21.閑話:父親たちの事情
「!?」
「!!?」
皇宮で行われた夜会の最中、何の前触れもなく一瞬感じた違和感。
共にその場に居た第二騎士団副団長と魔術庁長官は顔を見合わせ、互いに同じものを感じ取ったことを知る。もし同時に何らかの反応をする者を見掛けるようなことが無ければ、気のせいかと流してしまっただろう。
現に他の騎士団関係者も、魔導士団関係者も誰も気に掛けていない。
「ウェブスター長官…」
「ライバーン副団長、貴方も感じられましたか」
「ああ。何だ、この得体のしれない感じは。俺がこれまで対峙した何者とも違う」
「ええ。正体も、襲来の意図も掴めない。ほんの僅か、何らかの力の残滓を感じられる程度だ。場所は…」
二人が共に視線を送った先にはそれぞれの子供達、ルークとディアナがいた。
二人は夜会には似つかわしくない、神妙な顔で寄り添っていた。明らかに何かがあったのだ。
父親達は頷き合い、ゆっくりと人を掻き分けながらそちらに移動した。
「ルーク、何があった?」
長官の声に、ルークは冷静にディアナはハッとして振り返る。
ディアナの様子から何かがあったことは明白だ。
「別に何も。それより義父さん達こそどうしたんです?二人お揃いで」
「先程、ほんの一瞬こちらから違和感を感じた。一体何が起こっている?」
「違和感ですか?僕には何も感じられませんでしたが」
ルークが淡々と答える。
「ではこの何らかの力の残滓はなんだ」
「さあ、僕にはさっぱり」
端から見れば親子が他愛ない話をしているだけに見えるため、ウェブスター家と繫がりを持とうと思惑を持った貴族連中が集まりだし奇しくもこれ以上の追究は出来なくなった。
集まりだした人々を捌いている間に、いつの間にかルークはディアナと共に居なくなっていた。
優秀過ぎる息子を問い質すのは一筋縄ではいかない。
そのまま仕方なしに夜会終了まで待ち、父親二人は会場の片付けに紛れて調査を行った。
違和感を感じたポイントを中心に力の残滓や気配の追跡を行った。それは主に長官の魔術と、副団長の野生の勘で。
しかし何も手掛かりは無かった。唯一分かったのは窓や扉には一切の痕跡は無く、残滓があるのはただその一点ということだ。つまり対象は、ルークと同じように転移魔術を使うということ。
ルークの他にそれを使える存在を長官も知らなかった。
「お手上げですな」
副団長が頭を掻く。
「そうですね。明日ダメ元でもう一度ルークに尋ねてみましょう」
「頼みます。ディアナもいましたが、アイツではろくに説明も出来ますまい。恥ずかしながら、我が一族は魔術に明るくないですからな」
「承知しました。ところで、この後お時間はありますか?」
「ええ、ありますが何か?」
「いえ。良ければ、これからサシで飲みませんか?ライバーン殿とは一度ゆっくり話をしたかったのです」
「ええ。ではお供しましょう」
二人はウェブスター家の屋敷へと移動し、秘蔵の酒を何本も空けていく。
「いつもディアナ嬢にはお世話になって、本当に助かっています」
「いや、それはこっちのセリフですわい。アイツは騎士としては完璧だが、それ以外はどうにも抜けていて。婿殿には申し訳ない限りで」
「婿殿?」
「ああ、ルーク殿を勝手にそう呼んで申し訳ない」
副団長は謝りつつ豪快に笑う。
「いえ、あなたにそう認めて頂いているなら結構なことですよ」
長官は朗らかに笑った。
「ルークは出会った時から不思議な子で、たった一つ魔術にだけ興味を示しましたが、それ以外は無関心で無感情だったんです」
長官が語るのを、副団長は黙って聞いていた。
「それがある日を境に急に活き活きとしだして、今まで極力避けていた社交界に顔を出してみたり、生活態度も改善されたり……まあ私的な討伐が増えたのには困りましたが。それでも、何と言うか一気に人間らしくなったんですよ」
「ほお」
「どうやらその辺りで、ディアナ嬢と鮮烈な出会いをしていたようなんですよ」
長官はクククッと嬉しそうに笑った。
「生憎、うちは何も言ってませんでしたな。まあ離れて暮らしてますし、騎士団内でもあまり一緒になりませんから」
「たぶん、ディアナ嬢にとっては日常の一部だったんでしょうね。でもルークにとっては、きっと眩しい出来事だったんだと思います」
「はぁ、そんなもんですかい」
副団長は首を傾げ、グラスに残っていた酒を煽った。
空になると長官がまた酒を注ぐ。
「にしても、婿殿は何者なんだ?ウェブスター殿ならご存知でしょう?」
「いや、私も実のところよく分からないんですよ」
「は?」
副団長は引き取っておきながら信じられないという目を向ける。
