3.魔獣討伐
あれから件の討伐について魔導士団と何度か打ち合わせを重ねたが、彼がその場に来ることは無かった。
メイヤー氏によると、最近彼は彼で何やら忙しくしているらしい。遊んでいるのかと様子を伺うと討伐先の地図を眺めて居たりもするものだから、頭ごなしに注意する訳にもいかないようでよりストレスが溜まっているそうだ。
「全く、次は何を企んでいるのやら。いつも振り回されるこっちの身にもなって欲しいもんですよっ!」
よほど信用が無いらしい。メイヤー氏の心に、いつか平穏が訪れますように。
そうして迎えた討伐当日。私は彼の宣言通り、彼が率いる少数精鋭の部隊と共闘することになった。しかも急遽参加することになった私は、騎士団のどの部隊にも組み込まれず単騎で彼の傍に置かれた。
「えっ!ディアナさん、一人でそっちなんスか?」
「久しぶりにディーの剣さばきを拝めると思ったのによ」
「ディー様……」
共に行く騎士団の部隊からは様々な声が漏れ聞こえた。
「チッ」
私のすぐ傍にいた彼が、その顔に似合わぬ舌打ちをした。思わず彼の方を見る。
「ん?どうしたんですか?」
何事も無かったような顔で彼は私を見返す。
「いや」
「僕のこと、気になっちゃいました?」
少しだけ期待を込めた眼差しで見つめられるが、今はそんなことに付き合っている暇は無いため聞かなかったことにして前を向き移動する隊列に加わろうとした。
「ふふっ、つれないなぁ」
このまま彼のことは無視して任務に集中しようとするも、私の考えは砂糖菓子の様に甘かった。
「というか、私は騎士なので魔導士団の馬車ではなく、騎馬に乗って現地に向かいたいのだが」
二人きりの馬車の中、正面に座る彼に告げた。
「ええっ、部隊を率いるなら騎馬でしょうけど、今回お姉さんは特別参加なのでここでいいんです」
口を尖らせて不満げに呟く彼。子供か……。
「あと、任務中『お姉さん』は止めてくれないか。皆と同じように『ディアナ』か『ディー』と呼んでくれると助かる」
「えっ、ヤです」
即答だな……。
「僕、皆と同じって嫌なんですよねぇ。しかもそれが一番大好きで大事な人に関することだと余計に。ほら、僕だけの特別が欲しいって言うか」
本当に欲しい物を目の前にした駄々っ子のそれだ。
「ずっと気になっていたのだが」
「何ですか?お姉さんなら何でも聞いてくれていいですよ!嬉しいなぁ。やっと僕に興味持ってくれたんですね」
瞳をキラキラさせて、彼は身を乗り出してくる。
そんなに期待した目を向けられても、無骨な私は困ることしか出来ない。
「とりあえず、ウェブスター殿は一体いくつなんだ?」
「むぅ、その呼び方だと僕は答えてあげませんっ!家名じゃなくて、ちゃんとルークって呼んで下さい」
また拗ねて口を尖らせた彼……。確かに、メイヤー氏の言う通りクソガ……いややめておこう。一応は私より上役にいる人物だ。しかも所属も違う。ここは我慢、我慢だ。
「ルーク殿はいくつだ」
「惜しいっ!殿も外して呼んで下さい」
しばらくの沈黙が流れる。
何か、もうどうでもよくなってきてしまった。つい、目の前の彼から視線を外して馬車の外を眺める。
今日はどんな魔獣が出るだろうか。王都に一番近い森だから、あまり珍しいモノは出ないかもしれんなぁ。うん、この馬車の中よりも森の奥深くで魔獣と対峙している方が気楽かもしれん。誠に不謹慎ながら、早く魔獣に会いたいような……。
「ちょっとお姉さん、聞いてます?」
「ああ、いや。もう忘れてくれ」
「もう、つれないなぁ。まあ、そんなクールなところも好きなんですけどね。ちなみに、僕は19歳です。推定ですけど」
「推定?」
「ええ。僕孤児なんで、いつ生まれたのか誰も知らないんですよね。拾われた…正確に言うと保護された時が大体2歳か3歳くらいに見えたらしく、まあそんなものかなって。でも意外とお姉さんと同じ21歳だったりして」
淡々と彼は話すが、私は思わず絶句してしまった。
「そうか」
大変だったななどと零すのは簡単なことだ。しかしそんな安っぽい同情なんて、彼は聞き飽きていることだろう。
騎士を志す者達にも少なからず孤児はいる。皆、身を立てるために己が才能を伸ばそうと必死だ。
そんな者達に相応しいのは同情ではなく、その努力への賞賛だ。
なるほど普段は茶化した風を装いながら、しっかりしているんだと彼を見直し正面からしっかり彼を見据えたのだが……。
「あれ?」
「ん?」
彼は私に向けて両手を広げて差し出していた。
「何をしているんだ?」
「ええ~っ、ここは僕に同情して優しくハグでもしてくれるとこじゃないんですか?」
前言撤回。
「せっかく見直したと思ったが、どうやら360度見方が変わったようだ」
「うわぁ、それ、元に戻ったやつ……ちぇっ」
彼は口を尖らせて心底悔しそうだ。
「ふっ、ふふ。君は明るいな」
孤児だと卑下するどころか、それを活かそうとするなんて本当に面白い。そして何より強い、心が。
「まっ、お姉さんの笑顔が見れたんで良しとします。でも、そういうところですよ。僕がお姉さんを好きな理由」
「?」
「誰に対してもきちんと向き合って平等なところ。変に媚びたりして機嫌をとろうとかしないところです」
「誰に対しても平等なのは、騎士として当然だろう」
我が家の家訓にもある。命に貴賤なく命ある者皆等しく守り抜く、それが騎士道精神だ。
「それが当然と言える高潔さ…そんなところですよ」
彼がボソッと呟きつつ、私の足元に目を向ける。
「その剣、いつも愛用のものですか?」
私は軽く座席に立て掛けている剣に手を触れた。
「そうだ。ライバーン家にて私専用に誂えたものだが、それが何か?」
「いえ。ただの確認です」
そう言って彼は不敵に笑った。何を企んでいる?
