19.報復
『ルークになんとかしてもらうしかないか』
夜会から帰り自室で普段着に着替えていると、急にディアからの通信が入った。
慌ててディアのいる座標へ転移したけど、まさかこんなことになるなんて。
聞かれて無いし怒られそうだからディアには言ってないけど、実はディアの通信用ピアスにも鞘の精霊石にもディアの現在地を知らせる魔術を施してある。
転移したディアの部屋には精霊石とミスリルがあって、本当とんでもない置き土産どころかイヤゲモノだ。
しかもタイミングも最悪。
何で僕以外の男が、よりによってシャワー中に来るワケ?
こんなの僕への宣戦布告と同じだ。
更にはディアの寮の人達に見つかっちゃうし、ディアは悪くないのにふしだらな女扱いになっちゃうしさ。
義父さんにも面倒をかけちゃったし、ライバーン副団長には流石に殴られるかな。
僕、加護で弾いちゃうんだけどどうしよう?どうやって殴られよう。
タイミングを合わせて後ろに飛ぶ?いや、バレるよね流石に。
「ハァ」
ディアの部屋からの帰り道、僕はとぼとぼと歩いていた。
別に転移してもいいんだけど、このしょぼくれた気分には月明かりしかない夜が心地いい。
でもさー正直、僕悪くなくない?悪いの精霊じゃん?
ってか、もう干渉するなって言ったばかりだよね?今度やったら国ごと消すぞって。ってことは消されたいワケ?破滅願望でもあるの?
ああ、色々考えると余計に腹立ってきた。
せっかく反省がてら歩いてたけど、途端に馬鹿らしくなってきた。反省するよりも他にやれることがあるだろう。
そうまさに僕も抗議しに行けばいいんだ!!
思い立ったが吉日、僕はその場で転移した。
精霊姫に出来たなら僕にもできるはず。
僕はポケットの精霊石とミスリルから精霊の残滓を感じ取り、その先を辿った。
「ヨッと、到着!」
僕が辿り着いたのは、以前にも来たことのある精霊の国のどこか。
辺りを見渡すと、そこかしこにキラキラと輝く光が舞い、空は朝焼けとも夕焼けとも見分けられない美しいグラデーションが広がっている。
美しい水辺にとりどりの花が咲き乱れ、理想郷とはこのことかと普通の人間なら感動しきりなのだろう。
僕は興味ないけど。
さて、流石に精霊の気が濃過ぎて、これ以上の個々の追跡は無理か。
僕はてっとり早く闇の魔力を放出していく。コレなら否が応でも気付くだろう。
僕を中心にどんどん辺りが黒く染まっていく。別に闇魔術が悪い訳じゃ無い。単に精霊とは相容れないだけだ。
ほらほら、早く来ないと国全体が闇に呑まれるぞ。
見渡す限り黒に染まった頃、僕の周りを十体ほど光の人形が取り囲んだ。その光一つ一つに顔も個性も無く全てが同じ形をしている。
「ふぅん。精霊が操るガーディアンってとこか」
独りごちると、ガーディアンが一斉に僕に向けて光を放った。
なるほど、主の到着まで僕を拘束するつもりらしい。
僕は放たれる光と丁度同じだけの魔力を返し拮抗させる。これくらいじゃ僕の魔力は尽きないけど、相手に無駄に消費させてやる。
しばらくすると、僕の目の前に何人もの精霊を引き連れた幹部クラスの精霊が現れた。
「ルーク殿、これはどういう了見でしょうか」
青銀の髪にアクアマリンのような透き通った瞳の男性が僕の名前を呼ぶ。
ああ、この精霊見たことがある。確か以前精霊王と謁見した際に傍にいた側近のうちの一人だ。
「どういう了見も何も、僕は売られた喧嘩を買っただけですよ」
「さて、こちらはそのような行為はしておりませんが」
とぼけているのか、それとも本当に知らないのか。
「へぇ」
僕はポケットから精霊石とミスリルを取り出し、側近の足元に投げた。
「これは……」
