2.魔導士団長
魔獣を討伐に行くことが決まりキースへの引継ぎも無事に済んだ後、私は宿舎へ帰ろうと団舎を出るところだった。
新兵達は課題メニューを熟した後、宿舎で食事の後自主練や座学の自習を行い、キースは他の同僚と共に街へ食事に行った。共にどうかと誘われたが断った。
実戦から三か月も離れていたため、まずは自室で討伐当日のための防具や武器の確認を行いたかったのだ。
団舎の門に差し掛かる手前で、人の気配を感じた。
騎士団に用があるのなら、門の傍に立ち止まっていないで団舎へ向かえばいいはず。
「誰だ」
私は警戒して、低く声を出した。
「こんにちは、お姉さん!」
この場にそぐわない、僅かに高く明るい声が響く。
「!?」
目の前に現れたのは私とほぼ同じ目線の高さの、少年を卒業したばかりに見える若い男。
淡い霞色の少し長めの髪に、翡翠のような瞳を持ちひどく造形の美しい青年だった。
この目立つ容姿、忘れはしない。新人教育の部署に配属される直前、最後の討伐で出会った青年だ。
あの時、彼は魔導士団の一員として討伐に駆り出されていた。
帝都から離れているが畜産で有名な地方の人里近くの森にて、群れで行動する魔獣の駆除を行った。
魔獣は狼を大きく更に凶暴にしたようなもので、群れで連携をとるため厄介な部類であった。
騎士団と魔導士団をバランスよく組み合わせたグループで行動をしていたはずだったが、私が戦闘時に彼を見つけた時彼はただ独りで4、5匹の魔獣と対峙していた。
しかも彼は魔術を放つ様子も無く、その場にただ立たずんでいた。
私はてっきり彼が初陣で足が竦んで動けなくなってしまったと思い、咄嗟に身体強化を己に施して彼の前に飛び出し、魔術を刃に纏わせた剣を振るい数匹の首を落とした。
しかし討ち洩れた魔獣が襲いかかってきて、何とか致命傷だけは避けようとした瞬間、目の前の魔獣が凍りついた。そして更に後ろにいたもう一匹は一瞬で燃え尽きて灰になった。
そう、彼は足が竦んでいたのではない。わざと自分に魔獣を引き付け、無詠唱の魔術で屠るつもりだったのだ。
「あの時は邪魔をしてしまい、すまなかったな。今日はどうした?」
結局あの時は群れの数が想定以上で、その場で彼とろくに言葉を交わす暇も無いままに、私達は何とか討伐を終え帰途に着き事後処理に追われた。
「ふふっ。僕、お姉さんにお礼が言いたくて会いにきちゃいました」
彼は上機嫌で、にこにこ笑っている。
「お礼を言われるようなことは何もしていないが」
彼とはあの時以来、何も接点が無かったはずだ。
「やだなぁ、さっき僕のお願いを聞いてくれたじゃないですか。今度の討伐の同行、ありがとうございます。お姉さんは、ずっと僕と一緒に居て下さいね」
彼が討伐の同行依頼をした張本人ということは……。
「君、いやあなたがウェブスター殿でしたか」
私は驚いて目を瞠った。前回の討伐時、魔導士団長は彼では無かった。この数ヶ月で一介の魔導士から団長にまで昇りつめられるものなのか。
「もうっ、そんな他人行儀な呼び方はやめて下さい。僕のことはルークと。あっ、ルウ君でもいいですよ」
何故か気安い呼び方を求められ、私は困惑した。
「いや、そんな訳にはいかないでしょう。魔導士団長のあなたにそんな態度をとってしまっては、他に示しが付かなくなってしまいます」
「だから、そんな畏まらないで下さいって!お姉さんとは職務上だけではないお付き合いがしたいんです」
「?」
騎士団の若手以外に懐かれるのは何だか不思議な感覚で、私の困惑は益々深まった。
「うーん、とりあえずちょっとお話したいことがあるので、少しお時間を下さい」
私より年下に見えるが、有無を言わせないこの圧は何なのだろうか。これが団長クラスの格か。
私は言われるまま彼に従い、団舎から少し離れた遊歩道まで行きそこにあるベンチに腰掛けた。
今は夕暮れ時で、街の往来から外れた遊歩道に人影は無かった。皆夕飯の買い物や、家路を急ぐなどして忙しそうだ。
「改めまして僕はルーク=ウェブスター、現魔導士団長です。先日の討伐の際に、貴女に一目惚れしました。僕と結婚を前提にお付き合いして下さい」
彼は真っ直ぐな曇りなき眼で、とんでもないことを言い出した。
「いや、急だな」
「何なら、即結婚でもいいですよ」
この子は話を聞かないな。そう言えばメイヤー氏の話では、かなり我儘な性格だったか。
「さすがにそれはちょっと」
またいつもの『抱いて下さい』系かと、思わず心の中で嘆息した。
「お姉さん、僕の言う事信じてませんね」
少し口を尖らせて彼は拗ねたような顔をした。
「まあ。悪いが……」
「『私が君を抱くことはない』ですか?分かってますよ、そんなこと。貴女のことは生い立ちから数々の功績に考え方、評判や噂まで全て調べましたから」
淡々と語る彼。私はあまりのことに目を見開いたまま呆然とした。
「あ〜あ、貴女の好みが自分より強い人っていうから、手っ取り早く団長になってみたんですけど、足りないみたいですね。でも貴女と手合わせをして、たとえ僅かでも貴女に傷をつけるのは嫌なんです」
私と彼の間にある僅かな隙間に手を付き、彼はグイッとその整った顔を近付けた。
「ねぇ、どうしたら僕のこと好きになってくれますか?」
「!?」
こんな風に迫られたのは初めてで、私は何の反応も返せず不覚にも彼としばらく至近距離で見詰め合ってしまった。
私よりも長いまつ毛に縁取られた美しい翡翠の瞳から目が離せない。
瞳の奥には、熱情と確固たる決意が宿る。
「このままもっと深い関係になりたいですけど、それは男としてきちんと意識してもらってからにしますね。引き際も肝心と本に書いてあったので」
そう言って彼は元の位置に戻った。
こんな少しの間に、彼の表情はくるくると変わる。初めは甘えるように、かと思えば急に男らしく強者の威厳を醸し出してくる。
これまで接してきたどの男性とも違うその雰囲気に、私は彼を拒絶することも諭すことも出来なかった。
「では、今日はこの辺で。僕のことを認識してくれただけでも良しとします。これから、覚悟しておいて下さいね」
そう言って、彼は名残惜し気に私の髪の先をさらりと一撫でして去って行った。
その場に残された私は、しばらく動くことが出来なかった。
こんな風に一人の女性扱いなどされたのはどれくらいぶりだろうか。もしかすると、この脳筋一族に生まれて初めてのことかもしれない。
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