていないぞ。それにどうやった!?前衛に手練れの騎士を配しおびき寄せたところで、後衛の魔導士が弱らせてとどめを皆で刺すのが普通のはずだ」
「ああ、私的な用事だったので特に報告してませんでしたね。それに報告しちゃったら、せっかくの素材を帝国に取られちゃうじゃないですか」
確かにサンドドラゴンの鱗は貴重だ。
一般の市場にはまず出回らないし、それを使用した物には破格の値が付き王侯貴族しか買えないだろう。以上のことから、帝国の専門機関で保管されるのが筋だ。
「あと倒し方ですが、サンドドラゴンって水が大の苦手じゃないですか。水に入るとパニックになるくらい。だから好物のシェルスカラベを置いて罠を張って、それに釣られてやって来た所を大きな水球に閉じ込めます。あとは窒息を待つだけなんで、無傷で素材を手に入れられます。案外独りで行く方が警戒されなくてエンカウント率が上がるんですよね〜」
簡単なことのように言うが、それを実行出来る者が何人いるだろうか。
「いや、シェルスカラベを狩るのも大変じゃ無いか?それ自体が大きいし、物理的な防御も高い」
「ああ、別に狩ってしまわなくてもひっくり返すだけでいけますよ。強力な風魔術で脚下を掬ってひっくり返せば、湾曲した甲羅が邪魔になってしばらく起き上がれませんから。その藻搔く振動がいい感じにサンドドラゴンをおびき寄せてくれるんです」
「なるほど」
本当に彼の話は勉強になる。叶うなら同行してその現場をこの目で見てみたい。私だけでなく、騎士団の誰も考えつかない戦法だ。
まあしかし、圧倒的な魔力と魔術の技量が無いと出来ないことばかりだが。それでも何某か新たな攻略のヒントを得られるかもしれないし、直接対峙したことの無い魔獣にも出会えそうだ。
「あれ?お姉さん、どうしました?」
「いや、何でもない」
彼の軽はずみ行動を嗜める側の私が、そちらに引き摺り込まれてどうする!
ここは冷静に!!
「ふうん。あっ、そうだ。他に聞きたい魔獣の話とかあります?」
「えっ、あっ、その…サラマンダーやデモンライガーとかエンカウントしたことあるか?」
つい好奇心に負けて聞いてしまった。
「ええ、ありますよ。じゃあサラマンダーから話しますね」
一つ一つ貴重な、彼の討伐経験(私的なものが大半)を聞きながら馬車は進んでいく。
こんなに真剣に人の話を聞いたのはいつぶりだろうか。いつもキースとは他愛ない話をしているが、目の前の彼の話は刺激的で興味深い。
思いの外、彼は話上手で時間が経つのもあっと言う間だった。気がつくと既に帝都の領界に入っていた。
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