側近は通常人間界に存在しない筈の二つの物を、何故僕が持っていたのか問うように困惑している。
「コレらが勝手に僕の最愛の元へ送りつけられました。勝手に最愛の居室に侵入された僕のこの不快感、分かって頂けますか?侵入の意図も分からず、一つ間違えば最愛に危害を加えられたかもしれないというこの憤り、国ごと消したくなっても仕方無いですよねぇ?」
感情の波に合わせ闇の魔力は増幅し、光のガーディアンは弾けて消滅した。再び闇の侵食が広がり始める。
「なっ!?」
側近は本当に知らなかったのだろう、目を瞠って絶句している。
「恐れながらっ!!」
そこへ急に光が生じ、中から第5王女の従者が現れた。
「お待ち致しておりました、ルーク様」
真っ黒に染まった地面に這いつくばるように頭を垂れた。
「お前、一体何を?」
側近が顔を引き攣らせる。
「回りくどいことをして申し訳ございませんっ!どうか、どうか姫様のお身体を治して頂けませんでしょうか。私はどうなっても、消滅しても構いません。どうか姫様をお助け下さい!」
従者は言いたいだけ言って頭を下げ続ける。
ここにいたのがディアなら頭を上げるように告げ、きっと助けてやるのだろう。でも生憎僕はディアじゃない。
「対価が見合いませんね」
「え?」
「あなた一人消滅するくらいじゃ、僕の気が収まりません。だって、僕言いましたよね?次は国ごと消すぞって」
僕は蹲る従者に近づき、その頭に触れ記憶と記録を辿る闇魔術を発動し黒く染まった空に投影した。
相容れない闇魔術を直接使われ、従者は藻掻き苦しんでいるが知ったことか。
数時間前の夜会での出来事を精霊達に見せつける。
側近は愕然とし顔色を失った。
おそらく第5王女の独断による行動で、治療にも限られた者のみがあたり今も尚幹部たちに隠されていたのだろう。
従者が人間界を去った後の記憶は、僕も見るのが初めてだった。
要約すると、ディアに危害を加えるつもりは無く贈り物ならまだ赦されるだろうと。そして僕に繋ぎをつけて姫を治して欲しかったと。
厚かましいな。
「あ~あ、最悪だ。結局僕は思惑通りにここに来てしまったワケですね」
僕は苛立ちに任せ、従者を側近の足元に放り投げた。
「何と言うことを」
側近が渋い顔をして従者を見詰める。
おそらくこの事態をどう収めるか考えあぐねているのだろう。
そこへこれまで以上の、神々しいまでの輝きを放つ光を感じると髪も瞳も全てが白金に輝く美丈夫、精霊王が現れた。精霊王を中心に僕が広げた闇が徐々に消され地面が元の様相を取り戻していく。
その様子を見ていた付近の精霊たちが僅かに安堵した表情を見せる。
「ルーク殿、此度の一件、誠に申し訳なかった」
精霊王が僕の前に跪き詫びた。その尋常ではない様子に周りの精霊たちも動けずにいたが、我に返った者から順に精霊王に倣って跪き、僕に向かって頭を垂れ始めた。
「いいんですか、王様が簡単に頭を下げてしまって。周りはほとんどが数で僕を圧せると思ってますよ」
「冗談を。我を含め精霊総出でかかったとて敵うまい。幾ばくかの精霊は何とか逃げ延びるやもしれぬが、それではもう国の消滅と同じこと。何の意味もない。何とか、国の消滅以外でその矛を収めてくれはしまいか」
精霊王はきちんと力量を把握できているようだ。国のトップとして最善の行動だろう。
「う~ん。ただ僕、全てを壊すつもりで来たので代替案が無いんですよね」
その言葉に、周りの精霊たちが息を吞む。
「なるほど。先程の様子からして、精霊石もミスリルも不要と見える。ではこちらから差し出せるものとして『永遠のベール』では眼鏡に適わまいか」
「王よ、それは……!!」
