22.願い
「ふふっ、嬉しいなぁ。僕達、正式に婚約したんですね。結婚式はいつにしましょう?来週?いやもう明日かな。明日がいいなぁ」
隣に座るルークがピタリと身を寄せ甘えてくる。
「早まるな。まだ帝国に受理されていないし、婚約したとしても距離が近いっ!」
私は両腕を突っ張って何とか引き剥がそうてしていた。
遡ること数十分前。
ウェブスター長官は昨晩の夜会での件を追究しに来たと同時に、私達の婚約に関する書類を準備してきていた。家長である父の言葉もあり、二人して署名をして正式に婚約は成立した。
父の言葉を借りるなら、婚約というよりは世界平和のための契約のようだったが。
そしてルークはやはり夜会での一件をのらりくらりと躱し、夜会での一件の延長上に女子寮侵入があるのではという鋭い突っ込みも煙に巻いた。
具体的には寮に女子の天敵、黒いGが出たことで私が悲鳴を上げ転移して駆けつけたことになった。
実際は討伐の時に森などで様々な虫や爬虫類に出会うため私はGくらいで悲鳴を上げたりしないが、他の女騎士は外では大丈夫なのに部屋で遭遇するとダメな場合が多々あるらしい。
長官は全てを信用した訳では無さそうだったが、それよりも個人間でここまで小型かつ高性能の通信魔具を制作、使用していることにルークは大目玉をくらった。
「全く、こんなすごいモノを作ったのに報告もしないで!通信魔具など今世界中の魔導士が躍起になって改良を重ね、場合によっては軍部の機密として秘匿されているのに個人間で楽しむなど」
楽しむ?
長官は怒っているが、その技術への好奇心を抑えきれ無いようだ。
「ええ〜でも、大量生産するのは疲れますし、通信が混線しないように調整したりするとか面倒臭いですもん。それなら、世界中で僕とディアだけが密接に繋がっていたらそれで充分だなって」
「こ〜の〜。お前の中に、一人は皆のためにという志は無いのかっ」
「そんなものあるわけないじゃないですか。僕はディアのために、それが全てですっ!」
言い切った!!
「ぐっ」
長官は押し黙り、それ以上は何も言わなかった。
そして荒々しく立ち上がると、皇宮に婚約に関する書類を提出しに行った。
一応ルークの身分的に皇帝陛下の承認が必要になるそうだ。
「ところで、ディア?」
「何だ?」
ルークはソファに寝転がり、勝手に私の膝に頭を乗せた。
「僕達、一緒に暮らしませんか?」
「は?急に何を言い出すんだ」
「急じゃないです。実は僕ずっと考えていて、既に必要最低限の家具を入れた屋敷も手に入れています」
用意周到過ぎないか!?
「いや、勝手だな」
「この間陛下から頂いた報奨の中に入れてたんです。事前に欲しいモノは無いかって聞かれてたし」
何故、私に相談しない!…ああ、即刻断るからか。
「本当は結婚するまで一緒に住むのは我慢しようって思ってたんですけど、昨日みたいに勝手に精霊が押しかけてくることがあるってなると、もう居ても立っても居られなくて」
美しい翡翠の瞳が、怒りとも切なさとも取れる揺らぎを伴って私を見つめてくる。その瞳にこもる熱に、私は何も言えなくなってしまう。
「他の誰も侵入出来ない強固な結界を何重にも施して、僕は何者からもディアを護ります。他の誰にも触れさせない、絶対に傷つけさせない、僕だけのディア…」
ん?
「ちょっと待て、何気に監禁しようとしてないか?」
「ちっ、バレたか。最近ちょっと鋭くなりましたよね?」
「あのなぁ〜」
こんな腹黒ワガママ魔導士と常に行動を共にしていれば、嫌でも耐性がついてくる。
「まあ後半半分は単なる願望ですけど」
不穏だな。そこは完全に否定して欲しいところだ。
「でも実際僕達の屋敷があれば、誰の目も気にせず転移しやすいですし、色々メリットはあるんですよ。それに今回の女子寮の件もありましたしね。僕のことはいいんですけど、ディアの評判が落ちるのは僕も本意ではないですし」
まあ確かに分からないでもない。
しかも女子寮の件も、規律を破った私が退寮する方が後進に示しもつくだろう。
「分かった。ルークの屋敷で世話になる」
「えっ!いいんですか!?」
意外にもルークが目を瞠って驚いている。
「何だ、ルークから言い出したんじゃないか」
「そうなんですけど、まさかこんなすぐ了承を得られるなんて…」
ルークは呆然としている。
「ははっ、変な奴だな」
「へへへ、僕、幸せです。そうだ、『永遠のベール』って知ってますか?」
「ん?何だそれは」
「精霊の国でもらったんですけど、この世界の何処かにある世界樹の元でそれを被って願い事を言うと叶うらしいですよ」
「なるほど?」
もらった……本当にもらったのか?いやそこを詮索するのはよそう。私にはどうすることも出来ないことだ。
「ディアの願い事は何ですか?」
「願いか…。ん〜すぐには思い浮かばんな」
伝説に頼るほど大きな願いなど私には無いな。現在帝国内も落ち着いて平和だし、幸い親族も皆健康だ。
「例えば何か手に入れたい物とか、こうなったらいいなと思っていることとか」
「いや、それはほとんどルークが叶えてくれているしな」
「!!?」
「うん、ルークのおかげで不便が無い。むしろ快適だな……ってどうした?」
珍しく黙ったルークを覗き込むと、両手で顔を覆っていた。何故か耳まで赤い。
「ちょっ、急に素直になるのは反則です」
「何かおかしなことを言ったか?」
普段通り、思ったことを口にしたまでなのだが。
「もうっ、無自覚で僕を煽るのは止めて下さい」
いや煽るも何も、そんなつもりは毛頭ないんのだが。しかし願いと言えば…。
「そうだな、何でもいいのなら、強いて言えばこの胸のぜい肉を立派な筋肉に変えて欲しいものだな」
「は?却下です」
即答だった。しかも両手を外した顔は冷たい真顔になっていた。突然どうした?