「仰りたいことは大体分かります。でも、世の中知らない方がうまくいくこともあります。それでも引き取ったのは、彼を放置することも危険な気がしたからです」
「と言いますと?」
「ルークは魔力も魔術の才も、もはや人智を超えています。おそらく真の力も、私には明かしていないでしょう。今日の夜会での一件もその内の一つだと思っています」
「なるほど」
「だから正直息子とは言え、帝国だけでなくもはや世界の脅威になり得る存在だと考えています」
「そこまで……」
副団長は一気に酔いが醒める思いがした。
「そんな要注意人物のところに、うちの脳筋単細胞な娘で大丈夫ですかい?アイツは真っ直ぐ過ぎて、ウェブスター殿の思惑や憂いなど一切気づきませんぜ」
「きっと、その真っ直ぐなところがいいんだと思います。思惑に囚われずあれこれ詮索もしない、それがルークにとって居心地が良いのでしょう」
「そんなもんですか」
「ええ。だからこそ、ルークからディアナ嬢を取り上げた時、私は世界が終わると思っています。冗談ではなく」
「!?」
副団長は予想以上の事態に思考が停止する。気安く婿殿などと呼んでひやかしている場合では無いと、今更ながら冷や汗を流した。
「そこで、改めてライバーン殿にお願いがあります。どうかご息女に、愚息の正式な婚約者になって頂けないでしょうか」
「……」
ここまでの話を聞いて、普通の父親なら素直に頷きはしないだろう。掌中の珠である大事な娘を破壊神に嫁がせるようなものだ。
しかし彼は『獅子の子育て』を男女問わず施すような鬼の副団長だ。
「なるほど、人類存続のための最後の希望がディアナってことですかい?」
副団長は鬼気迫る様相で口端を上げた。
「有り体に言うとまあ……申し訳な」
「いや、大いに結構!!!」
かぶせ気味に大きく返事をした。
「え?」
頭を下げようとしていた長官が事態を飲み込めずに固まった。
「帝国のため人類のために命を賭けること、それは騎士の本懐っ!俺はどの子もそんな風に育ててきたんだ。娘だって例外じゃねぇ。それは脳筋単細胞なディアナは骨身に沁みて分かってることでさぁ」
「ん?えっ、ハイ」
副団長の勢いに、長官は圧されている。
そこへ、慌ただしく扉かがノックされた。
「なんだ?こんな時間に」
せっかく話が纏まりつつあるのに水をさされ、長官は不機嫌に扉を開けた。
「たっ、大変です!!第二騎士団の女子寮から抗議文書が届きましたっ。ル、ルーク様が、ルーク様が女子寮に不法侵入したとっ!」
「なっ、何だと!?」
「とうとうディアナ様のお部屋に忍び込んだらしいですっ!……ヒィッ」
使用人が真っ青な顔で叫び、部屋の奥にいる件のディアナの父親と目が合い一気に顔が真っ白になった。
それにしても使用人にまで「とうとう忍び込んだ」と言われてしまう息子に、長官は頭を抱えた。
抗議文書を受け取り使用人を下がらせ、元の席についた。
「ああ、何と言えば……」
長官は副団長を前にして項垂れた。
「いやむしろ好機、このままさっさと婚約を結んでしまいましょうや!」
「えっ」
お叱りを覚悟していたため、思わず拍子抜けする。
「この間剣を交えて感じましたが、婿殿はディアナの大事なモノを理解して加減の出来る方だ。女子寮まで行ったのも何かちゃんとした理由があるんでしょう」
「ん?え?」
剣を交えたとか息子から聞いていないし、勝手にここまでの信頼を得ているのにも驚きだった。
「さあ、これでディアナも逃げれなくなった。今のうちに畳み掛けましょう!早く書類を!!」
長官は言われるまま職務机から用紙とペン、印章を持ってきて準備していく。
副団長は出来上がったものに目を通し、納得した上で上着から印章を取り出し押した。
「それから、録音出来る魔具はありますかな?」
「ええ、記録時間は?」
「5分か10分あれば大丈夫です」
長官は再び職務机から小型の魔具を取り出し手渡した。
「どうも。あー、あ、あ、あ〜ディアナ、よく聴け………」
録音を終了し、テーブルに魔具を置く。
「ククッ、生贄ですか。結構な言いようですね」
「まあ、あの脳筋にゃこの方が分かりやすいでしょう。とりあえず帝国のためという方が、自身の幸せを説かれるより納得する子なもんでね」
「そうですか」
長官はにこにこ笑いながら話を聴く。
「これで…仮令人類が滅びても、ディアナだけは生き延びることが出来るな」
「!」
鬼と呼ばれる破天荒な副団長の愛情もまた、他者には推し量れないほど複雑なのだった。
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