側近が顔色を変えて声をあげるが、精霊王は片手で制した。
「『永遠のベール』ですか。噂はきいていましたが、精霊の国に存在したんですね」
「この国に揺蕩う清廉な魔力を精霊たちが幾年月かけ織り上げたものだ」
「なるほど」
『永遠のベール』、それを頭に戴きこの世の何処かに存在する世界樹の元で願いを口にすると必ず叶うと云われている伝説の代物。
「もし僕が世界樹の元で、精霊の消滅を願ったらどうします?」
僕は精霊王に挑発的な眼差しを送った。
「フッ、それが願いなら世界樹の元で願うまでも無く、今自力で実行したのではないか」
さすが精霊王、お見通しか。
「正解です」
「それに光属性の精霊に破壊的な願いを叶える物は作れぬのでな」
「へぇ。何でも叶うってのは違うんですね」
「『永遠』の名の通り、破壊による無ではなく無限に続く絆を結ぶのだ」
「なるほど。それはそれは」
予想以上に、僕の仄暗い欲望を叶えるに値するものだ。
「ではそちらで手を打ちましょう」
途端に周りの精霊たちの緊張が和らいだ気がした。
「そうか。ではこれを」
精霊王が目の前で『永遠のベール』を顕現させ、僕の手元へふわりと寄越した。
ベールはその存在を疑うほどに重さを感じず、オーロラのように何色とも分からない不思議な色をしていた。
「確かに受け取りました」
「うむ。これにて此度の一件は不問にしてもらいたい」
「ええ、勿論です。それから、姫の痕は人間界の時間で5日5晩絶え間なく治癒術をかければすぐに元に戻りますよ。じゃ、僕帰りますね。明日も仕事なんで」
そう言い残して僕は精霊の国を離れることにした。
これ以上の用事はもう無いし、出来ればこの『永遠のベール』について調べたい。
僕の持つ知識では不十分だった。いくら存在すら疑われるほどのアイテムであっても、何だか悔しい。
僕は自宅には帰らず、研究室に転移した。
ルークが去ってすぐ、精霊たちはその場で大きく安堵の息を吐いた。
「『永遠のベール』、またもや織り直しだな」
精霊王が呟く。
「ええ。かつて魔神の皇子に、戯れに奪われて約150年。あの時も国はダメージを受けましたが、ルーク殿はかの皇子よりは闇の力が弱いはず。それなのに何故……」
側近が首を傾げる。やはり力で退けることも可能だったのではないかと今も考える。
「元来光と闇は相反し、闇の塊である魔神は精霊の国において肉体を正常に維持するだけで多くの魔力を消費する。そのため通常は本来の力の6割ほどしか発揮出来ない。しかしルーク殿は、光と闇が共に内在し共存している。だから光の抵抗を受けずに全力で闇を放てるのだ。この国の環境下においては、魔神の皇子を凌駕する脅威となる」
精霊王は淡々と語る。
「そんなっ。光と闇の共存など、一つの肉体で可能なのですか!?」
「普通は不可能だが、皇子に奪われたアイテムなら可能だろうな……」
精霊王はこれ以上の明言を避け、側近は察して顔色を無くす。
「さて、そこの者と第5王女に関してだが、二人は一度精霊の源へ還そう」
「治癒はなさらないと?」
「ああ。肉体だけ治したところで、心は恐怖に染まり精霊としての格を大きく堕とすことになろう。であれば一度源へ還し、折を見て新たな精霊へ転生させる方が本人達にとっても良い」
「仰せの通りに」
側近は周りに目線で合図し、蹲ったままの従者を連れ第5王女の居室へと向かった。
「最愛を見つけ、あらゆる手段で永遠の絆を結ぶ。血は争えんものよ……」
精霊王の言葉は、この国に揺蕩う魔力の中に消えた。
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