「ちなみに、今あるものを無くすことは出来ないそうですよ。ベールは精霊が織っているらしく破壊的な願いは出来ないそうです」
「そうか」
残念だ。やはり楽な道を選ばずに、こつこつ努力を重ねねばならないか。
「あっぶな〜。危うく家宝が消えるとこだった。今回ベールは効かないとはいえ、無闇矢鱈にディアの願いを叶えるのも考えものだな」
ん?ルークがブツブツと何事かを呟いている。
「何かあったか?それより、ルークの願い事は何なんだ?」
いつも先回りして私の希望を叶えるくせに、自分のことはあまり言わないルークの願いとは。気になって聞いてみた。
「僕の願い事ですか?未来永劫、ディアと一緒に居ることですよ」
「は?そんなことでいいのか?」
私は思わず拍子抜けした。何でも自分で叶える力のあるルークのことだから、その願いはとんでも無いものだと勝手に思い込んでいた。
「そんなこと……ですか」
「ああ、そんなの当たり前のことだろう。正式な婚約者だし、その……互いに、好き合う者同士なのだから」
最後は流石に恥ずかしくて尻すぼみになった。
「当たり前……」
ルークがムクリと起き上がり、私の方へ向き合い両手を握り迫ってきた。
「本当に、そこまで僕のことを!?ずっと、ずっと一緒に居てくれるんですねっ!!」
何をそんなに驚くのか、何故こんなに確認してくるのか。そこまで私の態度は酷かったのだろうか。こんなに不安にさせてしまうほどに。
「ああ。騎士に二言は無い。ルークは私にとって…初、恋…だからな」
おそらく私はこれまで自分でも見たことの無いほど、情けない顔をしているだろう。頬が火照って仕方ない。あまりの恥ずかしさに俯き加減になり、僅かに上目でルークの様子を伺った。
「っ〜〜〜!?」
ルークが声にならない声で身悶えている。
「あ〜もうっ!我慢できないっ!!」
「ぶわっ!?」
私はその場に押し倒された。
ルークは私の顔の横に両手をつき、逃さないようにのしかかってきた。事態の把握に混乱しているうちに器用に脚の間に脚を入れられ、益々身動きが取れなくなる。
「そろそろ婚約の届出も受理されている頃でしょうし、もういいですよね?」
耳元でルークが婀娜っぽく囁く。ふと垣間見たその瞳は情欲に濡れていた。
何がいいと言うのか。しかし私も夢見る少女ではない。この先何が起きるかくらいは分かる。
「こっのぉ~っ、勤務時間中だぁっ!!」
私は全身に全力の身体強化を施し、ルークを思いっきり撥ね退けた。
どうせ物理攻撃は効かないんだ。全力でも問題あるまい。
「わっ……と。何するんですか」
案の定ルークは無傷のまま、ソファの奥に落ちていた。何だかちょっと悔しいな。
「勤務中に不埒なことをするなっ!今後このようなことが続くなら、私は特務課に対して休職届を出す」
「あっ、退職願じゃないんだ」
「何か言ったか!」
「いえ、何でもないです」
私は立ち上がり床にちょこんと座るルークを見下ろした。
「ちぇっ、せっかくイイ雰囲気だったのに」
ルークが口を尖らせて拗ねた。
その様子にフッと苦笑する。今迄はこの態度に呆れていたものだが、今では何だか愛おしい。恋は盲目というのは厄介なものだ。
「だから、勤務中はダメだと言っている」
いつもより優しく諭す。
「えっ、それって……」
ルークも気付いたらしい。
「もうすぐ一緒に住むんだろう?せめて職場では公私を分けて職務を全うしたい」
「ヨッシャー!色々言質は取りましたからねっ!!」
ん?色々?
「では昨晩に引き続き文献を漁って、世界樹を探しますね!見つけたらすぐに転移して、世界樹の元で僕とディアを魂の絆で結んでもらいます。そうしたら、仮令肉体が滅びても、何度生まれ変わっても、僕達は永遠に結ばれ続けますから。……もう、離しませんよ?」
顔はとても幸せそうに笑っているのに、その瞳に声に仄暗さが宿る。
「そうそう、ディア。貴女はいつも『私が君を抱くことはない』と言ってましたが、そんなの当たり前です。だって貴女は抱かれる側ですから」
にっこりと、出会った時のまま曇り無き笑顔を向けるルーク。
はやまったかもしれん。
私の頬が僅かに引き攣った。
騎士ディアナ=ライバーン、私はおそらく人類最後の砦だ。
これでディアナとルークの物語は、一旦完結になります。
本当は他にも書きたいエピソードもあるのですが、まだうまく形になっておらず。
書くことが出来れば、第二章か番外編として投稿しようと思います。
その際は是非またよろしくお願い致します。
ここ迄お付き合い頂き、ありがとうございました。