その後他愛無い戯ご…いや会話を交わしながら、馬車は目的地に到着した。
騎士団も魔導士団も一か所に集合し、討伐における最終確認に入る。
それぞれの責任者が皆に指示と檄を飛ばしていく。
「各班の割り振りは事前に周知した通りだ。住民のために一匹でも多くの魔獣を討伐することは大事なことだが、己の力量を過信して無理な深追いはしないように」
「緊急事態や応援要請がある場合、魔導士は速やかに信号弾を打ち上げること。あと、魔獣との対峙は命がけではあるが極力森林資源を必要以上に傷つけないこと。住民にとっては恵みの森でもあるし貴重な薬草も生息している。生態系を壊して更なる魔獣の増加に奇しくも加担してしまうようなことだけはないように!……聞いてますかウェブスター魔導士団長殿!!!」
「は~い、聞いてますよ。でも僕、細かい作業嫌いなんですよね。極力気を付けます」
彼のこの場にそぐわない間延びした声に、魔導士団の責任者のこめかみがピクピクしている。
あの人とは話が合いそうだ。
「では皆、配置に付け!討伐開始だ!!!」
「オオォ!!!」
鬨の声を上げ、各班が其々の担当エリアへと散らばって行った。
「じゃ、僕たちも行きますか」
彼は私にスッと手を差し出した。
「何のつもりだ?」
「ん?はぐれない様にエスコートをと思いまして」
彼は全く悪びれずに言う。
「ここは夜会や舞踏会じゃないんだ」
私は彼を無視して前を歩き出した。ここからはまさに生きるか死ぬかの真剣勝負。
腰の愛剣に触れながら、いつでも剣を抜けるようにして森の奥へと進んでいく。
「じゃあ、夜会や舞踏会だったら僕にエスコートさせてくれます?」
彼は相変わらず緊張感が無い。
「私はそんなものには出ない」
「じゃ、僕と出ましょうよ。お姉さんの初めてを貰えるなんて光栄だなぁ」
「だから出ないと言っている。そういう日は警備を買って出ることにしているんだ」
「ええ~っ!?そんなの他にもいっぱい騎士がいるじゃないですか」
確かに騎士団の人員数は豊富だ。
「いや、妻子や婚約者がいる者を優先して参加させている。長期任務で身内には寂しい想いをさせているし、常に我々は死と隣り合わせだからな。こういった機会をうまく使ってもらうんだ」
「ふうん。でもお姉さんの婚約者はいつ探すんです?」
「そもそも私は結婚する気など無いからな。家は兄が継ぐし、私は騎士として生きて行くさ」
「僕と結婚しても、騎士は続けられますよ。もちろんあまり長い任務とかは困りますけど、最悪僕も一緒に行けばいいですもんね」
「は!?魔導士団団長が然う然う勝手に動いては、皆に迷惑が掛かるだろう!」
「その時は僕、団長辞めます。研究者の方でもお金は稼げるので、いち魔導士としてついて行けばいいですもんね。って言うかそんな心配をするなんて、僕との結婚生活を現実的に考えてくれてるんですか。嬉しいなぁ」
いやいや、常識的なことを説こうとしただけなのに何故こうなる!?
「そんな事あるわけっ……」
言い終わる前に何かの気配を感じ、私と彼は一斉に後方へ飛び退いた。
さっきまで私達が居た場所が、鋭い爪痕で抉られていた。
「来ましたね」
「ああ。ランブルベア、中級クラスの魔物だな」
私はスッと剣を抜いてブレイド(剣身)に魔力を流すと同時に、自身に身体強化をかけた。
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